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★本編★
安らかに
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目覚めた時、全て夢だと思った。
夢で良かった。
リカルドがいなくなるなんて耐えられないから。
周りを見渡すとノエルがいた。
彼は何も言わない。
ただ、悲痛な顔で僕を見ている。
ああ……夢じゃ無いのか
涙が勝手に溢れた。
後から後から自分の意思に関係なく流れるそれは、頬を伝い髪やベッドも濡らす。
「ノエル」
「はい」
「僕を抱きしめて」
ノエルは黙って僕をベッドから抱き起こし、その広い胸にすっぽりと包み込んだ。
静かではあるがその腕は震えていて、僕の額にも熱い雫が降る。
堰を切ったように僕の口から漏れ出る嗚咽。抑えようも無い感情が爆発して僕は大声で泣き叫びながらノエルにしがみついた。
夜になりルドルフが部屋に来た。あの後、ずっと泣いては眠り、眠っては泣きを繰り返して気付いたら随分な時間になっていた。
「ルドルフ様、お願いがあります」
「なんだ?」
「リカルドを生き返らせて下さい」
「……アリス。魔力で死んだ者は魔力では生き返らない。だからお前を死なせる時もノエルが剣で刺したんだ」
ああ、そう言えば損傷を最大限に少なく出来るのはソードマスターのノエルしかいないって言ってたな。
分かってたよ
分かってたけど……。
止まったはずの涙がまた溢れて来る。
そんな僕の髪をルドルフがゆっくりと撫でた。
「ドナテラを捕らえた。明日処刑する」
「会わせて下さい」
「駄目だ」
「お願いします!今すぐ!」
聞きたい。どうしてあんな事をしたのか。ルドルフが憎かったのか、言う事を聞かない僕を罰したかったのか。
「……分かった」
ルドルフはそう言うとメイドを呼び、僕の身なりを整えさせる。そして歩く事もおぼつかない僕を抱き上げ、地下にある結界を張った牢まで連れて行ってくれた。
「ドナテラ起きろ」
背中を向けて寝ていたドナテラはルドルフの声にぴくりと体を揺らした。けれどこちらを振り向こうとはしなかった。
ルドルフは抱いていた僕を下ろし、檻の前に立たせる。
「ドナテラ」
僕の声で彼はやっとこちらを向いた。
「怒っている顔も美しいな」
囚われの身のくせに不遜な態度を取るドナテラ。けれど彼の言うように怒りは感じない。僕は静かに彼に問うた。
「どうしてリカルドを狙ったの」
「お前を苦しめたかったんだ」
「それだけじゃないよな」
「……それよりどうだった?あいつの最後は。お前が生きてるって事はあいつを殺したんだろ?」
僕は拳をぎゅっと握る。
「そんな事しない」
「じゃあ、あのいけすかない騎士がやったのか?残念だな。お前に信じてた兄に殺される気持ちを味わわせてやりたかったのに」
「そんなんじゃ無い!」
僕はたまらず叫んだ。
「兄さんは……兄さんは僕を守る為に自分の事を……!お前とは違う!!」
「は?何が守る為にだ。そんなわけあるか!」
それを聞いたルドルフがドナテラを一喝した。
「ドナテラ。お前の望み通りそれはそっくりお前に味わわせてやる。まあお前は俺の事なんて信じちゃいないだろうがな」
「……兄さんは変わった」
「は?」
ドナテラの目にうっすらと涙の膜が張る。
「あんなに幸せに暮らしてたのにどうしていきなり父上や母上を殺したんだ!気が狂ったとしか思えない!アリスのせいだろ?魔力で惑わされたのか?俺は復讐しただけだ!アリスが死ねばいいんだよ!!」
「……話にならないな」
ルドルフはそっと僕の肩を抱き、戻るよう促した。
「待って」
僕はそれを静止し、ドナテラを見遣る。
「可哀想だね」
「は?!」
「ルドルフ様が好きだったんだね」
「うるさい!」
最初の余裕はどこへやら血走った目で叫び睨みつける。けれどその視線は不安に揺れていた。
「ルドルフ様が両親に虐げられていた事に気付いてなかった?」
「は?そんなわけないだろ。優しい人達だった。兄さんだってぼくが出来ない貴族の管理や領地の税金政策を全部やってくれて僕はなんの心配もなく生きてこられたんだ。みんな仲良くしてた!それがお前が来た途端、おかしくなった!全部お前のせいだ!」
「救いようがない」
「なんだと?!」
「本当に好きなら気付かないわけない。両親の裏の顔もルドルフ様の気持ちも。お前は何か引っ掛かる事があっても自分に都合よく解釈して安穏と暮らして来たんだろ?
