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8章 魔道国
第388話 迂闊
しおりを挟む遺跡の内部は残念ながら天井からぽたぽたと雫が落ちてきて、非常に鬱陶しい感じだった。
ざっと見た感じ取り残された水生の魔物はいないみたいだけど、まだ入り口だしな。
でもナレアさんが言っていたように、この遺跡はあまり広くはなさそうだね。
地下が無ければだけど......。
ナレアさんを先頭に、隊列を組んで入りたかったのだがちょっと狭すぎて隊列を組むなんて状態ではない。
日本の一般住居って感じの広さだ。
正直レギさんの斧はおろか、リィリさんの剣も振るうのは難しいかもしれない。
少なくとも廊下では突きしか出せないだろう。
こういう遺跡が少なくないから、ナレアさんは武器を使わずに魔道具と格闘で今まで活動してきたのだろうか......?
俺達の先頭を進むナレアさんは、慎重に進みながらもその後ろ姿からワクワクした感じが滲み出ている。
アースさんのいた遺跡の時にも思ったけど、本当に好きなんだなぁ。
ナレアさんの邪魔にならない様に......また俺たち自身も咄嗟に動けるように、ある程度お互いの距離を開けながら遺跡の中を進んでいく。
警戒はしているものの......生き物の気配は感じられず、シャルの感知にも魔物の反応はないとのことだ。
ファラはナレアさんと一緒に先頭で罠が無いか調べてくれている。
アースさんのいた遺跡では先遣隊が全滅して、予め危険な遺跡であることが分かっていたから先行して調べ上げてくれていたけど、今回の遺跡はナレアさんと一緒に足並みを揃えて調べてくれている。
恐らくナレアさんの事を慮ったのだろう。
まぁ......ファラは非常に空気の読める子だからね......。
気遣いも仕事も完璧......戦闘も出来るし部下の統率も問題無し......ファラの弱点ってあるのだろうか......?
っと......余計な事を考えていて罠にでもかかったら大変だ。
ナレアさん達が調べてくれているとはいえ、俺も警戒はしないとな......。
そんな風に気を取り直して慎重に辺りを見渡すと、壁に小さなでっぱりがあったことに気付く。
......これは?
俺はナレアさんの後ろを歩いているのだから、ナレアさんもファラもここを通り過ぎているわけで、二人がこんなあからさまな物を見落とす訳ないよね?
でも罠とかだったら二人が注意すると思うけど......一応確認しておくか。
何かスイッチっぽいし、何も言わずに押して大変なことになったら最悪だ。
「ナレアさん、このでっぱりって何ですかね?」
「ん?あぁ、それは照明の魔道具を付けるための装置じゃな。そこに魔力を流し込んで天井に設置された魔道具を灯すのじゃ。まぁ、それは壊れておるがの。」
「あぁ、アースさんの所にもありましたね。形は違いますが。」
「居住系の遺跡ではそのようなでっぱりの装置が多いのじゃ。恐らく夜に手探りで見つけやすくしておるのではないかのう?」
「あぁ、なるほど......。」
やっぱり昔の人達も俺達と同じ普通の人だったんだなって感じがする。
夜中に起きてトイレに行く時の為とか夜仕事が終わって帰って来た時に、みたいなシチュエーションがあったのだろうな。
「ほほ、面白いじゃろ?当時生きた人々の生活が垣間見えるようじゃろ?」
「えぇ。不便に思う事、それに対応するための発想は変わらないのですね。」
そこまで言って気付く。
いや、元の世界の住居なら普通の事だけど、今のこの世界には天井の明かりを灯すようなスイッチ系の仕掛けは一般住居にはないか。
そう考えるとやはり昔の方が色々と生活の利便性というか、魔道具の応用みたいなのは格段に上だったのだろう。
ナレアさんは俺を見てにんまりと笑うと顔を前方へと戻す。
俺は改めて辺りを見渡す。
ここは扉から入ってすぐの廊下......玄関開けてすぐ廊下だと日本的な間取りって感じがする。
でも入ってすぐに靴を脱ぐようなスペースがないから、靴は履いたまま家の中に入る感じだろうか。
うん、こうしてみると本当に当時の人達の生活が浮かんでくるようだ。
俺は油断しない程度に遺跡の様子を見ながら、遥か昔に生きた人達の生活に思いを馳せた。
「ふむ......やはり予想通りあまり大きな遺跡では無かったのう。」
「そうだねぇ。部屋の数も四個、魔道具も全然なかったね。」
「うむ。そうじゃな。まぁ、予想はしておったのじゃ。この遺跡を発見するきっかけとなった遺跡にも殆ど何も残されておらなかったからのう。」
そう言ってナレアさんは肩をすくめる。
「どういう意味ですか?」
