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7章 西への旅路
第356話 指名依頼
しおりを挟む「ナレア様のお話を聞いた限りでは、魔物として討伐するのは早計でしょうか?」
「難しい所じゃな。魔物には違いないからのう......絶対に危険が無いとは言い切れぬのじゃ。理知を備えるからと言って言葉を話すというわけでは無いからのう。多少強力であっても討伐すれば終わりという魔物の方が正直話は楽じゃろうな。」
ワイアードさんの質問にナレアさんが答える。
理知を備えているとなると、扱いが難しいのはアースさんの件でも感じた事だ。
母さんの神域周辺の森で過ごしていたグルフや黒土の森にいた蛇の魔物なんかは人里から遠く離れ、人と関わることが無かったから問題は特に起きなかった。
しかし今回の魔物は違う。
人里近く......いや、人里まで入り込んでしまっているのだ。
代価を置いて行っているとは言え、野菜を勝手に持って行っている事には変わりなく、人間であれば捕まって罰せられるだろう。
まぁ、魔物の場合は人のルールを知らないのだから一考の余地はあるかも知れないけど......でも普通人里に侵入した魔物は討伐対象だ。
唯の魔物であったなら倒すだけで良かったと言うナレアさんの言葉が、如実に今回の件の厄介さを物語っている。
「まずは魔物を見つけない事には話にならないですね......レギ殿のお話では対象の魔物はゴブリンで、比較的森の浅い部分に生息しているとのことでしたが......この三日間でかなりの範囲を探索したと思うのですが未だ発見には至っておりません。」
「見つけることが出来たのは採取の痕跡だけということじゃな......。」
「恐らく大勢の人が森に入ったことで逃げたか、隠れているかという所でしょうね。」
ナレアさんとレギさんの話を聞き、ワイアードさんが身体を椅子の背もたれに預ける。
「やはり難しいですね......私達は鎧を身に着けていますし......森に入っての探索には向いていないと思います。やはり冒険者を雇う必要がありますね。」
「部隊に斥候や軽歩兵はおらぬのかの?」
「全くいない訳ではありませんが、少人数で森に入れるほどの練度が無いので......。」
そう言ってワイアードさんは表情を曇らせる。
今の所、少々の野菜被害しか出ていないとは言え、いつまでもそうとは限らない。
早い所問題を解決したいワイアードさんにとっては、最も厄介な相手と言えるかもしれないな。
「部隊長、具申してもよろしいでしょうか?」
ヘイズモットさんとは逆隣りにいる騎士の方がワイアードさんに尋ねる。
「聞かせてくれ。」
「はっ!部隊の者では対処がしにくいと言うのは分かりました。そして冒険者の力が必要だという事も......であるならばこちらの方々に手を貸していただくと言うのは出来ないのでしょうか?お話を聞くに部隊長とは旧知の間柄のようですし、腕も立つように感じられます。今から冒険者ギルドに依頼を出し、冒険者を派遣してもらうよりよほどいいと思いますが。」
「......。」
部下の方の意見を聞き、ワイアードさんは目を瞑って少し苦し気にする。
先程ここに来る前もそうだったけど、ワイアードさんはかなり気を使っていると言うか......遠慮している感じだね。
「ほほ、ハヌエラよ。先ほどと全く同じじゃぞ?」
「......ですが。」
「ハヌエラ。妾達は冒険者じゃ。まぁ、あまり依頼を受けぬ類の冒険者じゃが......いや、レギ殿は依頼を受けるのを至上の喜びとしておったな。」
レギさんが何やら言いたげにしているが、ワイアードさん達の前で声を荒げたりすることはないようだ。
しかしワイアードさんはそんなレギさんの様子を気にすることもなく、机の上で手を組んで悩んでいる。
俺達、というよりもナレアさんに気を使っているのだと思うけど......ワイアードさんにとって、ナレアさんは一体どういう存在なのだろうか......?
