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2話
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「ただいま・・」
そう声をかけドアを開けた三葉を出迎えたのは玄関に並べられたいくつもの靴。
そしてはしゃぐ男女の声だった。
こんな時まで馬鹿騒ぎかよ。
携帯の留守番電話にはわざとらしく落ち込んだ声で反省のメッセージを山ほど入れてたくせに。
「あっ!浩太の番が帰って来たぞ」
開け放した部屋のドアから男が三葉を目敏く見つけ大声を上げた。
仕方なく部屋に入ると1番奥で浩太が昨日のΩの女の肩を抱きながらニヤニヤとこちらを見ている。
何考えてんだ。
絶望に胸が引き絞られるように痛み涙が出そうだが悔しくてグッと堪える。
こいつの前では泣きたくない。
「なあ三葉、お前なんで黙ってたの?」
「・・なにを?」
浩太が咎めるように揶揄うように女の肩を抱いたまま三葉に話しかける。
「Ωってさ、一度番ったらαから離れられないんだってな」
・・そんな事も知らずに番になったのか?
三葉は驚いて浩太を見た。
「さっさと言えよ。昨日はお前がいなくなるかと思って焦ったよ。お前便利だしさあ。でもお前は俺が何したって離れられないんだろ?もうお前の機嫌取らなくていいとか最高じゃん」
心から愉しそうなその態度に三葉は茫然と立ち尽くす。
便利?
機嫌をとる?
何を言ってるんだろう。
「取り敢えずさ、せっかく帰って来たんだから飯でも作って」
そう言って隣にいる女にキスをする浩太。
現実味のないその光景に混乱しながらも三葉はのろのろとキッチンに向かった。
確かに番のαからは離れられない。
だがそれをこんな風に利用されるなんて夢にも思っていなかった。
けれど発情期がくればこの男を頼るしかないのだ。
どんなに嫌悪していても三葉は抱いてくれと泣いて縋るだろう。
その時の事を考えただけで吐きそうになった。
絶望的な気持ちで食材を刻む三葉の元に仲間の男が飲み物を取りに来た。
黙って冷蔵庫から冷えたビールを手渡すと突然その手を掴まれる。
「なんだよ」
「いや前から思ってたけどお前本当に綺麗な顔してるよな」
「は?」
既に酔ってるのか目がとろりと怪しく光っている。
「一回ヤラしてくんね?」
「何言ってんだふざけんな!」
抵抗するが強い力で抱き込まれ首筋に唇を落とされる。
全身に鳥肌が立ち血の気が下がった。
番のいるΩは決まった相手以外を受け入れられない。
最悪ショック死してしまう事もあるほど番との結びつきは強く堅固な物だ。
「浩太っ!!」
仕方なくその名を叫ぶとめんどくさそうにキッチンに来た浩太は三葉に張り付く男の襟首を掴んで引き離した。
「何してんだ。ただでやれると思うなよ」
「いくらだよ」
「考えといてやるよ。でもまだ今はダメだ」
「じゃあ1番に声かけてくれよ」
「分かったよ」
そう言いながら床に座り込む三葉の横を通り過ぎる二人。
もう無理だ。
そう思うもののどうしていいか分からない。
相手は番。
さらにより縁の深い運命の番だ。
どうしたって離れられない。
そばにいたくないと心では思いながらも本当にいなくなれば自分はおかしくなってしまうだろう。
浩太の無茶な要求を受け入れながらここで死んだように暮らすしかないのだろうか。
考えれば考えるほど思考は悪い方に沈んでいき三葉は暗闇の中に閉じ込められたような気がした。
三葉のバイト先は街の中心部で大学にも近い人気のカフェだ。
