運命の番と別れる方法

ivy

文字の大きさ
上 下
10 / 23

10話

しおりを挟む
「いやだ!・・来るな!」

三葉は風呂場の床に座り込んだ状態でジリジリと後ろに下がる。けれど浩太はその腕を掴み強引に風呂場から引き摺り出した。

「うるせーよ。二度と番を解消したいなんて言えないようにしてやる」

「なんでっ!」

理佐と番になった事や昨日優しくして油断させたのは三葉の財布からカードを抜き取るためだったのかなど言ってやりたい事は山ほどあるのに三葉はこの先自分に起こる悪夢を想像しそれ以上口を開けなかった。

「あれ?そんなとこにいたのか。会いたかったよ三葉ちゃん」
「今日は一緒に楽しもうな」

うつ伏せに投げ出された床から顔を上げると浩太といつも一緒にいる見知った顔が並んでいる。そこには先日この部屋で三葉にちょっかいをかけた奴もいた。

浩太を入れて五人・・ダメだ。逃げられない。けれど早々に諦める事はしたくない。
誰かが聞いてくれる事を祈り三葉は助けを呼ぼうと大声を出すが大きな手で簡単に塞がれてしまった。

「そろそろ大人しくしようか。邪魔が入ってもつまんないでしょ」
「うるさい!こんな事してどうなるか分かってんのか!」

けれど三葉の精一杯の虚勢にも彼等は楽しそうに笑うだけだ。

「だから逃げられないように三葉のやらしい顔を録画しとくんでしょ」
「人に言ったらこれが世界中にばら撒かれるよ。三葉は美人だからみんな喜ぶだろうね」

わざと子供に言いきかせるよう猫撫で声を出す男達は倒れている三葉の腕を強く引き注射器を当てがった。

「離せっ!」

細い背に別の男が馬乗りになり体の動きを封じた。そしてそのまま銀の針を三葉の身体の中に埋めて行く。

「どうせならお前も楽しんだ方が得だろ」

楽しむ?何を言ってるんだ。
この状況で何一つ楽しめることなんてない。
例え薬で身体が気持ちを裏切る反応をしても正気に戻れば絶望で死にたくなるだろう。

「浩太っ・・!」

一人離れた場所で事の成り行きを見守っている浩太に助けを求めるがフイと視線を逸らされ本当にもう助からないのだと思い知らされた。
自分でどうにかするしかない。
大人しくして油断させたところで一気に玄関まで・・そう考えるがじわじわと身体が熱を持ち息をするのも辛いくらい鼓動が速くなって来た。
目の前がふわりと滲み酒に酔ったような酩酊感に包まれる。

何でこんな目に遭うんだろう・・。何も悪いことはしていない。毎日何とか生きていけるようにずっと頑張って来たつもりなのに・・・。

意識が遠のく。
自分の体ではないようで腕を動かすのも億劫になって来た。
男達は笑いながらそんな三葉の服を脱がせ身体を弄る。
もう三葉に抗う術は残されていなかった。










「三葉くん!!」

その声にはっと意識を引き戻された。
玄関から破壊音がして人の足音と共にあちこちで怒号や悲鳴が聞こえる。

「な・・に・・?」

ゆっくりと音のする方に顔を向けると浩太の胸ぐらを掴み殴り飛ばした男がこちらに向かって走って来た。

オーナー?なんで?

「大丈夫か?!」

桜宮は自身が着ていたコートで三葉を包み軽々と抱え上げて部屋から走り出た。室内ではまだ複数の男達が揉み合っていて現実離れしたその様子に三葉は夢を見ているのだとぼんやり思う。
現実の自分はなす術もなくあいつらにいいようにされてるんだろう。だからこんなに身体が熱く息苦しいんだ。
息を吐くことさえ苦痛で助けを求めるように自分を抱き上げている人を見上げる。何度見てもやはりそれは桜宮に見えた。

「苦しいか?」

桜宮らしき人はそう言って抱きしめる手に力を込める。その途端我慢していたものが一気に壊れて涙が溢れた。

「苦しい・・凄く怖い。何でこんな目に遭うの?なんで・・助けて!」

子供のように泣きじゃくりながらこれが夢で良かったと思う。

「もう大丈夫だ。よく我慢した。えらいぞ」

その声に更に涙が止まらなくなった三葉は駆けつけた救急隊員に安定剤を打たれるまでずっと桜宮に縋り泣き続けた。













暖かい・・。

沈み込むようなベッドで目を覚ました三葉は左手を包む熱に視線を動かす。
そこには三葉の手に手を重ね、ベッドの端に頭を乗せて座ったまま眠る桜宮がいた。

「えっ・・え?!」

慌てて体を起こそうとするがベッドが柔らかすぎて自由が効かない。
ジタバタと焦っているところにすうっと桜宮が目を開けた。

「お・・オーナー!どうして・・」
「あ、良かった。目が覚めたな」

寝起きにも関わらず凛とした花が綻んだようなその笑顔に見惚れて三葉の顔は自然と赤らむ。
あれは夢じゃなかった?
じゃあ俺はこの人の前で子供みたいにぐずぐず泣いたのか!
朱く染まった顔を今度は青くしてしどろもどろになる三葉を見ながら桜宮は面白そうに笑った。

