37 / 62
★本編★
初恋
しおりを挟む
季節は緩やかに夏を迎える。
まだまだ先だと思っていた祭りの日が近づき、僕は落ち着かない気分で日々を過ごしていた。
「アリス今年も祭りに行くだろ?」
なんの気ないリカルドの言葉にも過剰に反応してしまうほどに。
「う……うん!今年はノエルと二人で行く約束をしたんだ!」
意味の分からない罪悪感と気恥ずかしさで慌ててそう答えるとリカルドは何とも言えない憐れみさえ感じさせる顔で僕を見る。
「なに?」
「なんでもねーよ。楽しんでこいな」
苦笑し、僕の頭をぐりぐりと撫で回す。そして黙ってどこかに行ってしまった。
「大丈夫だよ。リカルド」
僕は一人で呟く。
ノエルに特別な感情なんてない。
あったとしても彼に気取らせるような事はしない。
それがお互いにとっての最適解だから。
祭りの当日は夏らしい陽気に恵まれ強い日差しが全てを赤裸々にするかの如く地上に降り注いでいた。あまりの暑さにノエルからは少し日が翳ってから家を出ようと提案され更に落ち着かない気持ちでひたすら斜陽を待つ。
「そろそろ行きましょうか」
「うん」
生暖かい風が吹き始めた街の中心部に続く道を言葉少なに並んで歩く。
街道には所狭しと店が並んでいるが、すっかり有名になった僕達に皆がこぞって美味しそうな物を持たせてくれるのですぐにお腹いっぱいになってしまった。
「アリス様、花火がよく見える場所に行きましょう」
ノエルはあらかじめ下調べをしたと言う山の高台に僕を案内してくれると言う。
少しぬかるんだ坂道で自然に手を差し出され、戸惑いがバレないように僕はわざとその手を強く握った。
こうして手を繋ぐなんて舞踏会でノエルとダンスを踊った時以来だ。
そんな事を考えながらその時とは違う体温の高さを夏のせいにする。
「アリス様、背丈だけではなく手も大きくなりましたね」
「うん。でもノエルみたいには一生なれないよ」
僕より二回りも大きい広い背中と鍛えられた腕に引き締まった腰と長い脚。
人目を引く綺麗な体だ。羨ましい。
「人それぞれだからいいんじゃないですか?私は今のアリス様が好きです」
「……ありがとう」
坂道は終わりもう手を引いてもらう必要はない。お互い汗ばんでノエルでなければ気持ち悪いと思う程に濡れているが、ここで離したらもう一生この手に触れる事は出来ないとお互い分かっていた。
だからこの手は離せない
「アリス様気付いてましたか?」
「なに?」
頂上に着くと花火の音が聞こえ始める。
振り向いたノエルは嬉しそうに僕を見た。
「手に触れても弾かれませんでした」
「え?あ?」
本当だ。ネックレスは半透明のまま僕の胸にあるのに。あの時八雲はなんて言ったっけ。
『自分が望まない相手に触れられた時』?
……僕の顔はきっと蒼ざめている。
「これは違……」
「分かってます。これだけで十分幸せなので」
そう言って笑うノエルの後ろからドン!と大きな音がして花火が幾つも狂い咲く。あまりの荘厳さに溢れるのは涙だけではない。
過去はこんなにも変わってしまった。
「アリス様。もしもいつか違う人生を選びたいと思ったら」
ノエルの目から鋭いガラスのカケラみたいな涙が落ちて僕の胸に突き刺さる。
「その時は側にいる事を許して下さい」
「……うん」
きっとルドルフは僕達を見ている。
分かっていたけど今だけは許して欲しいと思った。
「花火終わりましたね」
「そうだね」
そう言いながらも離れ難い気持ちで僕達はずっと手を繋いだまま何もない空を見上げていた。
結婚式までの残された日を僕は今まで通りに過ごした。まるであの花火の夜が夢だったみたいに。
「アリス!」
「はいっ?!」
驚いて飛び上がるとリカルドが呆れたような顔で僕を見ていた。そうだ晩御飯の支度中だった。慌ててジャガイモの皮剥きを再開する。
「なにぼーっとしてるんだ?俺の言う事聞いてた?」
「ごめん。なに?」
「誕生日はここで過ごせるのか?って」
「え?あ……」
リカルドの言葉にハッとする。
来週には僕は十七になる。ここを出ていく日が近づいているのだ。
「ごめんね。誕生日には戻る約束だから」
「なんだよー!最後くらいここで祝ってやりたかったのにー」
「本当に寂しくなります」
「ありがとうナツさん、兄さん」
「ノエルはいいよな。一緒に行けて。アリスの事頼んだぞ」
食堂の窓枠を補修していたノエルが振り返りもせず「はい」と返事をした。彼は僕の護衛騎士として一緒に王宮に行く予定なのだ。
前生と同じように。
「アリス」
「あ、八雲先生」
食堂から部屋に戻る廊下で八雲に呼び止められた。いつもの黒いローブではない珍しくシャツとパンツのカジュアルなスタイルだ。
「後で少し時間もらえるかな。話したい事があるんだ」
「分かりました。僕もちゃんと先生とお別れしたいし」
「お別れなんて言わないで欲しいよ。いつでも会えるんだから」
綺麗な顔をふにゃっと歪めてそう言う八雲にそれもそうですねと笑う。
確かに今生の別れでもあるまいし寂しがる必要はない。会いたいと思えばいつでも会えるんだ。
……その時の僕は愚かにもそんな風に思っていた。
まだまだ先だと思っていた祭りの日が近づき、僕は落ち着かない気分で日々を過ごしていた。
「アリス今年も祭りに行くだろ?」
