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最終章 狼の子

第504話 セーフorアウト

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「あれがボスか......。」

ネズミ君達の案内でダンジョン内にいる魔物と何度か戦闘を行った後、俺達はボスのいる部屋に到着した。
ファラから聞いていた通り、グルフと同じくらいの大きな......狼に近いフォルムをした何かだ。

「なるほどのう。ファラが狼と言わずに近いと表現したのも頷けるのう。」

俺の隣でボスに目を向けていたナレアさんがぽつりと呟く。
パッと見ると黒い毛並み......いやつるっとしているから恐らく体色なのだが......よく見るとどす黒い紫......か?
シャルは紫にも見える艶やかな黒なのだけど......あのボスはどす黒い紫と言った表現が正しい気がする。
これは別に俺の嫌悪感から来るものでは無い筈だ。
後は......尻尾が......なんか猫の尻尾みたいなひょろっとした感じのものが三尾程生えているし、口は喉元まで裂けている感じだけど......体色と口内も同じ色だな。
ただまぁ、全体的なフォルムは狼と言えなくもない......気がしないでもない。
四足歩行で顔が尖った感じ......だしな。

「狼......とは言いづらいがな。何と言うか......醜悪だ。」

「そうだねぇ、あんなのと違ってグルフちゃん達は可愛くて格好いいよ。」

リィリさんが傍に居るグルフを撫でながら言う。
撫でられているグルフは......いつもの様子と違い、少し緊張しているように見える。
まぁ......グルフは今ここに居る中で一番弱いし、ダンジョンに来るのも初めてだからな。
ここまで連れてきたのは、少し可哀想なことをしたかもしれないけど......いつもいつもお留守番というのも可哀想だし、慣れておいた方が......いいよね?
最初が普通のダンジョンでないのもどうかと思うけど......まぁ、ここを経験しておけば普通のダンジョンで気後れする事は無くなるだろう。
とりあえずグルフの事は置いておいて......レギさんの目から見てもこのボスは醜悪のようで、やはり俺の敵愾心が高いせいではなかったようだ。

「さて......ケイよ。本当にアレと一人で戦うのかの?」

「はい。」

「醜悪さはさておき、見た感じ想像以上の強さのようじゃが、それでも一人で戦うのじゃな?」

「はい。僕一人で戦います。」

俺がそう答えるとナレアさんが軽くため息をつく。
いや......流石に相手の姿を見て予想以上に醜悪だったからと尻込みはしませんよ......?
恐らくナレアさんは相手の保有している魔力を見て言ってくれたのだと思うし、その表情は若干不満そうだけど......ここは約束通り一人で挑ませてもらおう。

「まぁ、今更意見を変えるような者ではないのう......それはそうと、死んだら許さぬからの?」

「えぇ、分かりました。」

俺の返事を聞いたナレアさんは、微妙に不満気な表情を見せながら言葉を続ける。

「真剣味が足りぬようじゃな......先ほど言った死んだら許さぬと言うのは言葉通りじゃぞ?」

「えっと......言葉通りというのは......?」

「万が一にも死ぬようなことがあったら、シャルが全力で御母堂の神域にケイを運ぶ手筈になっておる。」

「......え?」

母さんの神域に運ぶ......?
それってもしかして......。

「良かったのう、ケイ。人の身であった時より神子となった今では比較的蘇生も楽に出来るそうじゃ。」

......それはヨカッタ。

「そして生き返った後は御母堂の説教と......そう言えば魔法ありの全力鍛錬をしたいと言っておったな。」

「......。」

「当然妾達も急いで神域に向かうが......絶対に許さぬからの?」

「......はい。」

にっこりと告げてくるナレアさんに、涙目にならずに返事を出来た俺は偉いと思う。

「では、シャルよ。運搬は任せたのじゃ。」

ナレアさんが俺の肩にいるシャルに声を掛けると、飛び降りたシャルは体を大きくした後頷く。
いや......まだ死んでいませんからね?
後死ぬ予定もありません。

「死は安息じゃねぇみてぇだな。」

「そう易々と死後の世界には行けないみたいです。」

「そりゃぁ、手段があれば尽くすに決まってるじゃん。ナレアちゃんやシャルちゃんは、もしもの事があった時の対処は、ケイ君のお母さんと相談してかなり入念に対策しているみたいだからね。」

苦笑しながら俺の肩を叩くレギさんに返事をすると、その横にいたリィリさんが唇を尖らせながら言う。

「......僕ってそこまで危なっかしいですかね?」

「最善を尽くせるように準備してあるだけだろ?戦いに携わっている者に限らず、人なんてあっさり死んじまうものだからな。」

信用していないって訳じゃないさと言いながら、肩に置いていた手を離したレギさんが笑う。
まぁ......それはそうなのでしょうが......なんとなく、死んだらこうしようって相談されていたのが腑に落ちないと言うか......いや、助けてもらうのに文句を言うべきじゃないとは思いますけどね?

