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夏姫の苦悩 後半浩二side
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「大丈夫か?」
賢士が心配そうに俺の額に手を当てる。
「熱はなさそうだが元気がないな」
「大丈夫だよ。まだ寝起きでぼんやりしてるだけだから」
「そうか?」
出勤前で忙しいのに俺なんかに構ってくれなくていいんだよ。
心の中でそう呟いてソファにころんと横たわる。
「朝飯はちゃんと食えよ?何かあったらすぐ連絡しろ、絶対だぞ?今夜は早く帰るからな」
「はいはい、いってらっしゃい」
寝転がったまま、わざとぞんざいに手だけをひらひらと振る。今は賢士の顔を見るのが怖かった。自分の考えていることが見透かされそうだったから。
しばらくすると、ドアの開く気配と外から鍵を掛けた音がして、広い部屋はしんと静まりかえる。
「ごめんね賢士」
俺はお腹を撫でながら、自分を守るようにただひたすら丸くなってソファに沈みこんだ。
【浩二side】
鷹翼組は古ぼけた場末のビルに事務所を構える昔ながらの極道だ。
義理人情を大事にするあまり、時代遅れなやり方が仇となって、現在は数多の裏切りにあい海外マフィアにも縄張りを狙われ続けて衰退の一途を辿っている。
俺はそんな潰れかけた組の唯一の跡取りだが、はなから組を継ぐつもりはなく、いずれは得意のハッキングを武器にフリーで情報屋でもやろうと思っている。
今日も今日とて朝から三台のパソコンを開いてネットで拾った仕事で小遣い稼ぎに勤しんでいた……のだが。
「なあ浩二」
「なんだよ。それより朝からそんな不景気なツラすんのやめて貰える?」
「夏姫の事なんだが」
「それ俺に相談しちゃうんだ」
紆余曲折あって結ばれた賢士と夏姫は最初はとても仲が悪かった。
オメガ嫌いの賢士と生きる事に必死で恋愛どころではなかった夏姫。
それにしても俺が最初に見つけたマイスイートハニーだったのにこんなにあっさりと横取りされるとは。
親父の企みで賢士が夏姫を運命の番だと言って俺を諦めさせようとした時だって、そもそも学生時代からの付き合いの俺は賢士に翡翠という運命がいた事を知っていた。
それなのに堂々とあんな芝居をしたのは賢士の俺に対する無意識の牽制だろう。
実は最初から夏姫のことが気になっていたに違いない。
ほんとに腹立つ奴だ。
「別れたいって相談なら聞いてやるよ」
「夏姫が今朝から元気がないんだが理由が思い当たらない」
「まず俺の言ってること聞こうか」
「なんだと思う?」
「……本当に心当たりないのかよ」
俺は諦めて賢士の話に耳を傾ける事にした。
だって夏姫がつらい思いをしてるかもしれないからな。
「ない。話しかけてもうわの空で口数も少ない」
「いつから?」
「今朝。俺が起きてから出かけるまでの間」
今朝?ほんの数十分元気がなかったって話??こいつマジか……。
「よく考えたらお前なんか大した事ないって気付いたんじゃね?他にもっといい人いるかも~例えば浩二くんとか~なんて」
半笑いで憎まれ口を叩き、賢士をチラリと見遣ると、そこには地獄から這い出てきた悪魔のような顔をした奴が俺を睨んでいるところだった。
「友達にする顔じゃないだろ」
「友人関係が続くかどうかはこのあと次第だな」
「ひっ」
とはいえ、しばらく顔も見ていない夏姫の心境など慮れるはずもない。
ここはそっと姿を消すのが得策だ。俺はノートパソコンからそっと充電器を外すと手元に抱え、椅子から腰を浮かせた。
「今が一番大事な時期なのに」
「そうだな。式はもうすぐだったか?」
少しずつ後退りながら適当に会話をする。
「そうだった、結婚式。お腹が目立つ前にやらないと」
「……なんだと?」
「子どもが出来た」
「はあああああ?」
お前それ幸せの絶頂じゃね?
もしかして今までのは高度な惚気か?
俺は手にしていたパソコンを賢士の頭上に振り下ろしそうになり慌てて思いとどまる。
そんな事したら確実に死ぬ。
パソコンも俺も。
「もっと喜んでもいいはずだろ?医者が言うにはつわりはもう少し先らしいし。何を悩んでるんだろう」
賢士がため息を吐いたその時、百合が勢いよくドアを開けて入って来た。
「それはマタニティブルーってやつよ。知らんけど」
「知らないのかよ!」
適当な事言って更に賢士を苛立たせるのでは無いかと、俺は焦ってパソコンをテーブルに戻す。
「当たり前でしょ。妊婦の経験なんて無いんだから」
そう言いなが百合は椅子にどかっと腰を下ろし手にしていたコーヒーを啜った。
「でもね、うちの姉が妊娠した時凄かったの」
「凄いとは?」
不確かな情報でもなにか手掛かりになるのではと、賢士は百合に向き合う。
「ずっと泣いてたかと思ったら突然凶暴になって大声を出したり、そんなことの繰り返しだったわ。心配しなくても二、三か月で治るわよ」
「そうなのか?」
「ええ」
先程までの鬼面から打って変わり、賢士の表情が穏やかになる。
「それならしばらく好きな物でも買って帰って見守る。ありがとうな」
「どういたしまして」
よかったー!!