なんの気ないリカルドの言葉にも過剰に反応してしまうほどに。
「う……うん!今年はノエルと二人で行く約束をしたんだ!」
意味の分からない罪悪感と気恥ずかしさで慌ててそう答えるとリカルドは何とも言えない憐れみさえ感じさせる顔で僕を見る。
「なに?」
「なんでもねーよ。楽しんでこいな」
苦笑し、僕の頭をぐりぐりと撫で回す。そして黙ってどこかに行ってしまった。
「大丈夫だよ。リカルド」
僕は一人で呟く。
ノエルに特別な感情なんてない。
あったとしても彼に気取らせるような事はしない。
それがお互いにとっての最適解だから。
祭りの当日は夏らしい陽気に恵まれ強い日差しが全てを赤裸々にするかの如く地上に降り注いでいた。あまりの暑さにノエルからは少し日が翳ってから家を出ようと提案され更に落ち着かない気持ちでひたすら斜陽を待つ。
「そろそろ行きましょうか」
「うん」
生暖かい風が吹き始めた街の中心部に続く道を言葉少なに並んで歩く。
街道には所狭しと店が並んでいるが、すっかり有名になった僕達に皆がこぞって美味しそうな物を持たせてくれるのですぐにお腹いっぱいになってしまった。
「アリス様、花火がよく見える場所に行きましょう」
ノエルはあらかじめ下調べをしたと言う山の高台に僕を案内してくれると言う。
少しぬかるんだ坂道で自然に手を差し出され、戸惑いがバレないように僕はわざとその手を強く握った。
こうして手を繋ぐなんて舞踏会でノエルとダンスを踊った時以来だ。
そんな事を考えながらその時とは違う体温の高さを夏のせいにする。
「アリス様、背丈だけではなく手も大きくなりましたね」
「うん。でもノエルみたいには一生なれないよ」
僕より二回りも大きい広い背中と鍛えられた腕に引き締まった腰と長い脚。
人目を引く綺麗な体だ。羨ましい。
「人それぞれだからいいんじゃないですか?私は今のアリス様が好きです」
「……ありがとう」
坂道は終わりもう手を引いてもらう必要はない。お互い汗ばんでノエルでなければ気持ち悪いと思う程に濡れているが、ここで離したらもう一生この手に触れる事は出来ないとお互い分かっていた。
だからこの手は離せない
「アリス様気付いてましたか?」
「なに?」
頂上に着くと花火の音が聞こえ始める。
振り向いたノエルは嬉しそうに僕を見た。
「手に触れても弾かれませんでした」
「え?あ?」
本当だ。ネックレスは半透明のまま僕の胸にあるのに。あの時八雲はなんて言ったっけ。
『自分が望まない相手に触れられた時』?
……僕の顔はきっと蒼ざめている。
「これは違……」
「分かってます。これだけで十分幸せなので」
そう言って笑うノエルの後ろからドン!と大きな音がして花火が幾つも狂い咲く。あまりの荘厳さに溢れるのは涙だけではない。
過去はこんなにも変わってしまった。
「アリス様。もしもいつか違う人生を選びたいと思ったら」
ノエルの目から鋭いガラスのカケラみたいな涙が落ちて僕の胸に突き刺さる。
「その時は側にいる事を許して下さい」
「……うん」
きっとルドルフは僕達を見ている。
分かっていたけど今だけは許して欲しいと思った。
「花火終わりましたね」
「そうだね」
そう言いながらも離れ難い気持ちで僕達はずっと手を繋いだまま何もない空を見上げていた。
結婚式までの残された日を僕は今まで通りに過ごした。まるであの花火の夜が夢だったみたいに。
「アリス!」
「はいっ?!」
驚いて飛び上がるとリカルドが呆れたような顔で僕を見ていた。そうだ晩御飯の支度中だった。慌ててジャガイモの皮剥きを再開する。
「なにぼーっとしてるんだ?俺の言う事聞いてた?」
「ごめん。なに?」
「誕生日はここで過ごせるのか?って」
「え?あ……」
リカルドの言葉にハッとする。
来週には僕は十七になる。ここを出ていく日が近づいているのだ。
「ごめんね。誕生日には戻る約束だから」
「なんだよー!最後くらいここで祝ってやりたかったのにー」
「本当に寂しくなります」
「ありがとうナツさん、兄さん」
「ノエルはいいよな。一緒に行けて。アリスの事頼んだぞ」
食堂の窓枠を補修していたノエルが振り返りもせず「はい」と返事をした。彼は僕の護衛騎士として一緒に王宮に行く予定なのだ。
前生と同じように。
「アリス」
「あ、八雲先生」
食堂から部屋に戻る廊下で八雲に呼び止められた。いつもの黒いローブではない珍しくシャツとパンツのカジュアルなスタイルだ。
「後で少し時間もらえるかな。話したい事があるんだ」
「分かりました。僕もちゃんと先生とお別れしたいし」
「お別れなんて言わないで欲しいよ。いつでも会えるんだから」
綺麗な顔をふにゃっと歪めてそう言う八雲にそれもそうですねと笑う。
確かに今生の別れでもあるまいし寂しがる必要はない。会いたいと思えばいつでも会えるんだ。
……その時の僕は愚かにもそんな風に思っていた。
68
お気に入りに追加
1,624
あなたにおすすめの小説
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!


初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる