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7章 西への旅路
第364話 英才教育
しおりを挟むゴブリンはワイアードさんが引き取り面倒を見ていくことになった。
即断即決のように見えたけど、ゴブリンをどう扱うかは大いに悩んだはずだ。
これからワイアードさんとゴブリンは色々と大変な事があると思うけど......ワイアードさんだったら何とかしてくれる気がする。
......無責任だろうか?
「ナレアさんは、ワイアードさんがこうするって分かっていたのですか?」
「まぁ、ハヌエラならほぼ間違いなくこうするとは思っておったのじゃ。龍王国やヘネイの為ならばその命を惜しまずに働く男じゃが、関わりをもった者を見捨てることは出来ぬからのう。奴が悩んでおったのは龍王国を混乱させないかという所じゃが......あの者と話して心根を感じ、自分の力で処理しきれると判断したのじゃろうな。勿論平坦な道ではないが、あやつなら問題なかろう。」
そう言ってナレアさんは笑う。
「あの子はすごく嬉しそうだね。ワイアードさんも楽しそうだし、大丈夫そうだね。」
「うむ、あやつに任せておけば悪いようにはすまい。」
リィリさんとナレアさんが少し眩しそうにワイアードさん、そしてゴブリンの事を見ている。
やはりナレアさんのワイアードさんへの信頼は相当なものだね。
決して簡単な問題では無いにも拘らず、軽い様子でワイアードさんなら問題ないと言ってのけるのだから。
貴族や国のあれこれって言うのは俺如きでは欠片も想像できないけれど......恐らくそう言った人達と付き合いのあるナレアさんであれば正確に把握できていると思うが......その上で断言だ、俺の適当な感じの信頼とは訳が違う。
「今後は従者として扱うからそのつもりでいる様に。言葉遣いや礼儀作法に関しては勉強していこう。」
「わかった。がんばる。」
「まずは......そうだな......。」
俺達が今後の話をしている二人を見ていると会話がまた盛り上がり始めた。
しかし、ワイアードさんの傍に控えていたヘイズモットさんが一言告げると、ワイアードさんは苦笑しながら謝る。
「いや、そうだな。話は向こうですればいいか......では、私達の野営地に案内したいのだが......その前に、これから人の世界で生きていく以上、名前が必要だな。」
......意地でもここで話すつもりだろうか......?
一歩も歩かずにまた違う話題を......あ、ヘイズモットさんがため息をついている。
「......すまない、歩きながら話そう。何か希望の名前はあるかい?」
「なまえ、ない。あなた、なまえ、なに?」
二人は横に並び話しながら森を進んでいく。
「あぁ、先程は緊張でそれどころではなかったか。改めて、私はハヌエラ=ワイアードだ。私の従者である君はハヌエラと呼んでくれ。」
最初に会った時に自己紹介はしていたけど、どうやらゴブリンは緊張で覚えていなかったようだね。
まぁ、仕方ないと思うけど。
「わかった、はぬえら。なまえ、はぬえら、ほしい。」
「ふむ、私に名前を付けて欲しいと......。」
名付けか......重大な役目だよね......俺はいつも一生懸命考えて付けているのだけど......何故か不評なんだよな。
「名前かぁ。あー残念だなぁ、またケイ君が名前をつけると思っていたのに。」
「そうじゃなぁ。折角賭けておったのに......無駄になってしまったのう。」
......賭け?
「絶対ゴブって名付けるって思ったんだがな。」
「いや、あの子が実は女の子で、リンちゃんって可能性もあったよー。」
「妾はゴンだと思ったのじゃがのう......。」
「いや、そんな安直な......。」
俺がそう言うとみんなから半眼で見られた。
そんな安直な名前を付けたりしませんよ......?
そうだな......例えば......ゴブ......リン......ゴン......いや、それよりもワイアードさんはどんな名前をゴブリンに付けるのか気になるよね!