「君が打たれたのは未認可の効果の薄いヒート誘発剤だった。もう効き目も切れてるから大丈夫だ。具合の悪い所は無いか?」

「はっはいっ!。でもどうしてオーナーが・・」
「君が連絡をくれたんだよ。覚えてないか?」

「あっ・・」

確かに電話をした。でも繋がらなかったはず・・。

「君は電話を繋ぎっぱなしにしてたんだ。そのせいで彼等の声も全部聞こえた。天馬が録音してたから警察に提出したよ」
「まだ店長と店にいたんですか?」
「ああ。だからすぐに走って来られた。前に君を送ったから家も分かってたしな」

偶然が重なってこうして無事に助け出されたのか。まだ自分は生きててもいいと許されたような気持ちになる。

「ありがとうございました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

ベッドの上からではあるが深々と頭を下げた三葉に桜宮は決まり悪そうにこちらも謝らないといけないと呟く。

「何ですか?」
「君の家に行った時、鍵がかかってたから足でドアを蹴り開け壊してしまった。当分住めないと思う」

あの時の破壊音はそれか。でもそんなの助けて貰った事に比べたら・・。

「それに入口にいた男をつい思い切り殴ってしまった。あれは君の番なんだってな。悪かった」

「・・・いえ」

桜宮は気付いているだろう。今回のことはその番が計画したことだと。
一番知られたく無い人に結局一番みっともない形で知られてしまった事に三葉は恥ずかしさで顔が上げられない。

「・・どうしてオーナーはそんなに俺に親切にしてくれるんですか」
「三葉くんが私に助けを求めたからだ」

あ・・そうだ。もうダメだと思った時、海でもなく健斗でも伊織さんでもなく何故か桜宮の顔が浮かんだんだ。いつでも連絡していいなんて言葉を間に受けてとんでもない迷惑をかけてしまった。

「すみません・・」
「勘違いしないでくれ。私は三葉くんに頼られてとても嬉しかったんだよ」

三葉は驚いて顔を上げる。そして目の前の人が本心からそう言ってくれたのが分かりふっと肩の力が抜けた。

「しばらくここにいるといい。部屋は鍵がかかるし通いのお手伝いさんもいるから必要なものがあれば内線で連絡してくれ」

三葉は素直にお礼を言い好意に甘える事にした。ここを出ても住む所もお金もない。
恐らく桜宮は全て承知の上なのだろう。

「それに三葉くんの番は逃げた。まだ捕まってないから君は狙われる可能性がある」

「えっ」

「無くすものがない奴は何より強い。捕まったら何をされるか分からないんだ。だから君はしばらくここから出ないで欲しい」

「・・でもカバンが家に置きっぱなしで・・」
あの中にヒートの抑制剤も入ってる。効き目は期待できないがないよりマシだ。

「それはうちの部下に取りに行かせよう。昨日も同行したから場所も知ってる」

ああたくさんの人に迷惑をかけたんだな、と改めて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「ありがとうございます。お願いします」
「分かった。もう少し眠るか?」

桜宮の穏やかな声に気持ちが落ち着いた三葉は「はい」と返事をしてそのままゆっくりと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

なぜか大好きな親友に告白されました

結城なぎ
BL
ずっと好きだった親友、祐也に告白された智佳。祐也はなにか勘違いしてるみたいで…。お互いにお互いを好きだった2人が結ばれるお話。 ムーンライトノベルズのほうで投稿した話を短編にまとめたものになります。初投稿です。ムーンライトノベルズのほうでは攻めsideを投稿中です。

めちゃめちゃ気まずすぎる展開から始まるオメガバースの話

雷尾
BL
Ωと運命の番とやらを、心の底から憎むΩとその周辺の話。 不条理ギャグとホラーが少しだけ掛け合わさったような内容です。 箸休めにざざっと書いた話なので、いつも以上に強引な展開かもしれません。

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

恋は芽吹く。きっと、何度でも

天白
BL
ー名前も知らないあなたに、僕は恋をするー 前編と後編、セットでご覧ください。 ※登校、出発、出勤前の閲覧はお控えください。

処理中です...