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新しい生活

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セインが案内してくれた家は深い深い森の奥にあった。
家と言うより立派な屋敷で出世払いでいいと言って料理人と執事の手配までしてくれたセインには頭が上がらない。

「寂しいとこだけど兎や鹿も遊びに来るしのんびり出来ると思うよ」

手を振り去って行った友の背中を見送りひっそりと自室に戻る。今日から王室の書類仕事もないし自分磨きをする必要もない。思う存分小説を書いてせめてセインに報いよう。

俺は手元のカバンを引き寄せ中からインクと羽ペン、それに紙を取り出した。

城を去る時アリーから貰ったものは全て置いて来た。立派な洋服も宝石ももう俺には必要ない。
手元には嫁ぐ時に持って来た服と紙とペン。それに城で働いて稼いだ僅かなお金だけだ。

今頃城では騒ぎになってるだろうな。ミアが責められてないといいけど。

結局セインの家に世話になると決めたあの日のうちに俺は勝手に城を出た。実家にも帰れない俺はもう平民だ。いつまでも王室の庇護下にいていいわけじゃない。ましてやアリーにはもう思う人がいるのだ。俺なんかがうっかり視界に入ったら嫌な気持ちになるに違いない。
そう思うと俺がいなくなったって誰も困らない。むしろ万々歳では?俺の為に住まいを整える必要も無くなるんだから。





「ユビイ様」

ノックの後執事のサイモンが部屋に来た。
まだ30になるかならないかの若さだが既にいくつもの貴族の家で執事の経験があるらしい。立ち居振る舞い爽やかな外見も申し分なく何故ここに来てくれたのかまったくもって謎の人物である。

「サイモン、様はいらないよ。ユビイと呼んでほしいって言っただろ」
「そのようなわけには参りません。ユビイ様はわたくしのたった一人のご主人様。誠心誠意お仕えする所存です」
「ああ、うん。ありがとう」

なんだこの温度差。

「じゃあまあいいけども」
「ありがたき幸せ!」

そこはもう口出しはしないでおこう。

「ところで何か用事があったんじゃ」
「そうでした。シェフが今夜の夕食のリクエストを頂きたいと」
「ああじゃあ温野菜が嬉しいかな。人参は甘めで」
「承知いたしました」

美しいお辞儀の後サイモンは滑るように部屋を出て行く。ほんとこんな田舎で俺なんかに仕えるの勿体無いと思うんだけどなあ。
いや今はそれより小説の続きを書こう。
俺は椅子に座りペンを持つ。

前回は飛び出した青年を迎えに来た国王がしばらく田舎町で暮らすと決めた所で終わった。この後どうやって青年を振り向かせようか。
いや、なんかこれ本当に俺たちの事みたいだな。まあアリーは俺を迎えに来たりしないけど。なんかムカつくからいっそ青年は他の男と恋に落ちる事にするか?
俺はカリカリとペンを走らせて新キャラに隣国の皇太子を出して青年と出会わせた。





「ユビイ!!!」
「うるさいな」

セインの登場はいつも賑やかだ。ここに越してからなかなか城から出られないセインの代わりにルーが時間を見つけて書き上げた小説を取りに来てくれていたので久しぶりのこの声は頭に響く。

「いやこれが黙っていられるか?!ここへ来て王子様の出現だぞ!城内でもこの話で持ちきりだし皆仕事が手につかなくて困ってるよ!早く続きを~!」

そんな城大丈夫か?

「頑張って書いてるよ。もうちょっと待って」
「これが完結したら一冊の本にして街に売り出そう」
「うん。その辺りは分からないから任せるよ」
「なあなあ最後はどっちを選ぶんだよ」
「内緒」
「ユビイ~!!」

以前は国王とより強い絆で結ばれて終わりと考えていたけど最近は新しい恋もいいかなと思っている。恐らく俺のその感情が文字の端々に滲み出ているんだろう。意外と皇太子派の人も多いらしい。

「俺は本は読まんが確かに城内でこの本のことはよく聞く。すごい才能だな。ユビイ」

ルーに褒められて満更でもない俺はくふっと笑った。目が合ったルーの顔が赤いけど暑いのかな?少し窓を開けるか。

俺は立ち上がりテラスに続くドアを開けた。
気持ちのいい風が春らしい花の香りを纏わせて部屋に流れ込んで来る。

そう言えばここに来てもう半年になるな。
城のみんなはどうしてるんだろう。
アリーは誕生日にリズのお披露目をしただろうしそろそろ式も挙げてる頃じゃないだろうか。

ルーはよく足を運んでくれるがアリー関係の話は一切しない。
噂もここまでは流れて来ないので何も分からい。
いや分からない方がいいんだ。
今でもたまに思い出して涙が出る事がある。
当然だ。
アリーは俺にとって人生の全てだったんだから。
まだまだこの傷は癒えるのに時間がかかる。



「ユビイ大丈夫か?どうした?」
「あ、うん何でも無いよ。お茶でも飲もうか」

俺は何でも無い振りをしてにっこりと笑った。



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