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8章 魔道国
第430話 やりづらさ
しおりを挟む木の幹に張り付いた蜘蛛の魔物がお尻から糸を飛ばしてくる。
俺は落ちていた木の枝で糸を絡めとり、脇に捨てた。
でかい蜘蛛って気持ち悪すぎるな......。
皆もそれぞれ魔物と戦っているし、代わりに戦ってくれそうな感じではない。
くっ......出来ればナレアさんの戦っているトカゲの魔物とチェンジしたい所だけど......いや、我儘は言うまい。
真面目にやるってクルストさんとも話したわけだし......。
でもクルストさんが居るから天地魔法の遠距離攻撃も弱体魔法も無しだ......つまり接近戦である。
接近戦......あれに......接近戦......。
しかも微妙に木の上の方にいるから簡単に攻撃出来ない......。
なんか色々と制限されていてきつい。
えっと......どうやって攻撃したらいいだろう?
最近何でもかんでも魔法で解決してきたからな......魔法を使わないとなると......石でも投げるか?
風で不可視の攻撃をしても不自然だしな......幻惑魔法で誤魔化す?
いや、どうやっても不自然になる。
やはりここは正当な理由があるのでナレアさんとスイッチするべきでは?
そう思いナレアさんの方を見てみるが......ちょっと忙しそうだな。
ナレアさんも魔法を使わずに戦っているので手間取っているのだろうか?
レギさん、リィリさん、クルストさんは問題なく戦えているみたいだけど......まだ時間はかかりそうだ。
皆の手を借りるのは無理っぽい......いや......困ったな。
そういえば、以前も遠距離攻撃の手段がないって嘆いた時も蜘蛛の魔物相手じゃなかったっけ?
うーん、応龍様の加護を貰えたことで遠距離攻撃も問題なく出来るようになったと油断していたな。
参ったな......。
俺が困っていると蜘蛛が再び糸を飛ばしてくる。
先程のようにうまい具合に落ちている枝もないし避けようとしたけど、俺の背後でクルストさんが背を向けていることに気付いた。
いくらクルストさんでも、別の相手と戦っている最中に背後からの攻撃を受けたらまずいだろう。
受けたくはないけど仕方ない......愛用しているナイフで蜘蛛の糸を受け止める。
ねっとりとした糸がナイフに絡みついて物悲しくなるけど......それよりも問題は、相手が動こうとしないことだ。
手にしたナイフに絡みついた糸と蜘蛛は繋がっているのだから引っ張れば引き寄せられるかと思ったけど、お尻から伸びた糸がずるっと伸ばされただけで相手はピクリともしなかった。
寧ろ引っ張った時に蜘蛛から糸がずるっと出て来てぞわっとさせられた。
ナイフの惨状もそうだけど......本当にどうしたものか。
そんな風に俺が困っていると、俺の肩に乗っていたマナスがぴょんと跳ぶと蜘蛛に向かって体を伸ばした。
ありがとう、マナス!
一瞬で蜘蛛の体を絡めとったマナスは蜘蛛を地面に叩きつけ、俺は一気に距離を詰めてナイフで斬りかかる。
ナイフに蜘蛛の糸がかなり絡みついているけど......これで相手を斬れるだろうか?
一瞬悩んだけど、ナイフに魔力を流し込み刀身を伸ばしながら斬りつける。
しかし、やはりというか蜘蛛の糸でベタベタになったナイフでは相手をちゃんと斬ることは出来ず、相手の体に刃が食い込んだものの止まってしまう。
攻撃を受けた蜘蛛は足を振り回して俺を振り払うように攻撃してくる。
食い込んだナイフを強引に引きちぎるように抜き、その攻撃を躱して距離を取るが......折角マナスが地面に引きずりおろしてくれたのだから、また手の届かない位置に逃げられる前に倒さないと!
