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★ルート分岐(ノエルエンド編)★

必要な時間 ③

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「ノエル?」

 僕は黙って覆い被さっているノエルを見上げた。

「今夜はアリス様の隣で眠ってもいいですか」

 え?

 ええ????
 それってつまりそう言う事??
 じわじわと顔に熱が散る。そりゃまあノエルからしたら我慢にも限界があるよな。

 でも……


 今の自分の気持ちをうまく言葉に出来ないまま、もどかしく唇を噛む僕を見て、ノエルはすっと体を引いた。

「申し訳ありません。酔いすぎました。戻ります」

 酔いすぎた?そんなわけない。
 だって僕に体重をかけないようにちゃんと体を支えてくれていたじゃないか。
 ノエルの事を思っているはずなのにこんな悲しい顔をさせるのは本意じゃない。

「待って!」

 ノエルの腕をギュッと掴む。

「あの、いきなりは難しくて……えっと順を追ってもいい?」
「順、ですか?」

 きょとんとしたノエルの顔。けれど先程よりずっとちゃんと僕を見てくれている。

「うん、まず二人きりの時は敬語禁止」
「えっ?!それは」
「それから二人きりの時は僕の事をアリスって呼んで」
「いえ!無理です!!そんな事出来るわけがない!アリス様とお呼びするだけでも恐れ多いのに!」
「あーじゃあ無理だね。これ以上進むのは」
「アリス様……」

 なんとも情けない顔で僕を見るノエル。
 頭に垂れた耳が見えそうだ。

「様はいらない。アリスって呼んで」
「ア‥…アリス」
「なに?ノエル」

 とびきりの笑顔でノエルに微笑みかける。
 途端にノエルの顔が見た事ないくらい真っ赤になった。

「アリス、一緒に寝よう。言ってみて?」
「!!!!」

 ノエルは立ち上がり突然ドアまで走った。そして僕の方を少し振り向いてボソボソと何か呟く。

「なに?」
「きょ、今日はここまでです!」

 そう言うなりドアを勢いよく閉めて出て行ってしまった。廊下に響く靴音があまりに早くて笑ってしまう。

「ごめんねノエル」

 一緒になりたくない訳じゃない。ノエルは三年も待ってくれた。
 でもまだもう一歩。
 僕には勇気が足りない。

「だから距離を詰める作戦は良いと思ったんだけどな」

 当のノエルがあれでは時間がかかりそうだけど。
 きっとお互いに時間が必要なんだろう。今までと同じではない、もう少しだけ踏み込んだ時間が。
 でもそれが何とも僕達らしい気がして心がほっこりと暖かくなった。










 翌日。
 朝食の後、アーロンと一緒に本日の予定について確認しに来たノエルは昨日の事など無かったかのように綺麗に澄ました顔をしていた。

 ちょっと憎たらしい。


「陛下、午後の会食はどうされますか?」
「そうだね、アイク公爵と二人は嫌だからアーロンとノエル、二人も同席してくれる?」
『『承知しました』』

 あの狸公爵は人目のつかない所で何かにつけて僕と親しくなろうとする。けれど帝国随一の資産家だし元は隣国の王族であった事から無碍にする事も出来ない。
 僕と結婚して帝国を我が物にせんとする思惑が見え隠れ……いや、見え見えだ。

「では、お支度が整いましたらお呼び下さい」
「わかったよアーロン」

 二人が部屋を出てからメイドに頼んで服を用意して貰った。隙を見せないよう、首まできっちり襟の詰まったドレススーツに少し伸びた髪はきっちりの結い上げる。

「陛下とても素敵です!」
「本当にお子様がいらっしゃるなんて信じられないくらいのシルエットですし、羨ましいですわ」

 メイド達の賞賛の声が照れ臭い。

「ありがとう。じゃあ行って来ます」
「行ってらっしゃいませー」

 手間取って遅くなってしまった。
 華やかな見送りを受けながら僕は会食堂に急いだ。




「陛下!いや本日も素晴らしくお美しい!」

 薄っぺらい賛辞が空回る大広間。
 僕は黙って微笑み軽く頷いた。
 アーロンとノエルはニコリともせず護衛のように立ち尽くしている。

 この気まずい場面で良くあんな愛想が振り撒けるものだ。

「本日は旧サウザナ王国の特産品の葡萄をお持ちしましたよ。とても甘いので是非お召し上がり下さい」

 そう言って僕の手を取り甲に口付ける。

「アイク公爵、お心遣い感謝します」

 背筋をぞわぞわさせながらそう答えた僕の目の前に剣の柄に手をかけるノエルが見えた。


 やめて、本当に。


「それでは食事に致しましょう」

 いつまでも離してくれない手を軽く振り払って、各々の席に着くよう促す。早く終わらせよう。僕の頭の中はその事で一杯だった。

「本日の純白の御衣装はまた素晴らしいですなあ。私も本日は白い上着なので並んで座っていると婚儀のようではありませんか?」


 意気揚々とそんな事を言う狸に、向かいでアーロンが盛大に咽せている。

「面白い冗談ですね。そもそも私と公爵では年が離れ過ぎていて親子だと思われますよ」

 僕が楽しそうにそう言うと公爵はグッと黙り込んでしまった。

 知ってるんだぞ。そろそろ五十になるって。正妻の他に愛人が五人だったか?子供だって沢山いるんでしょ。何で今更、僕とどうこうなろうとか変な事考えるの。アルファでも無いのに。


「アリス様、そろそろ次の御予定が」

 そのタイミングで突然ノエルが口を挟んだ。
 僕のスケジュールを管理しているのはアーロンのはずだけど。

「お前!騎士の分際で陛下を名前呼びするなど失礼極まりないな!アリス様、あいつの処分を私にお任せ下さい!」

 ……お前こそ、どさくさに紛れて何名前呼びしてるんだ?


「アイク公爵、本日はここまでにしましょう」
「でも!」
「本日で最後になさるおつもりですか?」
「いえ!そんな……次にお会い出来るのを楽しみにしております……」


 背中を丸めてトボトボと部屋を後にする彼を見ながらアーロンが小言を言い出した。

「ほらね?だから早くご結婚をと申し上げているのに」

 その視線の先には気まずそうなノエルがいる。

「分かってるよ。ちゃんと考える」

 僕はノエルにも聞こえる様にそう答えた。






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