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8章 魔道国

第453話 続報

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ルーシエルさんが深いため息をつきながら俯き、再び顔を上げた時には表情が変わっていた。

「母上、檻と言う組織の目的が分からない以上、戦力はあまり分散するべきではないと考えているのですが......。」

「龍王国では各地に騎士団を派遣してしまった結果、王都が手薄になったからのう。」

ナレアさんの言葉にルーシエルさんは頷きながら言葉を続ける。

「コレルの襲撃の規模を考えると、あの辺りに生息していた魔物は殆ど集結していると考えていいと思います。」

それは......生態系が随分と心配になるな。

「大規模な魔物の群れが長距離を移動していたらすぐに人目につく筈じゃからな。」

「はい。なので今回派遣した軍はそのまま南の大河沿いにある軍事拠点に入り、南方で問題が起きた際にはそこから出撃して対応させます。」

「ふむ、北方は北方軍と辺境軍に任せるという事かの?」

「お察しの通りです。」

ナレアさんとルーシエルさんが軍の派遣やらあれやこれやを話しているけど、正直意味はさっぱり分からない。
っていうか本気でこれは俺が聞いてもいい話なのだろうか?
いや、良い訳がない......にも拘わらず二人は俺の事を気にせずに話を続けている。
......目にすら入っていないだけという可能性もあるか?

「これで他の場所でも魔物の襲撃があれば......ほぼ確定じゃろうな。」

「現時点でほぼそう考えて動いておりますが、人為的......母上がおっしゃられていた、檻と言う組織が我らの国で活動を始めたということでしょうね。」

「恐らく、長い間潜伏はしておったのじゃろうがの。問題は何をしでかすか......じゃが......。」

「要所には警戒するように伝達を飛ばしているのですぐに対応できますが......魔道国を混乱させたいのであれば、狙うは二つの大河ですね。」

「上流を抑えられると被害がとんでもないことになるからのう、後は王都じゃな。」

「龍王国での事件を見る限り、混乱させることはただの手段なのだとは思うのですが......その先の狙いとなると......。」

「現時点では推測も出来ぬのう。龍王国の聖域の様な秘匿しているものがある訳でもないしのう。」

「......そもそも、魔道国に襲うほどの価値ってありましたっけ?」

ルーシエルさんがとんでもないことを言いだした。
そんな思いが表情に出たのか、俺を見てルーシエルさんが苦笑する。

「ケイ殿、魔道国は大国......大陸で一番の大国である自負はあります。魔道国が混乱すれば、それは我が国だけに留まらず、近隣諸国全てに混乱が波及する恐れがあります。」

......大問題じゃないですか。

「多くの命が失われることになるでしょうし......長らく続いていた平穏すら失われ、各地で戦争が起こる可能性も非常に高いです。」

......とんでもない事態じゃないですか。

「ですが、それだけなのですよ。魔道国は......そう簡単には潰れません。混乱の中、私が暗殺され......そうですね、王都にいる重鎮が皆殺しになったとしても、魔道国は残るでしょう。」

「......何故でしょうか?」

「現在の魔道国は合議制です。名目上、王として私がいますが、対外的に必要という事で残された役職とでもいいますか......いなくても国は動いて行きます。勿論私も政治に参加して議決権を持つ一人ではありますが、あくまで一人でしかないのですよ。」

「まぁ、血筋を信奉するものは少なくないからのう。妾としては不合理の極みと言った感じじゃが、相手に合わせた方が話が早い事は多々あるからのう。着飾る権威なぞ所詮その程度のものよ。」

合議制......なんだっけ、古代ローマの元老院的なやつ?
あれって結局発言力のある人の意見が通るものじゃなかったっけ?
でもルーシエルさんが言っているのは......平等なルールの元話し合いで決めるって感じがする。

「専制君主が悪いと言う話ではないですよ。ただ、我が国の規模は一人で回すには大きくなりすぎているという事です。即決即断が出来ればいいのでしょうがね。」

「なるほど......。」

魔道国程の大国で起こる問題や方針を、一人の人が一手に引き受けられるはずがない。
グラニダのコルキス卿が孤軍奮闘して倒れた件を思い出す。
勿論君主制の国だって王様をサポートする人達がいて、政治だってその人達が頑張っているのだろうけど......決定権は王様にしかない。
合議制は議題に対して話し合いが必要な分時間が掛かる気もするけど、その分、複数の問題に分担して当たることが出来るし、決定権が分散しているので渋滞が起こりにくい。
そもそも君主制だって話し合って方針を決めてから王様の所に話を持って行くわけだから、結局時間はかかるよね。
独裁体制だとまた違うかもしれないけど、その場合は良くも悪くも一人の人間の能力次第だ。
......まぁ、なんとなく理解したような気がするだけで、実情は全然違うかもしれないけど......恐らくそんなに間違ってはいないと思う。