俺は心の中で百合にお礼を言って、仕事を再開すべくパソコンを開いた。
こうして一件落着かと思われた火種が、このあと賢士と夏姫の間に大きな影を落とす事になるなんて、その時の俺は夢にも思っていなかった。
賢士が心配そうに俺の額に手を当てる。
「熱はなさそうだが元気がないな」
「大丈夫だよ。まだ寝起きでぼんやりしてるだけだから」
「そうか?」
出勤前で忙しいのに俺なんかに構ってくれなくていいんだよ。
心の中でそう呟いてソファにころんと横たわる。
「朝飯はちゃんと食えよ?何かあったらすぐ連絡しろ、絶対だぞ?今夜は早く帰るからな」
「はいはい、いってらっしゃい」
寝転がったまま、わざとぞんざいに手だけをひらひらと振る。今は賢士の顔を見るのが怖かった。自分の考えていることが見透かされそうだったから。
しばらくすると、ドアの開く気配と外から鍵を掛けた音がして、広い部屋はしんと静まりかえる。
「ごめんね賢士」
俺はお腹を撫でながら、自分を守るようにただひたすら丸くなってソファに沈みこんだ。
【浩二side】
鷹翼組は古ぼけた場末のビルに事務所を構える昔ながらの極道だ。
義理人情を大事にするあまり、時代遅れなやり方が仇となって、現在は数多の裏切りにあい海外マフィアにも縄張りを狙われ続けて衰退の一途を辿っている。
俺はそんな潰れかけた組の唯一の跡取りだが、はなから組を継ぐつもりはなく、いずれは得意のハッキングを武器にフリーで情報屋でもやろうと思っている。
今日も今日とて朝から三台のパソコンを開いてネットで拾った仕事で小遣い稼ぎに勤しんでいた……のだが。
「なあ浩二」
「なんだよ。それより朝からそんな不景気なツラすんのやめて貰える?」
「夏姫の事なんだが」
「それ俺に相談しちゃうんだ」
紆余曲折あって結ばれた賢士と夏姫は最初はとても仲が悪かった。
オメガ嫌いの賢士と生きる事に必死で恋愛どころではなかった夏姫。
それにしても俺が最初に見つけたマイスイートハニーだったのにこんなにあっさりと横取りされるとは。
親父の企みで賢士が夏姫を運命の番だと言って俺を諦めさせようとした時だって、そもそも学生時代からの付き合いの俺は賢士に翡翠という運命がいた事を知っていた。
それなのに堂々とあんな芝居をしたのは賢士の俺に対する無意識の牽制だろう。
実は最初から夏姫のことが気になっていたに違いない。
ほんとに腹立つ奴だ。
「別れたいって相談なら聞いてやるよ」
「夏姫が今朝から元気がないんだが理由が思い当たらない」
「まず俺の言ってること聞こうか」
「なんだと思う?」
「……本当に心当たりないのかよ」
俺は諦めて賢士の話に耳を傾ける事にした。
だって夏姫がつらい思いをしてるかもしれないからな。
「ない。話しかけてもうわの空で口数も少ない」
「いつから?」
「今朝。俺が起きてから出かけるまでの間」
今朝?ほんの数十分元気がなかったって話??こいつマジか……。
「よく考えたらお前なんか大した事ないって気付いたんじゃね?他にもっといい人いるかも~例えば浩二くんとか~なんて」
半笑いで憎まれ口を叩き、賢士をチラリと見遣ると、そこには地獄から這い出てきた悪魔のような顔をした奴が俺を睨んでいるところだった。
「友達にする顔じゃないだろ」
「友人関係が続くかどうかはこのあと次第だな」
「ひっ」
とはいえ、しばらく顔も見ていない夏姫の心境など慮れるはずもない。
ここはそっと姿を消すのが得策だ。俺はノートパソコンからそっと充電器を外すと手元に抱え、椅子から腰を浮かせた。
「今が一番大事な時期なのに」
「そうだな。式はもうすぐだったか?」
少しずつ後退りながら適当に会話をする。
「そうだった、結婚式。お腹が目立つ前にやらないと」
「……なんだと?」
「子どもが出来た」
「はあああああ?」
お前それ幸せの絶頂じゃね?
もしかして今までのは高度な惚気か?
俺は手にしていたパソコンを賢士の頭上に振り下ろしそうになり慌てて思いとどまる。
そんな事したら確実に死ぬ。
パソコンも俺も。
「もっと喜んでもいいはずだろ?医者が言うにはつわりはもう少し先らしいし。何を悩んでるんだろう」
賢士がため息を吐いたその時、百合が勢いよくドアを開けて入って来た。
「それはマタニティブルーってやつよ。知らんけど」
「知らないのかよ!」
適当な事言って更に賢士を苛立たせるのでは無いかと、俺は焦ってパソコンをテーブルに戻す。
「当たり前でしょ。妊婦の経験なんて無いんだから」
そう言いなが百合は椅子にどかっと腰を下ろし手にしていたコーヒーを啜った。
「でもね、うちの姉が妊娠した時凄かったの」
「凄いとは?」
不確かな情報でもなにか手掛かりになるのではと、賢士は百合に向き合う。
「ずっと泣いてたかと思ったら突然凶暴になって大声を出したり、そんなことの繰り返しだったわ。心配しなくても二、三か月で治るわよ」
「そうなのか?」
「ええ」
先程までの鬼面から打って変わり、賢士の表情が穏やかになる。
「それならしばらく好きな物でも買って帰って見守る。ありがとうな」
「どういたしまして」
よかったー!!
俺は心の中で百合にお礼を言って、仕事を再開すべくパソコンを開いた。
こうして一件落着かと思われた火種が、このあと賢士と夏姫の間に大きな影を落とす事になるなんて、その時の俺は夢にも思っていなかった。
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