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最終章 狼の子
第505話 厭らしい戦い方
しおりを挟む俺は気持ちを切り替えて、部屋の中央に陣取っているボスに向けて一歩足を踏み出す。
ナレアさん達は戦闘が始まっても入り口付近で待機する手筈になっているけど......まずは相手の注意を俺に引き付けないとな。
俺は一歩踏み出した勢いのまま速度を上げて一気にボスへと接敵する。
急速に接近した俺に対して、前足を振り下ろし迎撃して来たボスの攻撃を掻い潜り、相手の側面に回り込み手にした武器で斬りつけた。
しかし、相手は無理な体勢にも拘らず俺の攻撃を躱し、更に距離を取った。
俺はすぐに追撃を仕掛けることなく、相手の様子を窺うが......相手もこちらの事を観察している気がするな。
ボスの目は濁っていて、進化していてもアンデッドのままなのではないかと思える程生気が感じられない。
腐臭はしなかったけど......そこは本当に良かったと思う。
それにしても......この見られている感じ、非常にやりづらいな。
今まで戦ってきた魔物は本能のままに襲いかかってくるタイプばかりだったけど......じっくりと待ち構えるタイプは初めてだ。
しかも、前足を振り下ろしてきた直後、死角であるはずの側面から斬りつけたにも関わらず躱された......綺麗、というには変な動きではあったけど、強化魔法を掛けた状態でここまで綺麗に躱されるとは思わなかった。
散々話は聞いていたけど......これは相当厄介な相手だな。
俺は強化魔法を一段階強めに掛け直し、もう一度足を踏み出した。
View of ナレア
「なんか気持ち悪い動き方をしてたね。」
「うむ。ケイの側からは見えなかったじゃろうが、横っ飛びとは違ったのう。」
「関節の曲がり方がおかしいな。真横に足を動かしていたぞ?」
ケイが攻撃を躱した直後に死角から一撃を仕掛けたが、何とも言い難い動きで魔物は攻撃を躱した。
「奇妙な動き方を除いても、相手の動きは予想以上だな。」
レギ殿が武器を持つ手に力を込めながら言う。
先程は色々言ったが......正直ケイが死ぬようなことになるとは思っていない。
相手の強さを考えてもいきなり即死させられるというようなことは、ケイが余程油断していない限りないじゃろう。
恐らく怪我はするじゃろうが......ある程度は許容範囲じゃ。
それでも戦闘に絶対は無い。
じゃからこそ、こうして妾達もいつでも飛び出せるように警戒しておるのじゃが......。
「見た目の醜悪さとは裏腹に、随分と慎重な相手の様じゃな。」
距離を開けてお互いを観察するように対峙しているケイ達を見て呟く。
「ケイ君は少しやりにくそうだね。」
「ケイは動きながら、相手を動かしながら考える......誘い受けを得意としているからな。」
「厭らしい奴じゃ。」
ケイの相手は本当に疲れるのじゃ。
自ら懐に飛び込んで来ようとするくせにこちらの攻撃を誘うように隙を見せ、それに対応してからこちらの隙を突いてくる。
戦い方としては理解できるし、有効だと思うのじゃが......対峙する身としては本当にめんどくさい相手なのじゃ。
何せ、先程の魔物との攻防もそうじゃったが、徐に......そして無防備にこちらに突っ込んでくる姿を見れば迎撃したくなるものじゃ......その一撃を誘い、死角へと潜り込んでくる。
それを慌てて迎撃しようとすれば......ケイの作り出した流れに否応なく飲み込まれていくと言った感じじゃ。
妾がケイの戦い方を想像しながら顔を顰めていると、隣にいたリィリが笑いだす。
「あはは、ナレアちゃん物凄く嫌そうな顔になってるよ。ケイ君との模擬戦とか思い出してるでしょー?」
「うむ......じゃが、嫌な顔になるというものじゃ。近づかれると本当にケイは面倒じゃからな。最近は天地魔法や幻惑魔法のお陰で対抗手段が増えたから何とかなっておるが......それでも接近戦は極力避けたいのじゃ。」
「私は近づいて真正面から戦う以外方法がないからなー。」
「リィリはケイと戦い方が噛み合っているからな。速さと手数で凌ぎを削る感じだが......俺はそういう戦い方じゃないからな......一番ケイと相性が悪いのは俺だろ?」
レギ殿は接近戦しか出来ない上、速さよりも力や重量で戦う感じじゃからな。
