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城での生活

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 改めて案内された部屋は、確かに昨日よりはマシだが、この国の皇太子妃が使うにはやはり質素だった。
 けれど結婚式を終えればセラフィスと同じ部屋で暮らす事になるだろう。その為にひとまず客間に案内されたに違いない。……そう自分に言い聞かせる。

 それよりセラフィスにグロリアの事を聞くはずだったのに、訳のわからない勢いに呑まれた上、忙しいからとすぐ部屋を出されてしまうという痛恨のミスを犯した事が悔やまれてならない。
 早々に食事の席でも良いから話を聞く場を設けて貰わなければ。

「夕食はセラフィスと同席出来るの?」
「……無理ですね。殿下は市井の視察に行かれてます」

 ああ、本当にこの侍女だけは付けて欲しくなかった。最初から印象悪いんだよな。さっきの黒髪の人はいないかな……
 リラは諦めのため息をついて風呂の準備を頼んだ。


「……ぬるい」

 ぬるいと言うより冷たい。昨日からの疲れを熱いお湯で流そうと思っていたのにあの侍女、絶対わざとだ。
 風呂の介助も一切ない。自分で髪を洗った事もないリラは四苦八苦しながらなんとか入浴を終えた。
 そしてまたもや四苦八苦しながら髪を乾かしていると突然ドアが開き、セラフィスが飛び込んで来た。

「び、びっくりした!!」

 当然だ。ノックもなくこんな夜更けに何事か。

「すまないリラ、夜しか時間が取れなくて。それよりリラが寂しがってるんじゃないかと心配になって来たんだ」

 それならまずは寂しい以外の生活面について心配して欲しいと思いながらもリラはひとまず部屋に彼を招き入れる。

「グロリアの事だけど」

 セラフィスは大きくため息をついてどかりとベッドに座った。

「実は昔彼女に命を救われた事があって。恩があるから無碍にもできないと思っているうちに、勝手に僕の妻だと名乗るようになったんだ。ほんと困ってるんだよ。けれど嗜めると死んでやるって暴れるから静観していたんだ。でも本当に愛しているのはリラだけだから」

 長いセリフを一気に捲し立て、目の前のリラを抱きしめる。そしてそのままベットに押し倒した。

「リラ、愛している」
「あ、うん」

 セラフィスの綺麗な顔が近づいて来る。

 これはキスされる流れか?まあ結婚するんだし自然な事なのかな。

 恋愛事情に疎いリラはそう思って目を閉じかけた。けれどどうしても腑に落ちない。

「セラフィス」
「なんだ?愛しい姫」

 キス、そしてそれ以上の事に持ち込もうとしているのかセラフィスの声はとても甘い。
 でもそんな事はどうでも良かった。

「グロリア嬢との経緯は理解しました。でもこれからの事を聞いていません」
「これから?」
「はい、グロリア嬢をどうするか。そして彼女の持っている権限について皇太子妃となる僕が全て奪って良いのか。いや、良いんですよね?」
「……」
「セラフィス?」
「少し待ってくれないか」

