【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy

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★本編★

初恋

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 季節は緩やかに夏を迎える。
 まだまだ先だと思っていた祭りの日が近づき、僕は落ち着かない気分で日々を過ごしていた。

「アリス今年も祭りに行くだろ?」

 なんの気ないリカルドの言葉にも過剰に反応してしまうほどに。

「う……うん!今年はノエルと二人で行く約束をしたんだ!」

 意味の分からない罪悪感と気恥ずかしさで慌ててそう答えるとリカルドは何とも言えない憐れみさえ感じさせる顔で僕を見る。

「なに?」
「なんでもねーよ。楽しんでこいな」

 苦笑し、僕の頭をぐりぐりと撫で回す。そして黙ってどこかに行ってしまった。

「大丈夫だよ。リカルド」

 僕は一人で呟く。
 ノエルに特別な感情なんてない。
 あったとしても彼に気取らせるような事はしない。
 それがお互いにとっての最適解だから。








 祭りの当日は夏らしい陽気に恵まれ強い日差しが全てを赤裸々にするかの如く地上に降り注いでいた。あまりの暑さにノエルからは少し日が翳ってから家を出ようと提案され更に落ち着かない気持ちでひたすら斜陽を待つ。

「そろそろ行きましょうか」
「うん」

 生暖かい風が吹き始めた街の中心部に続く道を言葉少なに並んで歩く。
 街道には所狭しと店が並んでいるが、すっかり有名になった僕達に皆がこぞって美味しそうな物を持たせてくれるのですぐにお腹いっぱいになってしまった。


「アリス様、花火がよく見える場所に行きましょう」

 ノエルはあらかじめ下調べをしたと言う山の高台に僕を案内してくれると言う。
 少しぬかるんだ坂道で自然に手を差し出され、戸惑いがバレないように僕はわざとその手を強く握った。

 こうして手を繋ぐなんて舞踏会でノエルとダンスを踊った時以来だ。
 そんな事を考えながらその時とは違う体温の高さを夏のせいにする。

「アリス様、背丈だけではなく手も大きくなりましたね」
「うん。でもノエルみたいには一生なれないよ」

 僕より二回りも大きい広い背中と鍛えられた腕に引き締まった腰と長い脚。
 人目を引く綺麗な体だ。羨ましい。

「人それぞれだからいいんじゃないですか?私は今のアリス様が好きです」
「……ありがとう」

 坂道は終わりもう手を引いてもらう必要はない。お互い汗ばんでノエルでなければ気持ち悪いと思う程に濡れているが、ここで離したらもう一生この手に触れる事は出来ないとお互い分かっていた。



 だからこの手は離せない



「アリス様気付いてましたか?」
「なに?」

 頂上に着くと花火の音が聞こえ始める。
 振り向いたノエルは嬉しそうに僕を見た。

「手に触れても弾かれませんでした」
「え?あ?」

 本当だ。ネックレスは半透明のまま僕の胸にあるのに。あの時八雲はなんて言ったっけ。

『自分が望まない相手に触れられた時』?

 ……僕の顔はきっと蒼ざめている。

「これは違……」
「分かってます。これだけで十分幸せなので」

 そう言って笑うノエルの後ろからドン!と大きな音がして花火が幾つも狂い咲く。あまりの荘厳さに溢れるのは涙だけではない。
 過去はこんなにも変わってしまった。

「アリス様。もしもいつか違う人生を選びたいと思ったら」
 
 ノエルの目から鋭いガラスのカケラみたいな涙が落ちて僕の胸に突き刺さる。

「その時は側にいる事を許して下さい」


「……うん」

 きっとルドルフは僕達を見ている。
 分かっていたけど今だけは許して欲しいと思った。


「花火終わりましたね」
「そうだね」


 そう言いながらも離れ難い気持ちで僕達はずっと手を繋いだまま何もない空を見上げていた。












 結婚式までの残された日を僕は今まで通りに過ごした。まるであの花火の夜が夢だったみたいに。

「アリス!」
「はいっ?!」

 驚いて飛び上がるとリカルドが呆れたような顔で僕を見ていた。そうだ晩御飯の支度中だった。慌ててジャガイモの皮剥きを再開する。

「なにぼーっとしてるんだ?俺の言う事聞いてた?」
「ごめん。なに?」
「誕生日はここで過ごせるのか?って」
「え?あ……」

 リカルドの言葉にハッとする。
来週には僕は十七になる。ここを出ていく日が近づいているのだ。

「ごめんね。誕生日には戻る約束だから」
「なんだよー!最後くらいここで祝ってやりたかったのにー」
「本当に寂しくなります」
「ありがとうナツさん、兄さん」
「ノエルはいいよな。一緒に行けて。アリスの事頼んだぞ」

 食堂の窓枠を補修していたノエルが振り返りもせず「はい」と返事をした。彼は僕の護衛騎士として一緒に王宮に行く予定なのだ。




 前生と同じように。





「アリス」
「あ、八雲先生」

 食堂から部屋に戻る廊下で八雲に呼び止められた。いつもの黒いローブではない珍しくシャツとパンツのカジュアルなスタイルだ。

「後で少し時間もらえるかな。話したい事があるんだ」
「分かりました。僕もちゃんと先生とお別れしたいし」
「お別れなんて言わないで欲しいよ。いつでも会えるんだから」

 綺麗な顔をふにゃっと歪めてそう言う八雲にそれもそうですねと笑う。

 確かに今生の別れでもあるまいし寂しがる必要はない。会いたいと思えばいつでも会えるんだ。

 ……その時の僕は愚かにもそんな風に思っていた。





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