「......ケイン。」
「はっ!」
ケイン呼ばれた騎士が立ち上がり敬礼をする。
以前見た右手を胸に当てる敬礼だ。
「近くの冒険者ギルドに依頼を出してくれ。内容は森での魔物の探索。恐らく相手はゴブリンだ。」
「はっ!」
ワイアードさんがギルドへ依頼を出す様に命令する。
俺達には頼まないってことか......。
ちらりとナレアさんの方を見たが、特に気にしていないようで平然とワイアードさんの言葉を聞いている。
「それともう一つ。事後報告となってしまうが、上級冒険者であるナレア様一行に直接依頼を出して既に受諾して貰っている。依頼料は追って振り込むと。」
「承知いたしました!すぐに伝令を走らせます!失礼いたします!」
俺達は急ぎ天幕から出ていくケインさんの後ろ姿を見送った後、ワイアードさんへと向き直る。
「申し訳ありません、ナレア様。情報を教えて頂いた恩を返すことも出来ず、さらに面倒に巻き込んでしまい......。」
「ほほ、妾達に依頼をする前に受諾したとギルドに報告させておるではないか。」
神妙な顔で謝るワイアードさんにナレアさんが冗談めかした様子で答える。
するとワイアードさんが、一瞬苦笑するように眉尻を下げ......。
「ははっ。申し訳ありません。ですが、ナレア様達に依頼を受けてもらわないと困りますので。指名依頼を既に受けたと報告しているのに、断りませんよね?」
そう言って爽やかな笑みを浮かべる。
「まぁ、先手を打たれてしまったからのう......しかし妾の一行と言っておったが、妾達はギルドを通して一緒に依頼を受けた事は無いのじゃ。ギルドからすれば何のことやらと言った感じじゃと思うがのう。」
「そうなのですか?」
「うむ。それで、レギ殿、リィリ、ケイ。すまぬが、この性悪の策略に嵌ってしまって一つ依頼を受けねばならなくなったのじゃ。もしなんじゃったら近場の村にでも行って休んでおいてくれてもいいのじゃが......。」
「いえ、手伝いますよ?」
何故かナレアさんが俺達に遠慮するようなことを言いだしたので、手伝いを申し出る。
俺の言葉にレギさんとリィリさんも頷いている。
ここでナレアさんだけを送り出す意味は全くないよね?
「そうか、すまぬのう。度々付き合わせてしまって。」
「いや、水臭いですよ。」
「うんうん、ナレアちゃんだけに任せるわけないじゃない!」
俺とリィリさんの言葉にナレアさんが微笑む。
何故かワイアードさんも俺達の様子を見て嬉しそうにしているね。
そんなワイアードさんの様子に気付いたのか、ナレアさんが咳払いをして依頼について話を始める。
「そういうわけで、依頼料は四人分で頼むのじゃ。」
「承知いたしました。」
ワイアードさんの返事にナレアさんは軽く頷くと、表情を険しい物に変えた。
「それでじゃ。今回の依頼、どう決着をつけるのじゃ?」
ナレアさんの言葉にワイアードさんも真剣な表情に変わる。
「相手がレギ殿の予想通りゴブリンじゃったとして、さらにそのゴブリンが理知を備えていた場合、どうして欲しいのじゃ?人里には近づかぬように説得するのか、人との関わり方を模索するのか、龍王国から追放するのか......それとも処分するのか。」
ワイアードさんが机の上で手を組み真剣な表情で考え込む。
時間にして数十秒、顔を上げたワイアードさんが口を開いた。
「正直、ゴブリンについて、私には判断出来かねます。今はまだ相手の事も分かっていませんし......現時点で答えを出すのは早計というものかと。ですが、ナレア様達への依頼内容については既に答えは出ております。そのゴブリンと私達を引き合わせてください。出来れば手荒な方法ではなく......厄介な依頼だとは思いますが......お願い出来るでしょうか?」
「ほほ、とりあえずは悪くない依頼じゃな。いいじゃろう、その依頼妾達が引き受けるのじゃ。じゃが、流石に騎士団のいる野営地に連れてくるのはやめた方が良いじゃろうな。森の中、そちらは少人数で来てもらえるかの?」
「承知いたしました。その場にナレア様達がいるのでしたら護衛は必要ないでしょう。私とヘイズモットの二人で向かわせていただきます。」
「それは構わぬが......そう言えば先程も村に話を聞きに行ったと言っておったが、部隊長と副官が二人で部隊を離れて大丈夫なのかの?」
「はい、問題ありません。先程までいたケインもあの事件以降、私の副官として働いているので、彼が残れば大丈夫です。」
「なるほど、余計な心配じゃったな。では妾達は早速行動を開始するとするかのう。とりあえずゴブリンが見つからなかったとしても三日後には一度戻ってくるのじゃ。」
「承知いたしました。よろしくお願いします。」
「うむ......それでは今日までのそちらの捜索情報を共有してもらえるかの?」
「ヘイズモット、地図を。」
「はっ!こちらをご覧ください。」
そう言ってヘイズモットさんが出した地図を俺達は覗き込む。
ワイアードさん達の説明を聞きながら、俺はこっそりとファラにグルフを連れて森に先行するように頼んでおいた。
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