可愛いだけが取り柄の俺がヤクザの若頭と番になる話

初めてのキス

「そんなわけで夏姫は俺の番になりました。諦めて頂けると助かります」

俺を連れて浩二の家を訪れた賢士は彼の顔を見るなり無表情にそう言い放った。

「そんなわけってどんなわけだー！！！」

ごもっともだ。
俺が浩二の立場ならもっと荒ぶってる。

「ちゃんと話せよ！端折らずに！なんでそんなことになったんだよ！」

「何故って・・」
そう言いながら賢士はおもむろにぎゅっと俺を抱きしめた。

「夏姫は俺の運命の番なんです」

おいおい初耳だし棒読みだぞ。
でも事を荒立てたくないので黙ってされるがままに分厚い胸板にしがみついてみる。
αのいい匂いがする♡

意外と抱かれ心地が良くてここぞとばかりに頬ずりをしてると浩二に背中を向けた賢士が苦々しい顔で俺を見下ろした。


いいじゃんこのくらい。



「俺は信じないぞ。賢士が運命の番だと？そんなはずない！な？！夏姫？」

「運命の番です」

あっさり言い切った俺を信じられないものを見る目で見ている浩二。

「そんな・・。お前らを会わせるんじゃなかった。俺の夏姫が・・！まだキスだってしてないのに！！！」

・・まだ？そんな予定は一生ありませんでしたけど。

「お前らはもうキスとか・・そりゃそうか。運命の番が一緒に暮らしてるんだもんな。そりゃもうあんな事とかこんな・・」

「下世話な想像やめてもらえます？！」

俺がそう言った直後

目の前がサッと暗くなり柔らかいものが唇にぶつかった。

？？？？？？

状況が飲み込めずされるがままになっていると浩二のものであろう悲痛な絶叫が部屋中にこだまする。


「これで信じてもらえましたか？」

パッと視界が開けてしれっとした賢士の横顔が目に入った。

あれ？今こいつもしかして






俺にキスした？






10秒ほど考えたのちカッ顔が熱くなる。

嘘だろ？！こう見えて初めてのキスなんですけど！！
こいつもしかして本当に俺のことが好きなの？
だって好きじゃなきゃこんなこと出来ないよな？


「そんなわけでご報告でした。それでは失礼します」

呆然とする俺の腕を掴んで賢士が部屋を出てドアを閉める。

そしてそのまま何事もなかったかのようにスタスタと車に向かって歩き出した。

「まっ！待てよ！」

急いで後を追いかけてスーツの端を掴んで振り向かせた。

「なんです？」

「きっキス！！勝手に！！」


「ああ、すみません。それを仕事にしてるんでしてたよね。後でキスの代金お支払いします」

「えっ」


何言ってんの？
俺は身体売ったことなんか一回もないよ


「帰りますよ。早く乗って」

「あ・・ああ」

少し浮かれた気持ちが地獄の底まで叩き落とされた。

大人しく助手席に乗って賢士の横顔を見る。
あんなこと言われて腹が立つはずなのに何故かものすごく悲しくて膝に置いた手をきゅっと握った。


理由はわからない。
怒鳴って違うと言えばいいのに喉に何かが詰まったように言葉が出てこない。

それより何か話すと涙がこぼれそうで車の窓から流れていく景色を黙って見ていた。