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7章 西への旅路
第321話 不逞の輩
しおりを挟むレギさんの作った木彫りの人形を手に取りながらレーアさんが話を続ける。
「グラニダ領内には軍の巡回があるおかげで討伐も速やかに行われることが多く、魔物の数自体はそこまで多くないのですが......それでも少なからず魔物による被害が出ることはあります。そう言った時に民が知識として魔物の生態を知っていれば、被害を抑えることが出来るかもしれません。ですが、民の多くは文字が読めないので......情報を広めようにも中々難しいものがあるのですよ。」
「なるほどのう。確かにそう言った問題はグラニダだけではなく、西方でも言われておることじゃな。」
「そうだな。まぁ、西方には冒険者ギルドがあるからな。比較的そう言った情報は出まわっちゃいるが......それでも村が魔物に襲われたって依頼があった時、いざ赴いてみたら、聞いていた魔物と全然違う魔物だったってことは少なからずある。」
「グラニダでも公的機関としてそう言った仕事を斡旋する事業を始めております。まだ日雇いの公共事業を斡旋する程度ではあるようですが、カザンが目指しているのは西方にある冒険者ギルドを公的機関として運営する事。いずれは魔物の討伐等の仕事も発布されていくでしょう。その時により正確な情報を求める為にも、こういった魔物の特徴を分かりやすく教える事の出来る木彫りの人形は大変有効だと思います。木彫りを大量に作ることで雇用の創出にもなりますし。」
「......なるほど。」
確かに、文章だけよりも絵のついた説明の方が。
そして絵よりも立体模型の方が説明をしやすいし、脅威も分かりやすい。
何より実際に手に取って触ることで記憶にも残りやすいだろう。
普段はふわっとした雰囲気のレーアさんだけど、やっぱり領主の奥さんとしてカザン君のお父さんを支えてきただけのことはある。
レギさんのデフォルメ木彫り人形を見ただけで、領民の事や雇用の事まで考えていくなんて......。
「レギ殿さえよろしければ、この木彫りの人形の販売を......いえ、カザンとこの件について話してもらえないでしょうか?斡旋事業についてはカザンが主として進めておりますので。」
「え、えぇ。私としては構いませんが。」
「よろしくお願いします。」
一度頭を下げたレーアさんが顔を上げると、そこにはいつも通りの柔和な笑みを浮かべたレーアさんがいた。
「まぁ、私程度が思いつくことですので、カザンやエルファン卿がこの人形を見たらもっといい案を出すかもしれませんね。」
微笑むレーアさんだけど......エルファン卿はともかくカザン君の事は自慢の息子って感じで言っているね......エルファン卿はついでっぽい。
「カザンは優秀じゃからのう。グラニダの今後が楽しみじゃ。」
「えぇ、本当に......。」
本当に嬉しそうに微笑むレーアさんだったが、俺達が生暖かい目で見ているのに気付き一度咳ばらいをすると話題を変えてくる。
「ところで、皆様はどの程度ここには居られるのですか?」
「ふむ、特に決めてはおらぬが......ケイ、どうするのじゃ?」
「えーっと、そうですね。特に急ぐ必要はないので......ご迷惑でなければしばらく滞在させていただけますか?」
「迷惑だなんてそんな......寧ろ、カザンやノーラがはしゃぎ過ぎてご迷惑をおかけしないか心配なくらいですわ。大したおもてなしは出来ませんが、ゆっくりしていってください。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」
「ケイ兄様!ずっと、ずっと居てもいいのです!」
「ありがとうノーラちゃん。」