広めの店内にはゆったりしたソファ席が7つあり、のんびりと過ごす事が出来る。
常連は10席ほど並んだカウンター席で店員とお喋りを楽しむ者が多いが、伊織もそんな客の一人だった。
「三葉くん、久しぶりだね」
そう言っていつものモカを注文する伊織に三葉は営業ではない笑顔を浮かべた。
「課題に手こずっててしばらく来られませんでした」
「そっかー学生は大変だね」
「社会人の方が大変じゃないですか?」
「まあ、それでも仕事だけしてればいいからさ。テストに課題に友達付き合いに就活に・・もう二度と学生時代には戻りたくないよ」
おどけたようにそう言う伊織は30を過ぎたばかりの整った容姿に穏やかな性格のαだ。
カフェの店員は何人もいるがΩも多く、αの接客は番持ちで他のαに反応しない三葉が担当している。
「お待たせしました」
伊織の前に香り高いコーヒーを置く。
今風のインテリアでおしゃれなスイーツが売りの店だが実はコーヒー豆もブラジルの農園にオーナー自ら買い付けに行くくらい力を入れていて、こまめに使う分だけ自家焙煎している自慢の逸品だ。
「ああ本当にいい香りだ。三葉くんが淹れてくれるからかな?」
「誰が淹れても同じですよ」
そんな軽口も嫌味なく上品な伊織は会社が近い事もあり毎日のように来てくれてる三葉が大好きな客の一人だった。
「そうだ、三葉くんに聞きたいことがあったんだ」
「何ですか?」
「いや、前にちらっと三葉くんの番は運命の相手だって言ってただろ?どんな感じなのかなって。ちょっと気になるΩの子がいるんだけど運命では無さそうでさ。
会えるまで待つべきなのかな」
その言葉を聞いた途端、浩太を思い出し胸にドス黒い物が広がる。
「あ、ごめん。こんなセンシティブな事。聞くべきじゃなかったよね」
顔色の変わった三葉に伊織は慌てて謝ったので三葉も我に返りごめんなさいと謝罪した。
「違うんです。その・・うまくいってなくて」
小さい声で絞り出すようにそう口に出すと、改めてこれから先の事が不安になり余計に伊織に心配をかけてしまった。
「難しいよね。特に運命は出会った瞬間番になる事も多いから。相手がどんな人かなんてまるで分からないのに」
本当にそうだ。
運命の人に夢を見ていたあの頃の自分を殴ってやりたい。
現実はそんな甘いもんじゃないんだぞ、と。
そして今日もそんな相手の待つ家に帰らなくてはならない現実に更に気持ちは落ちてゆくのだった。
そう声をかけドアを開けた三葉を出迎えたのは玄関に並べられたいくつもの靴。
そしてはしゃぐ男女の声だった。
こんな時まで馬鹿騒ぎかよ。
携帯の留守番電話にはわざとらしく落ち込んだ声で反省のメッセージを山ほど入れてたくせに。
「あっ!浩太の番が帰って来たぞ」
開け放した部屋のドアから男が三葉を目敏く見つけ大声を上げた。
仕方なく部屋に入ると1番奥で浩太が昨日のΩの女の肩を抱きながらニヤニヤとこちらを見ている。
何考えてんだ。
絶望に胸が引き絞られるように痛み涙が出そうだが悔しくてグッと堪える。
こいつの前では泣きたくない。
「なあ三葉、お前なんで黙ってたの?」
「・・なにを?」
浩太が咎めるように揶揄うように女の肩を抱いたまま三葉に話しかける。
「Ωってさ、一度番ったらαから離れられないんだってな」
・・そんな事も知らずに番になったのか?
三葉は驚いて浩太を見た。
「さっさと言えよ。昨日はお前がいなくなるかと思って焦ったよ。お前便利だしさあ。でもお前は俺が何したって離れられないんだろ?もうお前の機嫌取らなくていいとか最高じゃん」
心から愉しそうなその態度に三葉は茫然と立ち尽くす。
便利?
機嫌をとる?
