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番外編 その後〜桜宮視点〜
しおりを挟む~桜宮視点~
朝7時
自宅マンションを出るといつものように鴉の羽根のように艶やかなレクサスが主人である自分を待っていた。
「おはようございます。社長」
運転手は恭しく頭を下げ後部座席のドアを開ける。そんな彼に挨拶を返し俺は広い車内に滑り込んだ。
「はあ・・」
シートにもたれため息をつく。
何も困った事はない。
これは所謂幸せのため息という奴だ。
今朝も今朝とて三葉はとても可愛らしかった。
朝早くから俺の為に味噌汁を作り卵を焼き優しい声で起こしてくれた。
そして卵が特売だったとか新しく出来たスーパーは水曜になると野菜が安くなって嬉しいとか(俺にとっては意味がわからない事も多いが)そんな事を嬉しそうに報告してくれる。
預けたカードの利用履歴があまりに少なく心配になった事もあるが十分身体に良い美味しいものを作ってくれるし本人が節約生活なるものを楽しそうに行なっているので問題はない。
まだ慣れなくてはにかみながら言う行ってらっしゃいの挨拶や最近してくれるようになった見送りのバードキスも全てが俺の仕事への活力だ。
「社長、到着致しました」
三葉の事を考えていると朝の通勤もあっという間だ。俺は短く返事をして運転手がドアを開けるのを待った。
この行動にも意味がある。
桜宮財閥は他の資産家達と違い話題作りの為ではない社会貢献をしている。オメガ園の後援もその一つだ。普段はあまり公言はしないが今回の人身売買の件でその辺りがかなり衆目を集めた。それにより一部から偽善者と陰口を叩かれたり何か裏があるのではと嗅ぎ回る者が現れたのだ。
また人身売買に絡んだ関係者からも恨みを買っている事もありこれはその防衛を兼ねている。
もちろん好意的な反応がほとんどなので気にはしていないが。
ちなみに運転手は国内でもトップクラスの腕利SPでもある。
「おはようございます社長。3分の遅刻です。もう少し前もって動いて下さい」
「それはすまない」
車から降り立つと長い付き合いの秘書が俺を出迎えた。この男の優秀さもさる事ながら歯に絹着せぬ物言いが気に入っている。
数少ない心から信用できる人間のひとりでもあった。
「本日もご機嫌麗しく仕事が捗りそうで大変助かります。早速ですが・・」
「佐合、すまない今から1時間ほど時間を融通してくれるか」
その途端、件の秘書のこめかみに軽く青筋が立つ。
「来月まとまったお休みを取る分、前倒しで予定を組むようにと言われましたが?恐れ入りますが予定は分刻みです」
「・・そうか」
そう言われては反論出来ない。
来月半月の休みをもぎ取ったのは一生に一度の結婚式と新婚旅行の為だ。この予定は死守しなければならない。
「では電話を一本だけいいか?」
「許可します」
これではどちらが雇用主か分からない。だが彼がいなければとてもこの予定は捌ききれないと分かっているので俺はその鋭い視線を甘んじて受け入れ携帯を手にした。
三葉の元番である白井浩太の逮捕を皮切りに遅々として進まなかった人身売買の捜査はようやく決着が着いた。
それ自体はとても喜ばしい事だが三葉の心に傷を与えたのは事の発端を作ったのが現園長の服部だったと言うことだ。
彼は自ら赤龍会に出向き人身売買の片棒を担ぐことを打診した。そしてあろう事か前園長の事故も彼が計画し実行したのだ。
三葉の話ではオメガの娘がいる筈だったが実際は養女で服部の欲望の吐口にされた彼女はとっくの昔に自死していた。
園の中にも被害児童は複数いてそれもあり服部は異例の速さで死刑宣告がなされ今は刑務所でその日を待っている。