「......まぁ、別に死ななければいいだけですしね。」

「その通りじゃ。出来ればあっさりと完封して、ただの杞憂であったと言わせて貰いたいものじゃ。」

「全力を尽くします。」

俺はナレアさんに意思を込めて頷いた後、ボスへと視線を向ける。
ボスは相変わらず何をするわけでもなく部屋の中央で佇んでいて、こちらに気付いた様子はない。
ボスのいる部屋は事前に聞いていた通りそこまで広い物ではなく、相手の身体の大きさもあるし、あまり大人数で戦闘を始めるとお互いの動きが阻害され逆に危険を生みかねないね。

「ケイよ。十分注意するのじゃ。」

「はい。」

「後......考えすぎであればいいのじゃが......相手が魔法を使う可能性を、頭の片隅にでも置いておいて欲しいのじゃ。」

「あの魔物が魔法をですか?」

「うむ......ただの魔力だけで魔法を使えるようになるわけでは無いのは理解しておるが......相手は相当異質な存在じゃ。万が一という事が無いとも言えぬ。その事を全く考慮していなかった場合、致命的な隙になるやもしれぬじゃろ?」

「......確かにそうですね。ありがとうございます。その考えは全くありませんでした......もし戦闘が始まって、不意に魔法を使われていたら動揺していたと思います。」

眷属になることで魔法が使えるわけだし、眷属化の手順を考えればボスがそれに類似した存在になっていてもおかしくはない。
戦闘中にいきなり強化や弱体を使われたらたまったものではない......というか弱体魔法で動けなくさせられたりしたら一発アウトだ。
っていうか本当に弱体魔法とか飛んできたらどうしよう?
今まで弱体魔法を使ってくる相手って模擬戦ですらいなかったしな......。
自分が使う分には非常に素敵な魔法だけど、相手が使ってくると思うと非常に厄介な魔法だ。
何せ防ぎようがない。
まぁ、弱体魔法に限らず、魔法はどれも不意を撃たれたら一発アウトって感じはするけどね。
とりあえず、相手が弱体魔法を使ってくるようであればそれを上回る強度で強化魔法を掛ける......とかで凌げるといいな。
なんともゴリ押しな対策だけど、現状それ以外に方法が思いつかないし仕方ない。
俺は覚悟を決めて腰に差していた短剣を手に取り、魔力を流し込む。
すっかりと手に馴染んだ短剣はいつものようにバラバラになった刃を伸ばす。
そう言えば、この魔道具って空間固定で伸ばしているのだろうけど......どういう風に魔法を使ったらこんなことが出来るのだろう?
少なくともこの魔道具の様な使い方が出来るわけだし......空間魔法はもっと練習しないといけないな。

「ケイ、どうかしたのかの?」

俺が伸ばした短剣を見ながら考え事をしているのを不審に思ったのか、ナレアさんが声を掛けてくる。

「あぁ、いえ。空間魔法をどういう風に使ったらこんな風に出来るのかなと思いまして。」

「......随分と余裕じゃのう。」

ナレアさんが半眼になりつつ言う。
......確かに、これから強敵と戦おうという時に考えることでは無かったかもしれない。

「それだけ余裕があるのであれば......そうじゃな。怪我の一つでもしようものなら、後で説教じゃな。」

「え、いや、それは......ちょっと、どうですかね?」

ファラより強い相手に怪我一つせずに勝つと言うのは......恐らく......いや、絶対無理。

「出来るじゃろ?」

圧力のある笑顔でナレアさんが告げてくる。

「......善処します。」

ナレアさんに返事をしてからボスの陣取る部屋へと向き直る。
仮に......仮にだけど、戦闘中に怪我をしたとして......ナレアさんの所に戻る前に回復魔法で治しておけばセーフかな?
......アウトだろうなぁ。

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