「まぁ、ルル一人くらいが暗殺されるならともかく、流石に王都に居る重鎮が皆殺しになったらかなりきついと思うがのう。」

「......すみません、誇張し過ぎました。」

大風呂敷だったのか......ルーシエルさん、かなり自信満々って感じだったから信じちゃったけど。

「ケイは純粋じゃからな。それっぽい雰囲気で言えば信じるのじゃ、気を付けよ。」

「ケイ殿、申し訳ない。」

「いえ、それは構いませんが......ナレアさん、今僕の事ちょろいって言いました?」

「そうは言っておらぬのじゃ。ただ雰囲気に流されやすいと言っただけじゃ......。」

完全にちょろいって言われているようだ。
いや......そんなことは......。
そこまで考えたところで、この部屋に来た当初の事を思い出す。
雰囲気に......負けていたなぁ。

「......まぁ、そう言った面があることは否定できませんね。」

俺が顎に手を添えながら言うとナレアさんがにんまりと笑う。
あまりいい笑顔とは言いづらい......ルーシエルさんも俺の方を気の毒そうな表情で見ている。

『ケイ様。また伝令が城に来たようです。内容は......。』

俺の膝の上にいたシャルから念話が届く。
俺は顎に添えていた手を動かし、口元を隠しながら小声でナレアさんにも内容を伝える様にシャルに頼む。
すぐにナレアさんに伝えてくれたようで、ナレアさんがちらりと俺に視線を飛ばす。

「ルル、どうやら厄介事のようじゃぞ。」

「......?母上、それは一体どういうことでしょうか?」

ナレアさんがこめかみのあたりを指で押さえながら言うと、ルーシエルさんはキョトンとした表情で問い返す。
しかしナレアさんは思案するように視線を下に落としたまま、ルーシエルさんには取り合わない。
俺が横から口を出すわけにもいかないし......ナレアさんは黙り込み、ルーシエルさんは困惑したまましばしの時間が過ぎた後、部屋の扉がノックされる。

「来客中だ。」

「申し訳ありません、陛下。南方より早馬が来ておりまして。」

「入れ!」

ルーシエルさんの許可を受けて部屋に入って来たのは......初めて俺が城に来た時に案内をしてくれたナイスミドルなおじさんだった。

「失礼します......。」

部屋に入って来たおじさんは俺達の方をちらりと見た後、ルーシエルさんの傍に行き耳打ちをしようとする。

「よい。コレルの件は既に知っておるし、母上を巻き込んで聞かせておいた方が積極的に動いてくれるだろう?」

ルーシエルさんはナレアさんの方を見ながらにやりと笑う。
しかしナレアさんはそんなルーシエルさんの様子を意に介さずに思索に耽っている。
まぁ、ルーシエルさんも話を聞いたらそんな余裕はなくなると思うけど......。

「コレルの件ではありませんが、よろしいので?」

「聞かせてくれ。」

表情をより厳しい物にしたルーシエルさんに、おじさんは再び耳打ちの体勢になる。
そして話を聞いたルーシエルさんは一瞬目を見開いた後、すぐに沈痛な面持ちになりながらおじさんに指示を出す。

「すぐに招集を......いや、まだ城に残っている者も少なくないはずだ。いる者達だけで先に始める。」

「承知いたしました。各所には既に伝令を送っております。」

「私もすぐに行く。母上、会議に出て頂けませんか?」

ナレアさんの方を見ながら、今までにない程真剣な表情でルーシエルさんが言う。
しかし、ナレアさんは首を横に振った。

「こういう事態じゃからこそ、妾が出るわけにはいかぬ。じゃが、妾個人として、手は貸すのじゃ。また近いうちに来るのじゃ。」

ルーシエルさんがナレアさんの言葉に真剣な表情で頷くと、ナレアさんは少しだけ柔らかく笑った後立ち上がる。
俺はナレアさんに続いて立ち上がりながら心の中でため息をつく。
シャルが教えてくれた伝令の情報......南の大河の上流にある街が魔物の大群に襲撃されているとのことだった。

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