再び前進してバックステップで開いた距離を一気に潰し、蜘蛛の顔を蹴り上げて体をひっくり返す。
足がジタバタしていてめちゃくちゃ気持ち悪いけど......ぐっと堪えて蜘蛛のお腹にナイフを突き立てる。
ジタバタ具合がさらにアップして、正直悲鳴を上げて逃げたい気持ちでいっぱいだけど......突き立てたナイフを捻り、抜いて、突き立ててまた捻る。
何度かそれを繰り返していく内に足の動きが緩慢になっていき、やがて完全に停止......そして蜘蛛は魔力の霧へと還って行った。
同時に俺のナイフに絡みついていた蜘蛛の糸......さらになんか緑色の体液も魔力の霧に還って、心の底から安堵した。
「随分と泥くさい戦いぶりじゃったのう。」
ナレアさんの声に振り向くと、どうやら他の皆も無事に相手を倒していたようで武器を収めている所だった。
「......次は僕も爬虫類系の魔物を相手したいですね。」
「ほほ、そうじゃと良いのう。」
優先して譲ってくれる気は無さそうだ。
「しかし、思っていた以上に戦いにくかったです。」
「ケイは獲物が短いっすからねぇ。投げナイフとか使わないっスか?」
「うーん、上手く当てる自信がないですね......。」
まだレギさんと会ったばかりの頃、スリングショットとかお勧めされたりはしたのだけど......うーん、明後日の方向とまでは言わないけど、当てられるかどうかが非常に微妙だ。
「リィリさんみたいに身軽に動けたら良かったんスけどねぇ。」
「リィリさんみたいに動くのは自信がないとか言うどころの問題じゃないですね......。」
俺とリィリさんの武器の長さは同じくらいだけど、リィリさんは剣を木に刺してそこから二段ジャンプとか......かなり無茶な動き方をして魔物と戦っていた。
ちょっと派手過ぎではないかと思ったけど、そもそもリィリさんが本気だったら剣を踏み台にする必要もないからな......自重はしているのだろう。
「まぁ、それもそうっスね。リィリさんの真似は無理っス。」
「ちょっと、二人とも失礼じゃない?」
リィリさんが半眼でこちらを見てくるけど......いや、普通にリィリさんみたいに戦うのは無理ですよ。
「いやいや、そんなことないっスよ。リィリさんは凄いって話をしているだけっス!」
「えぇ、その通りです!リィリさんは舞う様に戦うので見惚れてしまいますが、それを真似するにはこちらの技術が足りなさすぎるって話ですから!」
「ふーん。」
ちょっと口が尖っているけど、微妙に嬉しそうなリィリさんはそれ以上追及はしてこなかった。
まぁ、本心だしね。
「魔物を倒したからってあまり油断はするなよ?」
「すみません、レギさん。」
「いや......だが、確かにケイは戦いづらそうだったな。俺の槍を使うか?槍なら大丈夫だろ?」
「レギさんから教えて頂いているので一応使えますが......その槍を僕に渡したらレギさんが困りませんか?」
「斧と剣があるからな、問題はない。」
そう言って槍を渡してくれる。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます。」
レギさんから受け取った槍を握る。
この槍はそこまで長い物ではなく、二メートルもないだろうか?
取り回しがしやすいので、レギさんは斧を振り回せない様な場所では良くこの槍を使っている。
普段俺に槍を教えてくれる時も、この槍を使っているので俺も問題なく使うことが出来るだろう。
「ケイも凄く強いっスけど、こういう所はまだ経験が足りないって感じがするっスね。」
クルストさんが笑いながら言ってくる。
「クルストさんは、同じ下級冒険者なのに凄くて慣れている感じがしますね。冒険者になったのは僕とほぼ同時期だったと......。」
「冒険者としてはそうっスね。その前に色々とやっていた時期もあったっス。決して以外と年行ってるとか、そういう風に捕らえちゃダメっス。」
何故か念押ししてくるクルストさん。
いや、クルストさんはどう見ても若いですし......言動もかなり若いのでそんな風には思いませんが......。
「話しているのは構わんが......そろそろ構えろ。次が来たみたいだぞ。」
「了解です。」
「あ、ケイ。後でそのスライムの事教えてもらいたいっス。さっきの蜘蛛を引きずり降ろしたのは凄かったっス。」
「あ、はい。それはまた後もでも。」
俺はクルストさんに返事をすると、揺れる茂みの方に槍を構える。
どうか次は虫系の魔物じゃありませんように......。
俺の祈りを他所に、茂みから飛び出してきた魔物は足がいっぱいついていた。
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