俺の隣にいれば頭を撫でたい所だけど、残念ながらノーラちゃんはリィリさんとナレアさんに挟まれて座っているので少々遠い。
レーアさんはともかく、ノーラちゃんは社交辞令ではなく本気で言ってそうだな。
まぁ、俺達が黒土の森に向けて出発した時も非常に寂しそうにしていたし、リィリさんやナレアさんへの懐きっぷりを見るに仕方ないのかもしれないけどね......。
終始ニコニコとしているノーラちゃんを挟みつつ、俺達は黒土の森で見た景色や動植物、魔物の事なんかを話しながら時間を過ごした。
「私に客ですか?そのような約束は無かったと思いますが。」
「えぇ。約束はないけれどあなたと話がしたいと。」
強化した聴覚が扉を隔て更にまだかなり遠く、恐らく玄関ホールにいる二人の会話を拾ってくる。
「なるほど......商人の売り込みとかですかね?」
「どうでしょう?私には商人には見えませんでしたが......。」
言わずもがな、カザン君とレーアさんの会話だ。
日もすっかり落ちた頃、カザン君が館へと帰ってきたのだが......俺達の事は告げずに客が来ているとだけレーアさんが伝えている。
「そうですか......まぁ、近いうちに空いている時間を伝えておきましょう。暫くは会うのは無理だと思いますが。」
「......?今日は会わないのですか?」
「流石に日も暮れていますし、今から呼び出すことも無いでしょう。それとも火急の要件と言っていましたか?」
「......あぁ、そういう事ですか。カザン、客人方は昼頃に来られましたが、ずっと応接室でお待ちになっていますよ。」
「館の中に招き入れているのですか!?警備はどうなっているのですか!?」
まぁ、確かに......普通いつ戻ってくる分からない人に会いに来た人を、家の中で待たせたりしないよね。
「落ち着きなさい、カザン。私が招き入れたのです。」
「......母様。私への客人を無下にすることは出来ないというお考えは分かりますが......今はまだ領都内も完全に味方だけではありません。万が一にも不逞の輩が母様やノーラを害するようなことがあってはなりません。今暫くは慎重になさってください。」
「そうねぇ......ごめんなさい。軽率だったわ。では皆様にはお帰り頂きましょう。」
レーアさん滅茶苦茶楽しんでいるな......。
流石に表情までは見えないけど......ニヤニヤするのを堪えてそうだな。
「いえ......今更と言いますか......半日以上も待たせているわけですから流石にそれは......それにしても、何故私に連絡を寄越してくださらなかったのですか?」
「流石に呼び立てるわけにはって遠慮されたのよ。」
「いえ、いくら何でも突然来た客人を優先することは無いと思いますが、連絡だけでもいただければ、まだどうするか伝えることも出来たと思いますが......。」
「本当に優先しないかしら......。」
「......?母様、今何かおっしゃいましたか?」
「いえ、でもそうね。ごめんなさい。」
「あー、いえ、すみません。母様も私を慮って連絡するのをやめたのでしょうから、文句ばかり言うべきではありませんでした。そもそも領主に約束無しで会おうとする方がおかしいのですから、文句はその人に言いましょう......あれ?そう言えば皆様と先ほどおっしゃっていましたが、何人なのですか?」
何度も謝られたカザン君が少し冷静になったのか、気まずそうな声音で言う。
それにしても文句か......何を言われるか楽しみにしておこう、不逞の輩だしね。
「四名よ。」
「よ、四?それはまた随分と大人数ですね......護衛を手配した方が良さそうですね、一人二人では心もとない。」
「そうねぇ......きっと後悔すると思うわ。」
レーアさんの言う後悔って護衛を連れて来た場合に後悔するって意味ですよね?