「二つの遺跡は所有者が同じだったようでな。向こうの遺跡もここと同じように殆ど物が残されておらなんだ。恐らくじゃが......引っ越しでもしたのではないかのう?」
「なるほど......。」
引っ越しか......理由は分からないけど、どんどん古代の人達が身近に感じられてくるな。
「水没しておったから記録の類も絶望的じゃしのう。まぁ水没した遺跡というのも面白かったからのう。いい経験だったのじゃ。」
あまり実入りは無かったみたいだけどナレアさんは満足できた様だった。
「付き合ってもらったのに、あまり成果が無くてすまなかったのじゃ。」
「いえ、それはナレアさんのせいではありませんし。結構面白かったですよ。」
「うんうん。偶には街の外に出ないとねー、グルフちゃんも寂しいだろうし。」
そう言ってリィリさんがグルフを両手で撫でると、グルフが身体リィリさんに擦り付ける。
流石にグルフは遺跡の中には入ることが出来なかったので外で待機だったけど、俺達が傍にいること自体が嬉しいみたいだ。
「この後はどうする?もう街に戻るのか?」
「そうじゃのう。予想以上に早く遺跡探索が終わってしまったが......何処か行きたい所はあるかの?」
「僕は特に......。」
「俺もないな......。」
「私もないけどー......そう言えば、あの街にはどのくらいいるのかな?」
「特に急ぐわけじゃないので、リィリさんが堪能できるまではあの街に居ても大丈夫ですよ。」
「あはは、ありがとー。」
俺がいつでも大丈夫と答えるとリィリさんが嬉しそうに笑う。
「そう言えば、この先の移動はどうするんだ?川沿いを走るか、それとも船を使うか?」
「あー、シャル達に乗せてもらった方が早いでしょうけど......船旅も興味がありますね。」
「ふむ、それもいいかもしれぬが......仙狐の所で貰った魔道具の効果範囲が気になるのう。大河に沿って移動すればとは言っておったが......大河の北とも南とも言ってなかったしのう。」
「確かに相当川幅広いですよね。上流の方とは思えない程ですし......。」
大型の帆船が行きかっていたし水深もかなりあるはずだ。
って、ちょっと待てよ?
「......そう言えば、仙狐様は川に沿って行けば神域があるって言っていましたけど......ナレアさんの言う様に河の北側とも南側とも言っていません。......それに、河の中とも言っていませんでしたよね?」
「「......。」」
水没した遺跡を探索した直後だからだろうか......?
妖猫様の神域が水の中にある様な気がしてきた。
「確かに......その可能性もあるのう......それにあの大河は河口付近まで行くと途轍もない川幅になるのじゃ。向こう岸が見えないくらいにのう。流石にその範囲で魔道具が反応するとは思えぬのじゃ。」
「寧ろそんな広い範囲で反応されたら場所を絞り込めそうにないですね。」
「もしかしてかなり行ったり来たりしないといけない?」
「魔道具の反応する範囲が分からないのが厳しいな。」
『......皆様、すみません。その魔道具の感知範囲ですが私が聞いております。』
「「......。」」
俺達は無言で声の主......ファラの事を凝視してしまう。
『申し訳ありません。差し出がましい事とは思いましたが、念の為仙狐様に確認させていただいておりました。報告が遅くなり申し訳ありません。』
「いや、確認しておいてくれて助かったよ。ありがとう。」
俺の言葉にファラが目礼する。
恐らくファラは俺達の誰かが仙狐様に有効範囲を確認していると思っていたのだろう。
魔道具を受け取った時にいたのは俺たち全員だけど......すっかり抜けていたな。
なんか皆微妙な表情になっているな......いや、多分俺もだろうけど。
「えっと......ファラどのくらい神域に近づけば魔道具が反応するのかな?」
『ケイ様を中心に大体二十歩程だそうです。』
およそ半径百五十メートルくらいかな?
この範囲だとこの付近の川幅でも河の両側を感知の範囲に収めるのは無理だな......。
「感知範囲としてはかなり狭いですね......。」
「うむ......ここに来るまでその事を考えなかったのは、随分と間の抜けた話ではあるが......どうやって神域を探すか考えねばならぬのう。」
ナレアさんの言う様に......随分適当に考えていたな......。
正直、そんなに急ぐわけでもないし、大河沿いに適当に移動すればその内見つかると考えていた節がある......。
気を抜きすぎだろうか......?
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