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4話
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浩太は相変わらず理佐と過ごしているようでまともに家に帰らなくなった。
楽ではあるが2年も一緒にいたのでやはり寂しさは拭えない。
無意識に二人分の食事を作ってしまい、いつも続けて同じメニューを食べる羽目になっている。
そんな状態なのでオメガ園に帰ろうという健斗の提案はとてもありがたかった。
木造で温かみのある建物に手入れの行き届いた庭。
笑い声は絶えず、広場では子供達が遊んでいるのを職員のみんなが笑顔で見守っている。
あの場所に行くととても優しい気持ちになり、ここの卒園生として恥じないように頑張ろうと思えるのだ。
ところが
「・・なんか変じゃない?」
「変だな」
健斗と二人でお土産を持ってオメガ園まで来たのだが、全体が静まり返っていて不気味な雰囲気を醸し出している。
門に立つ警備員も以前は人の良さそうなおじさんだったが今は人相の悪い屈強な男が三人もいて門は固く閉ざされていた。
「あの・・」
「何の用だ」
高い位置からじろりと睨まれ体が竦む。
「僕たちここの卒園生で今日は母さ・・いや園長に会いに来たんですけど」
「誰も入れない。帰れ」
「そんな・・」
何か事件でもあったのだろうか。
ニュースには何も出ていなかったはずだけど。
男はそれっきり黙って前に向き直った。
何を言っても入れてくれる気はないらしい。
二人で途方に暮れて顔を見合わせていると園の中から聞き慣れた自分たちを呼ぶ声が聞こえた。
「服部先生!」
「どうしたんだい?遊びに来たのかい?ああ、この子達は卒園生だから入れてあげてくれないか。今日はいいだろう?」
先生の言葉に男は無言で門を開ける。
三葉達は知らない場所に来たかのように辺りを伺いながら中に入った。
「先生何かあったの?」
「ちょっとね・・」
健斗の問いかけに服部は困ったように眉を下げ、言いにくそうに言葉を濁した。
服部は副園長で園長と同じように皆を可愛がりいつも外での遊びに付き合ってくれていて
園長がお母さんなら服部はお父さんのような人だった。
だが体調が良くないのか以前よりも痩せて元気がない。
「園長に会いに来たんだけど。園長室にいる?」
そう聞くと服部は三葉の目を見てもういないんだよと言った。
「どういうこと?」
「園長は先月亡くなったんだ」
「えっ・・お母さんが?」
信じられない思いで服部を見つめ返す。
そんな急に?
半年前に来た時はあんなに元気だったのに。
「車の事故でね。居眠り運転だったみたいで崖から落ちてそのまま・・」
「そんな・・」
もう会えないのか。
本当のお母さんのように育ててくれた人と。
健斗が耐えきれず泣き出した。
三葉も園長との様々な思い出が脳裏を駆け、やるせない気持ちで眦に涙を滲ませた。
「落ち着いたかい?」
園長室で服部が入れてくれたお茶を飲みながら二人は沈み込んでいた。
「いい人ほど神様が早く呼ぶって言うのは本当だね」
服部はしみじみとそんな事を言う。
確かに高齢ではあったが亡くなるには早過ぎた。
「だから園内が静かなの?みんな寂しがってるんだね」
健斗の言葉に服部は曖昧に頷く。
「みんな彼女が大好きだったからね」
それにしても建物の中に入ってから人っ子一人見ていない。
皆部屋に閉じこもってるのか?
何も分からない小さい子達も?