 セラフィスは苦悩の表情でベッドに座り直す。

「彼女はその……精神的にとても弱い人なんだ。急にそんな事になったら本当に自死してしまうかもしれない」

 リラは出会いの時の彼女の態度を思い出しそれはないと心の中で思った。

「でもそれなら僕は」
「頼む!待ってくれ!きちんとすると約束しよう。もう少し我慢してくれたら穏便に済むから」
「……はあ」

「僕の大切なリラ。僕を信じて」

 リラの手を取り指先にキスを落とす。
 その仕草の優しさに昔の彼を思い出し、リラの心は揺らいだ。

 そんな事情があるのなら仕方ないかもしれない。何しろずっと好きだったセラフィスとやっと結婚出来るんだ。昔と違う部分に幻滅するより今の彼を理解して幸せになろう。

「分かりました。信じます」
「ありがとう!リラ!今後何があっても僕を信じてくれるんだね?嬉しいよ」

 何があっても?まだ何かある予定?
 リラは嫌な予感に胸をざわめかせつつ、ひとまず笑顔で頷いた。

「じゃあいいかな?」

 なにが?と言いかけ、目的を持ってリラの服を脱がそうとする手に気付く。
 ……さっきの続きか。

 正直乗り気ではなかったが拒むのも憚られ、されるがままでいたところ、突然ドアが凄い勢いで開け放たれた。

 ……みんな僕の部屋を食堂かなんかだと思ってるのかな。リラは自分の扱いがちょっと悲しくなった。


「セラフィス!!」

 そこにいたのは赤毛を逆立たせ同じ色の目を極限まで釣り上げたグロリアだ。

「あ、いやこれは!」

 しどろもどろになるセラフィス。まるで浮気が見つかった亭主のようだとリラは思う。立場は逆のはずなのに。

「じゃあまたな、リラ」
「はあ」

 グロリアに腕を掴まれ引っ張られていくセラフィス。

 ベッドで一人取り残されたリラは連れ去られたセラフィスの事より、ご飯をまだ貰えていないと言いそびれた事に気付いて絶望に打ちひしがれた。






 翌日、例の無愛想侍女に食事を頼むと、持ってきた物は薄い豆のスープと硬いパン。勿論こんな物、リラは食べた事が無い。
 それでも飢えには勝てず頑張って食べた。噛みすぎて顎が痛くなって来たところでノックの音に気付く。

「どうぞ」
「失礼致します」

 ドアを開けて入って来たのは一人の騎士だった。茶色の髪に黒い目の彼は、名のある貴族だと容易に推測出来る立ち居振る舞いをしていた。

「これから皇太子妃を護衛する事になりました、コランと申します。朝から申し訳……」

 そう言いながら顔を上げたコランは周囲を見渡し言葉をなくした。

「そうなんだ。これからよろしくねコラン」
「いや、お待ち下さい皇太子妃」
「リラでいいよ」
「いや、リラ様、そうではなくて何を召し上がっておいでですか?それにこの部屋は一体……」
「何って僕に充てがわれた物だけど」

 選択肢はない。リラは暗にそう言って相手の反応を待つ。この人なら現状を打破してくれるのではないかと一縷の望みをかけて。

 コランは唇を噛み締め、リラを真っ直ぐに見た。

「失礼ですがお召し物も少し汚れているようですが」
「持って来たはずの荷物は処分されたらしくて着るものが無いんだ。ここに来る時に着て来た物をずっと着てる」

リラは恥ずかしそうに俯いた。

「そんな!!」

 人ってこんな驚いた顔できるんだ。リラは呑気にそんな事を考えていた。

「しばらくお待ち頂けますか。すぐ新しい物を準備致します」

 その答えを聞いてリラはほっとした。食事は何とかなっても汚れた服を着続けるのは精神的に良く無い。

「ありがとう。騎士に頼む事では無いと思うけど宜しくね」
「……侍女はついていないのですか?」
「いや、侍女はいる。グロリア嬢と一緒にいた人」
「ああ……」

 全てを察してコランは黙り込んだ。

 丁度その時、話題の侍女がいつものようにノックもせずいきなりドアを開け放った。

「リラ様!まだ食べてるんですか?早くしてくれないと片付かないでしょ。もう持っていきますよ!」

 そう言うとまだ食べかけのトレーをサッと奪いドアの方に振り向いた。
 そこには鬼の形相をしたコランが壁の前に立ち侍女を睨みつけている。

「あっ……あああの」

 しどろもどろになりトレーを落とした侍女は必死で言い訳を考えているがコランはそれを聞く素振りも見せず腕を掴む。

「痛いっ!」

 大袈裟に悲鳴を上げる侍女の腕にキラリと光るものが見えた。

「あっ!それ僕のブレスレット!」

 誕生日に父から貰った大切な物で婚姻の荷物に入れてあったそれが何故彼女の腕にあるのか。

「侍女の分際で皇太子妃に失礼をした上に泥棒まで。打首は覚悟しろ」
「違うんです!!これはグロリア様から頂いたもので!」
「ではグロリア様がリラ様の荷物を盗んだと?」
「えっ?!あああそんな」

 グロリアの指示だとバラせば当然彼女に報復されるだろう。さりとてこのままでは本当に断罪される。侍女は必死に考えを巡らせているようだった。

「リラ様、侍女の処遇はこちらに任せて頂けますか。すぐに代わりの者を手配します」
「お任せします」

 リラに異論などあろうはずもない。

 コランは侍女の腕から外したブレスレットをリラの掌に乗せた。

「ありがとう」

 リラは、もう戻って来ないと諦めていた掌のそれを愛おしい目で見つめる。

 やっとこの国で味方を得た。
 リラはその事が何より嬉しかった。





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