運命の番と別れる方法

ivy

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6話

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桜宮が仕事を終えた三葉を案内したのはカフェから30分ほどのフレンチレストランだった。

「ここ・・」

確か大学の女の子たちが噂してた店だ。

「どうかしたか?」
「いえ、ここすごく美味しくて値段も手頃だから予約全然取れないって聞いたので」

流行り物に弱い健斗が知ったら悔しがりそうだ。

「うちの会社の系列なんだ。来たい時に連絡くれれば席は取っておくぞ」

「あっそんな勿体無い」

慌てて手を振る三葉に桜宮が笑う。
その笑顔は人の心を癒す魔法のようだと三葉は思った。



桜宮に続いて店内に入るとギャルソンがお待ちしてましたと二人を個室に案内してくれる。

「個室だけど大丈夫か?勿論狼藉を働く気はないが番の彼が気を悪くしないだろうか」

「大丈夫です。浩太とは上手くいっててお互い信頼してますから」
「仲が良くて羨ましいな」
「はい」

三葉は自分のついた嘘にチクリと心を痛めた。

けれどこのきちんとした誠実な人に可哀想なΩだと思われたくなかったのだ。

さっき案内してくれた人もΩだった。
こんな立派な店は通常Ωを客前に出さない。
会社ぐるみでΩの社会進出に力を入れてる証拠だ。
そんな彼らを見ている桜宮からすれば自分を顧みてくれない番に縋る自分はきっと情けなく頼りないだろう。
自分の現状を話して桜宮に呆れられたくはなかった。


間もなくオードブルが運ばれ、桜宮に勧められて二人は食事を始めた。
桜宮は流れるように美しくカトラリーを使う。
三葉は思わず見惚れてしまい、また彼に笑われてしまった。
オメガ園でテーブルマナーを習っていて良かったと改めて園長に感謝しながらテリーヌを切っていると桜宮が静かに口火を切った。

「戸田くん。食べながら話してもいいか?」

「もちろんです。オメガ園の事ですよね」
「ああ・・」

「人払いはしているが念の為少し声を控える」

「・・?はい」

「知っての通りうちの会社はΩ支援に力を入れていてオメガ園にも長年寄付をしている。毎年決まった額だが今回初めて増額の依頼があった」

「増額・・。何に使うんでしょう」

「それは言えないと言うんだ。必要ならいくらでも構わないんだがここ半年ほどちょっとおかしな事が多くて」

桜宮は一旦言葉を切りゴブレットから水を一口飲んだ。

「まず、いつも届いていた子供達からの手紙が来なくなった。そしていつでも慰問可能だった園が関係者以外一切立ち入り禁止になり警備には軍に所属していたような人間が複数名当たっている。犯罪防止の為と言うが流石におかしくないだろうか」

確かに尋常じゃない。

「僕、先月友達と園に遊びにいったんです」

「中に入れたのか?様子はどうだった?」

「施設長が亡くなっていて子供たちの声も聞こえないし知らない場所みたいでした」

「施設長が亡くなったのか。知らなかった。真摯に子供達の事を愛する素晴らしい人だったのに」

「はい。お母さんみたいな人でした」

思い出して目に水の膜が広がりそうになり慌てて瞬きする。

「やはり一度足を運んだほうが良さそうだな。ありがとう。さあ沢山食べてくれ。今日の熟成肉は絶品だ」
「ありがとうございます」

桜宮は沈んだ三葉の気持ちを引き立たせるようにわざと明るくそう言い、二人はその後和やかに美味しい料理を楽しんだ。







帰りは桜宮が車で送ってくれたので時間帯的に混み合う電車に乗らなくて済んだ。
少し体の調子が悪いのは発情期が近いからだろう。
それでも心配せずαの桜宮と一緒にいられるのは番がいるΩのフェロモンは番以外には効果がないからだ。

ヒートが始まるとどうしても浩太に助けを求めなければならない。
最近は連絡さえも寄越さない浩太に家に帰ってくれるよう頼もうとメッセージアプリを立ち上げた。
そしてふと顔を上げると大きな影が立ちはだかっていてビクリと体を竦める。

「浩太?」

ヒートの周期を覚えてくれていたんだろうか。
隣に理佐の姿がない事にホッとして駆け寄ると思い切り突き飛ばされた。

「なにするんだよ!」

地面に倒れ込み驚きに大声を出す三葉の上に跨り胸ぐらを掴みながら浩太が低い声で唸る。

「お前何考えてんの?」

「なにが・・?」

圧倒的な体格差で三葉は身動きも取れない。
そんな三葉の首元を浩太はギリギリと締め付けてきた。

「浩太苦しっ」

「お前さあ。俺のΩだろ?なに他の男の車に乗ってんの?」

送ってくれたのを見られたのか。
けれどやましいことは何もない。

ただのバイト先のオーナーだと訴えるが浩太は全く聞く耳を持たずそのまま三葉の頬を殴りつけた。

驚いて声も出せない三葉を地面に放り出し何度も腹部や背中を蹴り続ける。

流石に暴力を受けるのは初めてで混乱した三葉はろくに抵抗も出来ず丸くなって身体を守った。

「あの男がいいならさ、次のヒートはあいつに相手して貰えよ。俺は当分帰らないから」

「なんでそんな・・」

どんなに強く発情しても番以外には抱かれることが出来ない事は浩太も知っているはずなのに。

「うるせーよ!お前が悪いんだ!」

そう言いながら何度も三葉の身体を蹴り続ける。
その執拗な暴力に三葉の意識は徐々に薄れそのまま気を失った。







気がついた時、浩太の姿はなく三葉は人気のない路地に蹲るように倒れていた。

痛みを堪えながらなんとか立ち上がりよろよろと家に向かう。



幸せか?



脳裏にそう問う桜宮の笑顔が浮かんだ。
仲が良くて羨ましいと自分の事のように嬉しそうに笑った顔も。


幸せなはずがない。
けれどどんなに嘆いても浩太と別れる事は出来ないのだ。

三葉は這うように部屋に入って鍵を閉め抑制剤を飲んだ。
効かない事は分かっているが飲まないよりマシだろう。
それからシャワーを浴び傷の手当てをする。
鏡に映る痩せた身体には見苦しいアザが幾つもついていた。

こんな状態で、しかも番ってから初めて一人で過ごす発情期だ。

痛みと絶望に塞ぐ気持ちのままベッドに横になり、それでも安らぎを求めて浩太の匂いのするパジャマを抱きしめる。
そんな行動をしてしまう自分に心底腹が立つのに欲求はおさまらない。


死んだほうがマシだとさえ思いながら夢に救いを求め三葉は無理矢理その瞼を降ろした。
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