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婚前旅行3

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やっぱり何かおかしい・・

俺は目の前で食事する賢士を眺めた。
ホテルのレストラン。
こじんまりとしているが内装や調度品も凄く高そうで地震対策出来てんのかな?なんて余計な心配をしてしまう。

そんなきらついた空間にも負けない堂々たる美丈夫は優雅に皿のラム肉を骨から外していてうっかりと見惚れてしまう。

「夏姫?どうした?」

それはこっちのセリフだ。
こんな風に甘い顔で俺を見る癖に何故かいつもより賢士からの接触が少ない。
いや、賢士からの接触がほぼ無い!

「あーん」

俺は賢士に向かって口を開ける。

「自分で食べろよ」

そう言いながらも口元を緩めつつ俺に向かって肉の滴るフォークを差し出す。

ぱくりと一口で頬張り口の端についたソースを舐めるとあまりの美味しさにびっくりした。
早く自分の食べよう。

ナイフとフォークを手にして顔を上げると俺を凝視している賢士と目が合った。

合ったのに。
慌てて逸らされる。

その目には久しぶりに情欲の翳りが見て取れた。
それなのにどうしてそんな気まずそうに逸らすの?
気のせいでありますようにと願いながら俺は手元のラム肉に意識を集中させた。






その願いは部屋に戻った途端完全に潰えた。
「寝室が二つあるから大きい方使っていいぞ。風呂先に入れよ。上がったら呼んで」

賢士がそう言いながら寝室に消えてしまったからだ。

どうして?
俺なんかしたのかな。

不安に心臓がバクバクする。
今夜いよいよ・・と思ってたのは俺だけなの?
一旦バスルームに向かったものの、どうしても気になって賢士の寝室に向かった。

ノブに手をかけた瞬間、中で話し声がする事に気が付き手を止める。

電話?だれと?


いけないと思いながら息を呑んで声に耳をすませる。

「・・分かってる。そんなことしねえよ」
ぞんざいな言葉遣いに相手は浩二あたりだと知り少し安心して出直そうとした時、潜めたような声がした。

「あいつはバスローブで兄貴と一緒にいたんだそ?抱かれたってことだろう!」

・・え?


全身が凍りつく。


何も聞かれなかったから
何も話してはなかったけど
賢士はそう思ってたから何も聞かなかったんだ。


そして家に戻ってからの賢士の態度も腑に落ちた。

兄に抱かれた身体に触れるのが嫌になったんだ。

違うのに。
そんなことされてないのに。

どうして俺に聞かずに諦めてしまうの?
無垢な俺だから好きになったの?
そうじゃ無い俺には価値がないの?

涙が溢れて嗚咽が漏れそうになり慌てて手で口を塞ぐ。


そのまま気づかれないようにそっと俺は部屋を後にした。








ホテルを出て海沿いの道を歩いた。
そんなに遅い時間でもないのに車の通りはほとんどない。
気が動転して財布もスマホも置いて来てしまった。
これからどうしたらいいか分からないけどホテルにも戻れない。
涙は止まらないし頭も痛くなって来た。

ただ規則的に足を前に前に動かす。
少しでも賢士から離れたい。
その想いだけで。


朝はあんなに幸せだったのに。
賢士は優しいからこんな俺でも精一杯大事にしてくれてたんだ。
たとえその気持ちに愛は無くても。
子供に接するように慈しんでくれていた。

そう思うとまた涙が溢れて鼻の奥が酷く痛かった。
俺がほしいのはそんな愛じゃないんだ。


「こんなとこでどうしたの?」


突然知らない声がして身体がびくりと跳ねた。
横を見ると車が止まって若い男がこちらを見ている。

「なんでもない!」

そう言い捨てて早足で歩く。

でも男は同じスピードで車に乗ったまま話し続けてきた。

「どこ行くの?もう夜だよ?駅なら送ってあげるから乗りなよ。それとも行くとこ無いの?」

おっとり優しい声だけど俺は怖くて黙って足を早めた。

「心配しないで何もしないよ。行くとこないならうちに泊まればいい。家族がいるからうるさいかもだけど」

本当に心配してるような声に少しだけ気持ちが揺らぐ。

家族がいるなら変なことはないかな。
とりあえず朝にならないとどうにもならない。
でも本当に信じていいのか?

決めあぐねて黙って歩いていると車の後部座席のドアが開き別の男が降りて来た。

「もういいじゃんさっさと攫っちゃえば」

男はニヤニヤしながら近づいて俺の腰に腕を回す。

「やだっ!!やめて!!」

こんな人気のないところで捕まったら助からない!

「あれ?こいつめちゃくちゃ可愛い顔してる。もしかしてオメガ?ラッキーだな!」

「おいせっかく俺が油断させて連れて行こうとしてんのに。努力を無駄にすんなよ」

「お前まだるっこしいんだよ。ほら乗って」

大柄な男に片手で抱き上げられ車の中に放り込まれる。


どうしよう!
賢士!!

そう叫びかけてふと我にかえる。

賢士にしたらここでやられちゃっても変わらないよな。
もう俺を好きじゃないんだもん。

兄とは何もなかったと話せば賢士はまた愛してくれると思う。
良かったと安堵して無垢な俺と番になってくれるだろう。

でもそれじゃ嫌だ。
馬鹿な意地かもしれないけど



例え無垢じゃない俺でも
どんなお前でも好きだと言ってほしかった。





そんな事を考えていたら身体から力が抜けた。
もう賢士には会えない。
抵抗して暴力を振るわれるなら大人しくしていた方がマシかもしれない。


静かになった俺に気を緩めたのか大柄な男が掴んでいた腕を解いた。
そしていやらしい顔をして俺を眺める。

「本当に綺麗な顔だな。肌も真っ白でツヤツヤだ。どうせなら発情期にヤリたかったな」

下卑た顔とはこの事だろう。
酷く醜い男は体格もゴリラのようで勝てる気がしない。

「クラブに行けば強制的に発情させる薬があるぞ」

「そりゃ、いいな!買ってから行こう」

なんだって?
それを聞いて思考がクリアになった。

発情したら子供が出来るかもしれない。
それにうっかり首を噛まれたら人生が終わる。

こんな事で人生全てを投げ出したくない!

隣のゴリラが運転席の男との会話に気を取られている隙にドアのロックをゆっくり外す。

車は既に走り出しているが横は土手になっているので飛び出しても死ぬことはないだろう。


ガードレールの無い道が来るのを待ち、身体全部でドアを開けて俺は暗闇の中に飛び出した。

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