俺が二人の方に視線を向けると、何やら言いたげな視線が背中に突き刺さる......。
「......ヘヌエスはどうだろうか?」
「へぬえす?」
「あぁ。実は私と愛する者の間に子が出来た時に付けようと思っていた名なのだが......。」
......色々と問題のある名前のようだ。
俺がナレアさん達の方を振り返るとナレアさん達も渋い顔をしている。
「はぬえら、よめ、いる?」
「えぇ。誰よりも愛しい、お互いを想い合っている女性がいるよ。」
......間違いなくヘネイさんの事だろうけど......その紹介でいいのだろうか?
絶対王都に戻ったら大変なことになると思うのだけど......。
「なまえ、へぬえす、いい?」
「えぇ、勿論。私達の子の為に名前を用意する時間はまだあるからね。また新しく考えます。」
「ありがとう、はぬえら。おれ、へぬえす。」
あっさりと名前が決まったようだけど......いや、まぁいいのか。
問題なのはその名前を用意しようとした経緯であって、名前には何の問題もないだろう。
......多分。
「はぬえら、よめ、どんな?」
「とても素敵な女性ですよ。名前をヘネイと言いまして、勿論ヘヌエスにも今度紹介するからね。」
ヘネイさんの名前が出た瞬間、目を見開いたヘイズモットさんが凄い勢いで俺達の方に顔を向ける。
俺達はヘイズモットさんに曖昧な笑みを返すことしかできないが......ナレアさんが肩をすくめると、顔を抑えて俯いたヘイズモットさんががっくりと肩を落とした。
副官として、どうやらかなり苦労をしているようだ。
「へねい、あう、たのしい。」
「えぇ、楽しみにしておいてください。きっとヘネイもヘヌエスの良き友人となってくれるでしょう。早速今日の分の手紙にヘヌエスの事を書いておかなくてはいけませんね。昨日の手紙には不安を煽るといけないので、貴方の事は何も書いていませんでしたから。」
......今日の手紙......昨日の手紙?
毎日ヘネイさん宛に手紙を書いているの......?
......毎日!?
俺は反芻した事実に衝撃を受け、思わずヘイズモットさんの顔を見るが......その表情は物悲しいというか苦々しいというか、それでいて諦念の混ざった複雑な色を醸し出していた。
「てがみ、なに?」
「手紙と言うのは、近況を伝えたり、愛を綴ったりする素晴らしい物だよ。遠方にいる相手に言葉を届け、書く人も読む人もお互いの存在を近くに感じられる、そう言った代物のことだ。」
間違ってはいない......手紙とはそういう物だと俺も思う。
思うのだけど......何かが決定的に間違っている気もする。
「てがみ、おもしろい。おれ、つくる。」
「えぇ、貴方にもいつか手紙を送る大事な人が出来る事でしょう。その時の為にもしっかりと文字を勉強する必要がある。」
「まなぶ、たくさん。たのしい。」
とても楽しそうに語る二人だけど......ワイアードさんにゴブリン......ヘヌエス君の教育を任せていい物だろうか......いや、二人とも物凄くいい人なのは間違いないけど......決定的に間違った人選のような気がしないでもない......。
「まぁ、ケイの心配も分からぬではないのじゃ。言っている事は間違っていないのにやっている事は間違いだらけじゃからな。」
「あはは、まぁ......ちょっと大変だよねぇ。ヘネイさんも。」
俺は何も言っていないけど......ナレアさんとリィリさんが苦笑しながらワイアードさん達を見ている。
ヘヌエス君の学習能力の高さと素直さが、ワイアードさんのアレな部分に影響を受けなければいいけど......普段のワイアードさんは素晴らしい人物だと思うので、そっちは大いに吸収してもらいたいと思う。
一般常識......いや、とある一部分についてのみ、ヘイズモットさんに教えてもらう方が良いかもしれない。
「言葉、文字、常識......私の従者としてこの辺りは早めに覚える必要がある。最初は大変だと思いますが、がんばりましょう。」
「おれ、がんばる。」
「その意気だ。」
ヘヌエス君の言葉にいつも通りの爽やかな笑みを浮かべるワイアードさん。
本当に、凄くいい人なんだけどなぁ......。
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