真実を知った三葉はしばらく精神的に不安定になり薬を服用しつつ自身の回復をはかった。予定していた結婚式は半年延期になったが健斗くんや海くんの助けもあって通常の生活が出来るようになったのでようやく来月正式に夫婦になるのだ。
「三葉?」
「仁さん!」
ワンコールで電話に出た愛しい人は弾んだ声で俺の名前を呼ぶ。
それだけで夢を見ているような気持ちになった。
「悪いけど衣装合わせは母と行ってくれないか?仕事を抜け出せそうにないんだ。すまない」
「大丈夫です!休みを取るために頑張るって言ってましたもんね」
僅かに気落ちした様子を漂わせつつ健気に明るい声で応える三葉を思うだけでなにを置いても駆けつけたい衝動に駆られる。そしてその衝動を隣で睨みを効かせた秘書の顔を見て落ち着けるまでがいつもの流れだ。
「早めに帰るから試着した写真を撮っておいてくれ」
「はい。無理しないでお仕事頑張って下さいね」
「ああ。気をつけて行くんだぞ」
「はい」
忙しいと思ったのかあっさりと電話は切られてしまい後ろ髪を引かれる思いで黒い画面を見つめる。
「社長」
「分かってるよ」
それだけ言って俺は急かされるように山と積まれた書類とスケジュールを淡々とこなした。
「おかえりなさい!」
疲れ果ててドアを開けると満面の笑みで三葉が手を差し伸べる。思わずその手を掴み懐に抱き締めると慌てた三葉が「いえ・・鞄と上着を・・」とか細い声で呟く。俺は聞こえないふりをしてそのまましばらく三葉の匂いを堪能した。
「試着はどうだった?写真は撮った?」
「お母さんが撮ってくれました。スマホ持って来ます!」
その言葉に名残惜しい気持ちを抑えて三葉を解放する。そして二人でリビングのソファに座り三葉の手元のスマートフォンを覗き込んだ。
「えっ?可愛い・・」
「すごく凝ってますよね。手首のフリルは手作りだそうですよ」
楽しそうにそう言う三葉には悪いが俺の目には三葉のはにかんだ笑顔しか映っていない。
何を着ても何をしていてもとびきり美しいそれが俺の番である三葉だ。
「・・ちゃんと見てますか?」
「勿論だよ」
慌てて写真の首から下にも目を向けると純白のタキシードに濃い紫の上品な色合いをしたサッシュ。それより更に淡くうっすら藤色のフリルが袖や裾にあしらわれ中性的なデザインがミツバにとても似合っていた。
「母はなんて?」
「それがなんでも似合うって何を着ても褒めて下さって・・」
つまり参考にならなかったと言うことか。
だが他の衣装を来た写真も全て素晴らしく似合っており確かに全部似合うとしか言いようが無い。
「三葉はどれが気に入った?」
「えっと・・最初の薄い紫のが着ていて苦しくなかったです」
・・そうかそうか。
そう言う選択もありだな。
「じゃあそれにしよう。俺のものと色を合わせるから次の衣装合わせは一緒に行こうな」
「はい!」
三葉の体調のこともありすっかり準備が後手後手に回ってしまったのは俺のミスだ。休日出勤をしてでも次回は同行出来るよう厳しい秘書に働きかけておこう。
そう決心して俺は三葉の柔らかい頬に唇を寄せた。
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桜宮さん視点‼︎楽しみにしてました❤︎ありがとうございます🙌朝からこんな幸せな気持ちになれるなんて(*´-`)
デロデロに甘やかしてそうな桜宮さんを実はしっかりリードしてる三葉君😍無事に結婚式迎えれますように🤞
辛い事の連続だった三葉くんが、とっても落ち着いて幸せそうで本当に良かったです😭 桜宮さんもメロメロ🤤😂ですね❣️ 桜宮さんのお母さんも優しい方で安心しました💖 こちらでもハッピーウェディング💒ですか😍 このまま何事もなくゴールインし、楽しい新婚旅行( ꈍᴗꈍ)ラブラブ🎉💝して欲しいです🙏😰 宜しくお願い致します🙇💕💕💕