お前のいた場所は堅固な城ではなく池に張った薄氷の上だったのに」
「うるさい!!」
「良かったね。明日になれば望み通り兄に殺されるよ」
「兄さんがそんな事出来る訳ない!」
「そうかな?楽しみだね」
「おいまて!ねえ、兄さん!こっそり逃がしてくれるんだよね?!小さい頃あんなに可愛がってくれたじゃないか!」
「……残念だ」
「兄さん!!!」
その叫び声を聞きながら今度こそ僕達は牢を後にした。
「すまなかった」
ルドルフが僕に頭を下げる。そんな事されたのは生まれて初めてだ。
「陛下は悪く無いです」
「アリス」
「誰も悪く無い」
誰もが自分の正義を信じて刃を振う。
自分が生きるために、死んだ人のために。
それが他の誰かにとって悪だとしても。
「そんな世界を救うためにルルテラは生まれてくるのか?それなら俺の嫌いな神様とやらもこの世には必要なんだろうな」
ポツリと呟くルドルフ。
けれど聖女がこの世に生まれても全ての人が救われる事はないだろう。
誰かの喜びの裏には誰かの涙があるのだから。
それでも……
「明日、教会に行ってもいいですか」
「まだ体調が万全ではないだろう」
「……何も知らずリカルドの帰りを待ってるナツに話をしたいんです。ちゃんと僕の口から」
「そうか、分かった。ノエルと行くがいい。今日はもう休め」
「はい」
僕は部屋に戻りベッドに横になった。
そして静かに目を閉じて手を合わせる。
リカルドの為に、ドナテラの為に……
ドナテラが牢で自害したと知らせが来たのはその翌朝の事だった。
夢で良かった。
リカルドがいなくなるなんて耐えられないから。
周りを見渡すとノエルがいた。
彼は何も言わない。
ただ、悲痛な顔で僕を見ている。
ああ……夢じゃ無いのか
涙が勝手に溢れた。
後から後から自分の意思に関係なく流れるそれは、頬を伝い髪やベッドも濡らす。
「ノエル」
「はい」
「僕を抱きしめて」
ノエルは黙って僕をベッドから抱き起こし、その広い胸にすっぽりと包み込んだ。
静かではあるがその腕は震えていて、僕の額にも熱い雫が降る。
堰を切ったように僕の口から漏れ出る嗚咽。抑えようも無い感情が爆発して僕は大声で泣き叫びながらノエルにしがみついた。
夜になりルドルフが部屋に来た。あの後、ずっと泣いては眠り、眠っては泣きを繰り返して気付いたら随分な時間になっていた。
「ルドルフ様、お願いがあります」
「なんだ?」
「リカルドを生き返らせて下さい」
「……アリス。魔力で死んだ者は魔力では生き返らない。だからお前を死なせる時もノエルが剣で刺したんだ」
ああ、そう言えば損傷を最大限に少なく出来るのはソードマスターのノエルしかいないって言ってたな。
分かってたよ
分かってたけど……。
止まったはずの涙がまた溢れて来る。
そんな僕の髪をルドルフがゆっくりと撫でた。
「ドナテラを捕らえた。明日処刑する」
「会わせて下さい」
「駄目だ」
「お願いします!今すぐ!」
聞きたい。どうしてあんな事をしたのか。ルドルフが憎かったのか、言う事を聞かない僕を罰したかったのか。
「……分かった」
ルドルフはそう言うとメイドを呼び、僕の身なりを整えさせる。そして歩く事もおぼつかない僕を抱き上げ、地下にある結界を張った牢まで連れて行ってくれた。
「ドナテラ起きろ」
背中を向けて寝ていたドナテラはルドルフの声にぴくりと体を揺らした。けれどこちらを振り向こうとはしなかった。
ルドルフは抱いていた僕を下ろし、檻の前に立たせる。
「ドナテラ」
僕の声で彼はやっとこちらを向いた。
「怒っている顔も美しいな」
囚われの身のくせに不遜な態度を取るドナテラ。けれど彼の言うように怒りは感じない。僕は静かに彼に問うた。