攻撃を掻い潜られて死角に行かれて、牽制の攻撃で削ってくる相手と言うのは非常に鬱陶しいじゃろうな。
レギ殿のため息交じりの言葉にリィリと二人で苦笑する。
「ケイと戦う場合は......あんな風にじっくりと待ちに徹して、ケイの動きに惑わされない様にするのが肝心だが......。」
レギ殿が行った矢先、再び動き出したのはやはりケイじゃったな。
「もう一度相手を崩しに行ったか......?」
「いや、先程よりも前のめりな感じがしないのじゃ。恐らく相手の動きを警戒しておる。」
「仕掛けて観察って感じだねー。」
いつものように相手に密着するほどの距離ではなく、少し間合いを開けて相手の前足の攻撃を避けつつ牽制をしているケイじゃが......相手の方もそこまで力が籠っていないように見えるのう。
「......なんか戦い方が似てるのかな?」
ケイと魔物の戦いを見ながらリィリが呟くように言う。
「いや、まだ相手も様子見をしている段階ってだけだろ?ダンジョンの魔物にそんな知能があるってのは珍しいが。」
「そうじゃな......。」
ダンジョンの魔物は外の魔物と比べても本能的というか......殺る気が強いというか......人を見たら一気に襲い掛かってくるような手合いが多い。
偶に連携するくらいの知恵を持つものもおるようじゃが......それもごく一部の魔物だけじゃ。
「そっかー。でも、ケイ君が魔法を使わないのはなんでだろうね?」
「手を抜いておると言う訳ではないと思うが......それも含めて様子見かのう?」
「遠距離で攻撃できる手段があるなら、普通は先制に使うと思うがな。ケイは割と最初から近接を仕掛けてくるよな?」
「相手が遠距離攻撃を持っている場合は使うことが多いが......それ以外の時は確かにあまり使わぬのう。恐らくそれもケイの誘い受けの一つなのじゃろうな。」
「あー、油断を誘っているってこと?近接戦闘しかしませんって風を装って、決定的な隙を作ってから仕留めると。」
「......本当に厭らしい奴なのじゃ。こと戦闘において一番性格が悪いのはケイじゃな。」
呆れるような視線を向ける妾達の前で、未だ牽制し合っているケイじゃが......少しづつその激しさが増してきている。
「体の大きさの割に、動きが相当速いな。まだ一撃もケイの攻撃が当たってないぞ。」
「......じゃが、段々とケイが上げていく速度に対応が遅れて来ておるようじゃ。ケイはまだまだ速度を上げられるじゃろうし......一撃入れるのも時間の問題じゃろ。」
妾達が話している間にもどんどんとケイの動きは速くなっていき、段々と魔物の方は攻撃が出来なくなっているように見える。
今はまだ攻撃を混ぜていられるようじゃが......徐々にケイの速さに押され手数が減り、攻撃を避けることに専念するじゃろう。
じゃが、ケイの速度は相手が付いてこられない様になったとしてもまだまだ上げられる。
ケイの速度に対抗できる何らかの手段がない場合、詰みじゃな。
「......このまま行けるか?」
「流石にそれは楽観が過ぎるんじゃないかな?ファラちゃんより強いって話だし。」
「そうじゃな......この程度で押し切れるのであれば、魔法系の魔道具を使っていたクルストが手も足も出ないということはないじゃろ?」
「確かに、お前たちの言う通りだが......あの魔物はこの状況でもまだ様子見をしているってことか?」
確かに、この状況になってもまだ様子見をしていると言うのは不自然ではある。
何せ、もはやケイの動きに付いて行くことが出来ず防戦一方となり、何度かケイに斬られている。
とは言え、ケイの速さは相当なものじゃが、まだ攻撃自体は牽制と言った感じで、左程痛痒を与えているようには見えない。
しかし、まだまだ加速していくケイの速度に着いて行くことが出来ず、傷を与えられている状況で、レギ殿の言う通り様子見をしているとは......中々考えにくい物があるのじゃ。
「......恐らく、その不気味さは戦っているケイ自身が一番感じておるのじゃろうな。」
あれだけ速度で相手を圧倒しておきながら、もう一歩を踏み込まず牽制するような浅い攻撃を繰り返しているのはそういうことじゃろう。
言いようのない不気味さを感じながらケイの戦いを見守る妾達の前で、先程ケイの初撃を避けた時と同じような動きをボスが見せた。
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