何を言ってるんだろう。
「取り敢えずさ、せっかく帰って来たんだから飯でも作って」
そう言って隣にいる女にキスをする浩太。
現実味のないその光景に混乱しながらも三葉はのろのろとキッチンに向かった。
確かに番のαからは離れられない。
だがそれをこんな風に利用されるなんて夢にも思っていなかった。
けれど発情期がくればこの男を頼るしかないのだ。
どんなに嫌悪していても三葉は抱いてくれと泣いて縋るだろう。
その時の事を考えただけで吐きそうになった。
絶望的な気持ちで食材を刻む三葉の元に仲間の男が飲み物を取りに来た。
黙って冷蔵庫から冷えたビールを手渡すと突然その手を掴まれる。
「なんだよ」
「いや前から思ってたけどお前本当に綺麗な顔してるよな」
「は?」
既に酔ってるのか目がとろりと怪しく光っている。
「一回ヤラしてくんね?」
「何言ってんだふざけんな!」
抵抗するが強い力で抱き込まれ首筋に唇を落とされる。
全身に鳥肌が立ち血の気が下がった。
番のいるΩは決まった相手以外を受け入れられない。
最悪ショック死してしまう事もあるほど番との結びつきは強く堅固な物だ。
「浩太っ!!」
仕方なくその名を叫ぶとめんどくさそうにキッチンに来た浩太は三葉に張り付く男の襟首を掴んで引き離した。
「何してんだ。ただでやれると思うなよ」
「いくらだよ」
「考えといてやるよ。でもまだ今はダメだ」
「じゃあ1番に声かけてくれよ」
「分かったよ」
そう言いながら床に座り込む三葉の横を通り過ぎる二人。
もう無理だ。
そう思うもののどうしていいか分からない。
相手は番。
さらにより縁の深い運命の番だ。
どうしたって離れられない。
そばにいたくないと心では思いながらも本当にいなくなれば自分はおかしくなってしまうだろう。
浩太の無茶な要求を受け入れながらここで死んだように暮らすしかないのだろうか。
考えれば考えるほど思考は悪い方に沈んでいき三葉は暗闇の中に閉じ込められたような気がした。
三葉のバイト先は街の中心部で大学にも近い人気のカフェだ。
広めの店内にはゆったりしたソファ席が7つあり、のんびりと過ごす事が出来る。
常連は10席ほど並んだカウンター席で店員とお喋りを楽しむ者が多いが、伊織もそんな客の一人だった。
「三葉くん、久しぶりだね」
そう言っていつものモカを注文する伊織に三葉は営業ではない笑顔を浮かべた。
「課題に手こずっててしばらく来られませんでした」
「そっかー学生は大変だね」
「社会人の方が大変じゃないですか?」
「まあ、それでも仕事だけしてればいいからさ。テストに課題に友達付き合いに就活に・・もう二度と学生時代には戻りたくないよ」
おどけたようにそう言う伊織は30を過ぎたばかりの整った容姿に穏やかな性格のαだ。
カフェの店員は何人もいるがΩも多く、αの接客は番持ちで他のαに反応しない三葉が担当している。
「お待たせしました」
伊織の前に香り高いコーヒーを置く。
今風のインテリアでおしゃれなスイーツが売りの店だが実はコーヒー豆もブラジルの農園にオーナー自ら買い付けに行くくらい力を入れていて、こまめに使う分だけ自家焙煎している自慢の逸品だ。
「ああ本当にいい香りだ。三葉くんが淹れてくれるからかな?」
「誰が淹れても同じですよ」
そんな軽口も嫌味なく上品な伊織は会社が近い事もあり毎日のように来てくれてる三葉が大好きな客の一人だった。
「そうだ、三葉くんに聞きたいことがあったんだ」
「何ですか?」
「いや、前にちらっと三葉くんの番は運命の相手だって言ってただろ?どんな感じなのかなって。ちょっと気になるΩの子がいるんだけど運命では無さそうでさ。
会えるまで待つべきなのかな」
その言葉を聞いた途端、浩太を思い出し胸にドス黒い物が広がる。
「あ、ごめん。こんなセンシティブな事。聞くべきじゃなかったよね」
顔色の変わった三葉に伊織は慌てて謝ったので三葉も我に返りごめんなさいと謝罪した。
「違うんです。その・・うまくいってなくて」
小さい声で絞り出すようにそう口に出すと、改めてこれから先の事が不安になり余計に伊織に心配をかけてしまった。
「難しいよね。特に運命は出会った瞬間番になる事も多いから。相手がどんな人かなんてまるで分からないのに」
本当にそうだ。
運命の人に夢を見ていたあの頃の自分を殴ってやりたい。
現実はそんな甘いもんじゃないんだぞ、と。
そして今日もそんな相手の待つ家に帰らなくてはならない現実に更に気持ちは落ちてゆくのだった。
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