「どうしてリカルドを狙ったの」
「お前を苦しめたかったんだ」
「それだけじゃないよな」
「……それよりどうだった?あいつの最後は。お前が生きてるって事はあいつを殺したんだろ?」
僕は拳をぎゅっと握る。
「そんな事しない」
「じゃあ、あのいけすかない騎士がやったのか?残念だな。お前に信じてた兄に殺される気持ちを味わわせてやりたかったのに」
「そんなんじゃ無い!」
僕はたまらず叫んだ。
「兄さんは……兄さんは僕を守る為に自分の事を……!お前とは違う!!」
「は?何が守る為にだ。そんなわけあるか!」
それを聞いたルドルフがドナテラを一喝した。
「ドナテラ。お前の望み通りそれはそっくりお前に味わわせてやる。まあお前は俺の事なんて信じちゃいないだろうがな」
「……兄さんは変わった」
「は?」
ドナテラの目にうっすらと涙の膜が張る。
「あんなに幸せに暮らしてたのにどうしていきなり父上や母上を殺したんだ!気が狂ったとしか思えない!アリスのせいだろ?魔力で惑わされたのか?俺は復讐しただけだ!アリスが死ねばいいんだよ!!」
「……話にならないな」
ルドルフはそっと僕の肩を抱き、戻るよう促した。
「待って」
僕はそれを静止し、ドナテラを見遣る。
「可哀想だね」
「は?!」
「ルドルフ様が好きだったんだね」
「うるさい!」
最初の余裕はどこへやら血走った目で叫び睨みつける。けれどその視線は不安に揺れていた。
「ルドルフ様が両親に虐げられていた事に気付いてなかった?」
「は?そんなわけないだろ。優しい人達だった。兄さんだってぼくが出来ない貴族の管理や領地の税金政策を全部やってくれて僕はなんの心配もなく生きてこられたんだ。みんな仲良くしてた!それがお前が来た途端、おかしくなった!全部お前のせいだ!」
「救いようがない」
「なんだと?!」
「本当に好きなら気付かないわけない。両親の裏の顔もルドルフ様の気持ちも。お前は何か引っ掛かる事があっても自分に都合よく解釈して安穏と暮らして来たんだろ?
お前のいた場所は堅固な城ではなく池に張った薄氷の上だったのに」
「うるさい!!」
「良かったね。明日になれば望み通り兄に殺されるよ」
「兄さんがそんな事出来る訳ない!」
「そうかな?楽しみだね」
「おいまて!ねえ、兄さん!こっそり逃がしてくれるんだよね?!小さい頃あんなに可愛がってくれたじゃないか!」
「……残念だ」
「兄さん!!!」
その叫び声を聞きながら今度こそ僕達は牢を後にした。
「すまなかった」
ルドルフが僕に頭を下げる。そんな事されたのは生まれて初めてだ。
「陛下は悪く無いです」
「アリス」
「誰も悪く無い」
誰もが自分の正義を信じて刃を振う。
自分が生きるために、死んだ人のために。
それが他の誰かにとって悪だとしても。
「そんな世界を救うためにルルテラは生まれてくるのか?それなら俺の嫌いな神様とやらもこの世には必要なんだろうな」
ポツリと呟くルドルフ。
けれど聖女がこの世に生まれても全ての人が救われる事はないだろう。
誰かの喜びの裏には誰かの涙があるのだから。
それでも……
「明日、教会に行ってもいいですか」
「まだ体調が万全ではないだろう」
「……何も知らずリカルドの帰りを待ってるナツに話をしたいんです。ちゃんと僕の口から」
「そうか、分かった。ノエルと行くがいい。今日はもう休め」
「はい」
僕は部屋に戻りベッドに横になった。
そして静かに目を閉じて手を合わせる。
リカルドの為に、ドナテラの為に……
ドナテラが牢で自害したと知らせが来たのはその翌朝の事だった。
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