運命の番と別れる方法

ivy

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1話

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今日はバイトを早上がり出来たから、晩御飯は手の込んだものにしよう。

三葉は、冷蔵庫の中身と今買ってきた物を頭の中で並べて、浩太の好物のレシピをおさらいした。

浩太は三葉の運命の番だ。
少しでも喜んで欲しくて三葉はいつも自分に何が出来るかを考えている。

安いアパートの錆びた階段を上がりノブを回した。
鍵のかかっている手応えにまだ帰ってないのだと安堵する。

今から作り始めても一時間はかかる。
浩太はせっかちだから帰ってすぐ食べられないと機嫌が悪くなるのだ。


鈴のついた鍵を鞄から取り出し、鍵を開けようとして三葉はふと違和感に気付く。

……音がしないのだ。

浩太がプレゼントしてくれたその鈴をとても大事にしていたのに。

考え事に夢中で気にならなかったが、そう言えば帰り道でもその音を聞いた記憶がなかった。

中が錆びてしまったのかもしれない。
後でゆっくり確認しよう。

三葉はそう思いながら銀色の冷たい鍵を回して軋むドアを開けた。

狭い玄関には女性もののヒール。
また友達が来てるのか。

浩太は大学でも人気者なのでしょっちゅう人が訪ねて来る。
高圧的で三葉を馬鹿にしたような態度の人が多く、気疲れはするがそんな事は口にしない。
だって一生を共にする大切な番の友達だから。

鍵は閉まってたけど浩太も帰ってるのかな。
友達は晩御飯を食べていくのだろうか。
急いでメニューの変更を考えながら一部屋しかない部屋の扉を開けた途端、信じられない光景が目に飛び込んだ。


いつも二人で使っているベッド。
部屋が狭いから小さめだけど抱き合って眠れるから良いねと一緒に笑った。
その上で


裸で女と抱き合っていたのは
見紛う事なく三葉の運命の番である浩太だった。



なに?これ?
わざとらしく浩太の下で逞しい腰に細い足を絡めているのはよくウチに来る嫌味なΩだ。

三葉は声も出せず立ち尽くす。
そんな彼に気付いた浩太は、慌ててベッドから飛び降り言い訳を捲し立てる。

「違うんだ三葉、あいつがフェロモンで俺を誘惑して・・」

「はあ?誘ったのは浩太でしょ」

イライラとした声で女が悪態をつく。

フェロモンなんて・・番がいるんだから惑わされるわけないのに。

「それよりなんでこんなに帰りが早いんだよ!鈴の音もしなかっただろ!」

なんの反応もない三葉に焦れたのか、浩太が攻めるように言葉を投げつけた。

三葉はその時やっと浩太が自分にあの鈴を贈った理由を理解した。
初めて浩太がくれたプレゼントに浮かれて肌身離さず持ち歩いていた自分が馬鹿みたいだ。

三葉は手にした買い物袋を床に投げつけ踵を返し玄関に向かった。

「待てよ三葉、本当にあいつに無理やり迫られたんだよ。それでつい・・。二度としないから今回だけ許してくれよ!」

「離して!」

今は顔も見たくない。
玄関先で揉み合っていると隣の住人がうるさい!と言いながらドアを開けてこちらを睨んできた。

「いい加減にしてくれよ!毎日毎日昼間っから男やら女やら連れ込んでベッドの軋む音とかやらしい声とか散々聞かされてゾッとしてんのに今度はなんの騒ぎだよ!」

隣人の言葉に三葉は頭を殴られたようなショックを受けた。

毎日?昼間っから?
自分が大学やバイトで忙しくしている間に?

浩太を見るとバツが悪そうに目を逸らした。
腕を掴む力が弱くなった隙に三葉はその手を振り解き夕暮れに染まる街に飛び出した。








「おはよー三葉!あれ?顔色悪い?」

翌朝大学に行くと数少ない友人、健斗が三葉の顔を覗き込んで表情を曇らせる。

あの騒ぎの後、結局三葉は家に戻らずネットカフェで一夜を過ごした。
慣れないリクライニングチェアで眠れるはずもなく、浩太からの夥しい数の着信やメールに携帯すら触るのが嫌になり、ずっと暗い気持ちで夜を明かしたのだ。

「彼氏と喧嘩?運命の番でも喧嘩するんだー」

ため息を吐きながらそう言う健斗は三葉と同じΩで只今絶賛番を募集中だ。

「番とか運命とかもう本当にめんどくさい」

そう言う三葉に驚いた顔をするのは彼が運命の番と出会えるのを夢見ているからだろう。

健斗からしてみれば、天文学的な確率で運命と出会い番えた三葉達は理想のカップルなんだから。

「何があったの?」

心配そうに尋ねる健斗に甘えたい気持ちが湧いて来てその日は学食でランチを摂りながら昨日の顛末を話す事にした。

「そりゃ酷いな。そんな奴捨ててやれ」

そう言ったのはもう一人の友人である海。
学食に入った所で鉢合わせして一緒に話を聞いて貰うことになった。

「どうするの?これから」

憤る海とは対照的に健斗が悲痛な面持ちで三葉を見るのは彼がΩだから。

健斗はよく知ってる。

一度番になったΩが相手と別れた後どんな風になるか。



三ヶ月に一度来る発情期は番相手にしか宥めることは出来ない。
番と別れたら薬に頼り苦しみながら一生を過ごす事になる。

番いの解消の研究も進んではいるが現時点では有効な策はないのが現状だ。

「わかってるよ」

三葉はため息をついて健斗を見る。

「どうせ許すしかないんだ」

どんなに理不尽でも一度番ったら離れられない。
αは自由に番の解消も出来るし新たに番を作ったり複数と番う事が出来るのに、だ。

「でもさ三葉の相手、こう言っちゃなんだけどクズだよな」

「海!」

健斗が歯に絹着せぬ物言いの海を嗜める。

「だってそうだろ?ほとんど初対面の三葉をいきなり襲って首噛んでさ。まだ学生なのに三葉の家に転がり込んで食わしてもらってんだから。家賃とか食費とか貰ってないんだろ?」

「まあ、まだ学生だから。俺はΩの生活支援で補助金も貰ってるし」

「そんなのちょっとじゃん。三葉だって学生なのにすげーバイトしてるだろ。甘やかすなよ。」

「確かに海の言うことももっともだけど。それでも離れられないのが運命の番なんだよ!ね?三葉!」

健斗が興奮して三葉に同意を求めた。

もう正直運命なんて意味がないと思っていたがそれでも曖昧に頷いたのは浩太と本当に別れてしまうのが怖かったからかもしれない。


「まあ俺はベータだしわかんねーけど」

海はそう言って食べかけのうどんに箸をつけた。







運命の番・・。





浩太に初めて会ったのは2年前。
まだ入学して間もない時期でたまたま側で食事をしていた浩太に話しかけられたのがきっかけだ。
目があった途端ヒートが起こりこれが運命かと驚いたのを覚えている。

そのまま浩太に空き教室に連れ込まれ体を重ね、頸を噛まれて番になった。

あまりの急展開に自分でも驚いたがきっかけは何であれ運命と出会ったのだからこれは必然だと自分を納得させ次の日から一緒に暮らし出したのだ。

確かに海の言うように浩太はだらし無いしお金に無頓着で度々遊ぶ金を無心される事もある。

それでも2年も一緒にいたら情も湧く。

こうして一緒に生きていくんだろうなと思っていた矢先のこの浩太の浮気だ。

思い出すたびに怒りが込み上げて来るがずっとネットカフェで過ごすわけにも行かず三葉は重い足を引き摺るように自宅に戻った。





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