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突然のプロポーズ

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春が過ぎ夏が始まる頃俺の書く小説はいよいよ佳境を迎えていた。
国王と隣国の皇太子の間で揺れる青年。
彼はどちらの手を取るのか。

「ユビイ様お茶をお持ちしました」
「ありがとうサイモン」

随分根を詰めて作業していたのでこの辺りで少し休憩しよう。
俺はペンを置いて思い切り伸びをする。

ここでの生活はとても穏やかだ。

俺はお茶と共に出された好物のカヌレに舌鼓を打つ。うちのシェフ最高。

「少し暑いですね。窓を開けましょう」
「ありがとう」

初夏の日差しが眩しい。庭では先日から来てくれている庭師がせっせと花を植えているのが見える。
暑いのに大変だな。
セインによると腕利きらしいからそこそこお年寄りかもしれない。熱中症が心配だ。

「サイモン彼に中に入って貰って一緒にお茶にしたらどうかな」

そう提案するが「滅相も御座いません」とすげなく断られた。

「ユビイ様の美しさは誰も彼も惑わしてしまいます。例え庭師とてそれは例外ではありません!ましてや一緒にお茶を飲むなど言語道断。危険なので人目に触れないで頂きたい」

そうらしいですよ。庭師さんごめんなさいね。

俺は帽子を被った頭しか見えない遠くの庭師に心の中で謝る。
サイモンのちょっとおかしいくらい過保護な所にも随分慣れて来たから困るな。

「ちゃんとこまめに休憩させてあげてね」
「勿論です。気を付けますのでご安心を」
「うん分かった」

俺は素直に返事をして目の前の紅茶を飲んだ。



もう妃殿下候補ではないけれど小説を書いている事はまだルーとセインしか知らない。
俺が城を出た時、丁度執筆者を探そうと皆躍起になる現象が勃発してかなり気を遣ったのだ。
そんな事もありずっと仮面作家でいようと思っている。
正体がバレて続きをせっつかれるのも嫌だし話の流れに口を出されるのも嫌だ。万人が納得する結末なんて無いんだから。

そんなわけでサイモンが近くにいる間は書けないんだが何かにつけて部屋にいるので困ってる。距離感もバグり気味だしなあ~。
本当に職務に忠実だ。
このままダラダラとお茶を飲んでいても仕方ないので気分転換でもするか。

「サイモンちょっと庭に散歩に出るよ。それなら良いだろ?庭師と花の話をしたいんだ」

今が咲頃の花があるならルーに頼んでミアに届けられるだろうか。
そして元気でいると伝えてもらえは彼女も安心するだろう。あの子は侍女の中でもとびきり口が硬いからアリーにバレる事は無いはず。

だがサイモンは首を横に振る。

「庭師には話しかけないで下さい」
「話だけでもダメなのか?」
「彼は昔戦争に巻き込まれて顔に酷い傷があるそうです。それに生まれつき口もきけないので人が近くに居ると緊張するとセイン様より聞いております」

「そうだったんだ・・」

気の毒だな。

「美女と野獣という言葉もありますし優しいユビイ様が絆されてどうにかなってしまったらと思うと私は気が気ではなく・・」

おい。そっちが本音だろ。
お年寄り相手に何言ってんだ。
見てろよサイモンが知らないうちに仲良くなってやるから。
・・けれど来てくれなくなっても困るので脅かさないようゆっくりと仲良くしていつかミアに花を届けよう。






仕事をするからとサイモンを部屋から追い出し今月分の小説を書き上げた。
そんな俺の元にルーがやってきたのはもう日も沈みかけた頃だった。

「いつもごめんな。はい今月分」
「確かに預かった」
「どうした?元気ない感じだけど体調でも悪いのか?」

何となく浮かない顔をしているのは気のせいだろうか。

「問題ない。それより話がある二人きりで」

そう言いながら後ろに控えるサイモンの方を見る。サイモンは気付かないのかそっぽを向いてる。・・・いや、あいつわざとだ。

「サイモン」
「・・はい」

塩をかけられたナメクジのようにしんなりしながら彼が出て行くのを見送ってルーが口を開いた。

「ユビイ。突然で驚くかと思うが俺と一緒になる気はないか」
「えっ?一緒にって?」
「結婚しよう」
「結婚?!」
「そうだ」

俺がルーと?何で?

「いつまでもここに隠れるように暮らすわけにもいかないだろ」
「まあ確かに。セインにも迷惑だし早く自分で家探さないとな」
「いやセインはそんな事気にしない。でもそもそもお前は自分で家なんか探せない」
「どういう意味?そんな馬鹿だと言いたい訳か?」

あ?喧嘩売ってんのか?町一番のヤンチャだった俺に?

「そうじゃない。今まで黙ってたけどお前は王室の尋人だ。国中に御触れが出てる」
「え?アリーの仕業か?」
「そうだ。お前の身分はまだ王弟殿下の許嫁だ」
「なんで・・」

あの美人と結婚したんじゃ無かったのか?

「だからお前が自由になるには他の相手ときちんと婚姻関係を結ぶしかない。俺なら子爵とはいえ貴族ではあるし証明書があればもう殿下も手は出せない」
「いやちょっと訳がわからない。なんでアリーは俺を探してんの?」
「俺もよく分からない。でもユビイの言ってた新しい妃殿下候補はまだ城にいて一人でよくブラブラしてる」
「ブラブラ・・」

何やってんだ。俺なんて毎日妃殿下教育で死にそうになってたのに。

「ユビイは殿下の元に戻るか俺と結婚するか選んでくれたら良い」
「なんで二択だよ。このまま一人で小説書いて生きていきたいよ。そもそもルーは別に俺の事好きな訳じゃないだろ」

俺がそう言うとルーは顔を赤くして黙り込んだ。
「何だよ」
「何でもない」
「どうしたんだよ。どうせ見た目だけなら好みとか思ってんだろ」
「そんな・・いや見た目も確かに好きだけど。それよりその・・」
「はっきり言え!」
「何でもないです」

何なんだ全く頼りない。
俺にとっての隣国の皇太子か?と思ったのに。
ん?待てよ。ルーが小説の中の隣国の皇太子としてもしプロポーズがもっと本気のものだったら俺は揺れたか?
いや微塵も揺れない自信がある。
アリー以外の誰から言い寄られても結婚なんて嫌だ。それくらいなら一人でいる。

でもアリーが迎えに来たら?
事情があっての婚約破棄だったとしたら?



ああ・・俺はまだアリーの事が凄く好きなんだな。
だから許せないんだ。
妃殿下教育が無駄になるとかこの先どうしようとかそんな事よりもあいつに俺より大事な相手が出来たことが許せなかった。

だって大好きだったから。


だからこそもうあいつの元には戻れない。








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