声もしないなんて何だかおかしい。
そう思い三葉が顔を上げると服部と目が合った。
「そろそろ君たちも帰ったほうがいいね。ここの事は忘れて幸せになるんだよ」
そう言いながら微笑む服部はどこか苦しそうだったが彼の発したその言葉からは従わざるを得ない強い意志が感じられた。
「わかりました。服部先生お元気で」
三葉はそう言うとまだ泣いている健斗を連れて園を出る。
そして振り返ってもう一度建物を見た。
自分の育った大事な場所。
恐らくもう二度と来る事は無いだろう。
そう思うと今まで立っていた地面が急にぐらぐらとして歩く事すらまともに出来ないような不安を覚えた。
しばらく公園で健斗と話し、家に帰ってきた時には夕方の5時を過ぎていた。
鍵穴に鍵を差し込み違和感に気づく。
開いてる。浩太が帰ってきたのか。
玄関にあったのは浩太のスニーカーで他の靴が並んでいない事に心底ホッとする。
部屋に入ると小さいソファで窮屈そうに眠っている浩太がいた。
三葉は引き寄せられるようにフラフラと浩太に近づきそっとその胸に頭を乗せると規則正しい心臓の音を聴く。
生きている証に包まれているともうこの世にはいない母さんを思い出す。
園に行くたびに笑顔でおかえりと迎えてくれた。
体調の悪い時はすぐ気付いてくれた。
あの場所があるから自分は頑張れたのだ。
二度と会えなくなるなんて考えたこともなかった。
いつの間にかまた涙が頬を伝い浩太のシャツの胸を濡らす。
それに気付いたのか浩太が寝ぼけた様子で三葉の頭を抱えて髪を撫でた。
懐かしい・・。
一緒に暮らし始めた頃はこうやってよく頭を撫でてくれた。
理佐と間違ってるんだろうと思うが今は少しだけこのままでいて欲しい。
何も持たず生まれてきた自分が何かを持てるなんて思い上がりだったのかもしれない。
きっとこれから先も何をしても上手くいかない。
それならこのまま自分を必要とする浩太のそばにいてもいいんじゃ無いだろうか。
利用されているだけと分かっていても気まぐれに貰える笑顔を見る事が出来れば自分は何とか生きていけるだろう。
いつの間に眠ってしまったのか。
三葉が目覚めた時、もう浩太はいなかった。
落胆したがソファにもたれて座ったまま寝ていた自分に毛布がかかっているのを見て気持ちが救われた。
出会った頃の浩太のようだと思った。
誰と付き合っていても誰と遊んでいても彼の番は自分だけだ。
そう思えばこの状況も耐えられるかもしれない。
そんな事をぼんやり考えていると携帯が鳴り、びくりと飛び上がった。
「三葉?」
「ああ海、どうした?」
「今うちに健斗が来てるんだけどお前も来ない?」
健斗も一人暮らしだ。
今夜は寂しさに耐えかねて海の家に向かったんだろう。
海はβだけどずっと健斗に惚れていて隙あらば口説いている。
そんな所にお邪魔するのは野暮だろうと思いながらも健斗と同じく今夜は一人で居たくなくて海の優しさに甘える事にした。
「すぐ行く」
三葉はそう言って電話を切り身支度を整え、家を出た。
楽ではあるが2年も一緒にいたのでやはり寂しさは拭えない。
無意識に二人分の食事を作ってしまい、いつも続けて同じメニューを食べる羽目になっている。
そんな状態なのでオメガ園に帰ろうという健斗の提案はとてもありがたかった。
木造で温かみのある建物に手入れの行き届いた庭。
笑い声は絶えず、広場では子供達が遊んでいるのを職員のみんなが笑顔で見守っている。
あの場所に行くととても優しい気持ちになり、ここの卒園生として恥じないように頑張ろうと思えるのだ。
ところが
「・・なんか変じゃない?」
「変だな」
健斗と二人でお土産を持ってオメガ園まで来たのだが、全体が静まり返っていて不気味な雰囲気を醸し出している。
門に立つ警備員も以前は人の良さそうなおじさんだったが今は人相の悪い屈強な男が三人もいて門は固く閉ざされていた。
「あの・・」
「何の用だ」
高い位置からじろりと睨まれ体が竦む。
「僕たちここの卒園生で今日は母さ・・いや園長に会いに来たんですけど」
「誰も入れない。帰れ」
「そんな・・」
何か事件でもあったのだろうか。
ニュースには何も出ていなかったはずだけど。
男はそれっきり黙って前に向き直った。
何を言っても入れてくれる気はないらしい。
二人で途方に暮れて顔を見合わせていると園の中から聞き慣れた自分たちを呼ぶ声が聞こえた。
「服部先生!」
「どうしたんだい?遊びに来たのかい?ああ、この子達は卒園生だから入れてあげてくれないか。今日はいいだろう?」
先生の言葉に男は無言で門を開ける。
三葉達は知らない場所に来たかのように辺りを伺いながら中に入った。
「先生何かあったの?」
「ちょっとね・・」
健斗の問いかけに服部は困ったように眉を下げ、言いにくそうに言葉を濁した。
服部は副園長で園長と同じように皆を可愛がりいつも外での遊びに付き合ってくれていて
園長がお母さんなら服部はお父さんのような人だった。
だが体調が良くないのか以前よりも痩せて元気がない。
「園長に会いに来たんだけど。園長室にいる?」
そう聞くと服部は三葉の目を見てもういないんだよと言った。
「どういうこと?」
「園長は先月亡くなったんだ」
「えっ・・お母さんが?」
信じられない思いで服部を見つめ返す。
そんな急に?