「後悔?えっと、どういうことでしょうか?」
「深い意味はありません。」
いや、滅茶苦茶意味ありげですよ......。
これでもかって言うくらい楽しんでいるのが伝わってくるな。
逆にカザン君からは困惑しか伝わってこない。
「それと、護衛ですが私の方で既に手配済みです。」
「そうでしたか。それはそうですよね......昼からいたのだったら既に手配していて当然でした。」
カザン君......その手配って、護衛はいらないよって内容だと思うよ。
「えぇ、その辺は抜かりなく。このまま向かいますか?」
「そうですね。相対しない事には相手の狙いも分かりませんし、行ってまいります。ノーラの事は......そういえば、ノーラはどうしました?」
「ノーラでしたら部屋でのんびりしていると思いますよ。」
そうですね、俺達のいる部屋でのんびりしていますよ。
「そうなのですか?寝るにはまだ少し早いと思っていましたが。」
ノーラちゃんの出迎えが無いことを疑問に思っている感じかな?
残念ながら、ノーラちゃんはこの部屋でワクワクしながらカザン君が来るのを待っていますよ。
のんびりというか......若干興奮気味な気もするけど、
「昼に少しはしゃいでいましたからね。」
「へぇ、そうでしたか。何かあったのですか?」
「それはノーラが自分で説明したがると思うので、私からは何も......。」
「なるほど、わかりました。明日を楽しみにしておきます。」
うん、多分数分後には分かるのではないかな?
「あ、手配していた護衛が来ましたね。」
「トールキン?何故わざわざ彼を......?」
「トールキン衛士長であれば何があっても問題ありませんから。」
あぁ、なるほど......護衛を遠ざける手配かと思っていたけど、俺達と顔を合わせる時にいても問題ない護衛を手配したってことだったのか。
カザン君と俺達の関係を知っていますからね。
うっかりカザン君が年相応の態度を取ってもスルーしてくれるだろうしね。
しかし、レーアさんここまで嘘は一回も言っていないな。
偶に本音が漏れていたけど......それすらも楽しんでいる感じだ。
女の人怖い......。
「しかし......いえ、ありがとうございます。母様の御配慮に感謝いたします。トールキン、頼むぞ。」
「はっ!」
でもトールキン衛士長は密偵だからな......客として通されている人の素性を調べないはずはないよね?
その辺カザン君が確認した場合は......問題ないのだろうか?
まぁ応接室はそんなに遠くないし大丈夫なのかな?
「トールキン。応接室に来ている者達について情報はあるか?」
うん、そりゃ確認するよね。
「はい。ある程度の素性は把握しております。ここに来た目的までは分かりませんが、推測はあります。」
「聞かせてくれるか?」
「カザン様に会いに来たのだと思います。」
「私に?まぁ、それは確かにそうだろうが......会う事以外の目的はないと?」
「現時点ではそうだと言えます。」
「ふむ......それは会ったことによって何か起こるということか?それともただの顔合わせということか?」
「......彼ら自身にそこまで深い理由はないかと。」
「不明瞭だが......まぁ、お前があまり警戒していないという事は、問題のある相手ではなさそうだ。意図については......会って確かめるのが一番か。」
「それがよろしいかと。」
......これは、トールキン衛士長もグルだな。
色々はぐらかしている感じがする。
「それで素性の方......?」
「はっ。問題ありません。」
「......?」
「......。」
「......それだけか?」
「はい。現時点では。」
「......そうか。」
「必要でしたら詳細を調査いたしますが。」
「......そうだな。会ってみて必要性を感じたら頼む。」
「承知いたしました。」
若干カザン君が面を食らった感じだったけど......トールキン衛士長が強引に押し切った感じだ。
そして丁度応接室の前に着いたようだ。
扉がノックされてトールキン衛士長の声がかかる。
「カザン様がお見えになりました。」
「はーい。」
呼びかけにノーラちゃんが返事をする。
「......ノーラ?」
扉の向こうでカザン君が呟く。
しかしそれを確認する暇を与えずトールキン衛士長が扉を開いた。
扉が開かれた以上、カザン君は入室しない訳にはいかない。
おすまし顔のカザン君がゆっくりと入室しきて、ニヤニヤしている俺達の顔を見た瞬間目を丸くした。
「どうも、不逞の輩です。」
とりあえず、こちらから挨拶することにした。
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