半年前に来た時はあんなに元気だったのに。
「車の事故でね。居眠り運転だったみたいで崖から落ちてそのまま・・」
「そんな・・」
もう会えないのか。
本当のお母さんのように育ててくれた人と。
健斗が耐えきれず泣き出した。
三葉も園長との様々な思い出が脳裏を駆け、やるせない気持ちで眦に涙を滲ませた。
「落ち着いたかい?」
園長室で服部が入れてくれたお茶を飲みながら二人は沈み込んでいた。
「いい人ほど神様が早く呼ぶって言うのは本当だね」
服部はしみじみとそんな事を言う。
確かに高齢ではあったが亡くなるには早過ぎた。
「だから園内が静かなの?みんな寂しがってるんだね」
健斗の言葉に服部は曖昧に頷く。
「みんな彼女が大好きだったからね」
それにしても建物の中に入ってから人っ子一人見ていない。
皆部屋に閉じこもってるのか?
何も分からない小さい子達も?
声もしないなんて何だかおかしい。
そう思い三葉が顔を上げると服部と目が合った。
「そろそろ君たちも帰ったほうがいいね。ここの事は忘れて幸せになるんだよ」
そう言いながら微笑む服部はどこか苦しそうだったが彼の発したその言葉からは従わざるを得ない強い意志が感じられた。
「わかりました。服部先生お元気で」
三葉はそう言うとまだ泣いている健斗を連れて園を出る。
そして振り返ってもう一度建物を見た。
自分の育った大事な場所。
恐らくもう二度と来る事は無いだろう。
そう思うと今まで立っていた地面が急にぐらぐらとして歩く事すらまともに出来ないような不安を覚えた。
しばらく公園で健斗と話し、家に帰ってきた時には夕方の5時を過ぎていた。
鍵穴に鍵を差し込み違和感に気づく。
開いてる。浩太が帰ってきたのか。
玄関にあったのは浩太のスニーカーで他の靴が並んでいない事に心底ホッとする。
部屋に入ると小さいソファで窮屈そうに眠っている浩太がいた。
三葉は引き寄せられるようにフラフラと浩太に近づきそっとその胸に頭を乗せると規則正しい心臓の音を聴く。
生きている証に包まれているともうこの世にはいない母さんを思い出す。
園に行くたびに笑顔でおかえりと迎えてくれた。
体調の悪い時はすぐ気付いてくれた。
あの場所があるから自分は頑張れたのだ。
二度と会えなくなるなんて考えたこともなかった。
いつの間にかまた涙が頬を伝い浩太のシャツの胸を濡らす。
それに気付いたのか浩太が寝ぼけた様子で三葉の頭を抱えて髪を撫でた。
懐かしい・・。
一緒に暮らし始めた頃はこうやってよく頭を撫でてくれた。
理佐と間違ってるんだろうと思うが今は少しだけこのままでいて欲しい。
何も持たず生まれてきた自分が何かを持てるなんて思い上がりだったのかもしれない。
きっとこれから先も何をしても上手くいかない。
それならこのまま自分を必要とする浩太のそばにいてもいいんじゃ無いだろうか。
利用されているだけと分かっていても気まぐれに貰える笑顔を見る事が出来れば自分は何とか生きていけるだろう。
いつの間に眠ってしまったのか。
三葉が目覚めた時、もう浩太はいなかった。
落胆したがソファにもたれて座ったまま寝ていた自分に毛布がかかっているのを見て気持ちが救われた。
出会った頃の浩太のようだと思った。
誰と付き合っていても誰と遊んでいても彼の番は自分だけだ。
そう思えばこの状況も耐えられるかもしれない。
そんな事をぼんやり考えていると携帯が鳴り、びくりと飛び上がった。
「三葉?」
「ああ海、どうした?」
「今うちに健斗が来てるんだけどお前も来ない?」
健斗も一人暮らしだ。
今夜は寂しさに耐えかねて海の家に向かったんだろう。
海はβだけどずっと健斗に惚れていて隙あらば口説いている。
そんな所にお邪魔するのは野暮だろうと思いながらも健斗と同じく今夜は一人で居たくなくて海の優しさに甘える事にした。
「すぐ行く」
三葉はそう言って電話を切り身支度を整え、家を出た。
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