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6章 黒土の森
第310話 結果は予想通り、効果は上々
しおりを挟む『勝っても負けても恨みっこ無しですぞ!神子殿!』
『然り!圧倒的実力差に涙はしても落ち込むことはありませぬ!』
『寧ろ伸びしろしかない事を喜ばしく考えるのです。それが第一歩となりましょう!』
この子達の自信は何処から湧いてくるのだろうか?
とりあえず泉のようにどころか間欠泉のように湧いて来ているよね?
今の所その実力の片鱗すら見せて貰えていないけど......まぁ、油断はしない。
昨日の霧狐さんとの戦闘で幻惑魔法の厄介さは身に染みているからね。
今の所、先制攻撃が上手くいっているだけだ。
俺は前の二戦よりも距離をあけて三人と対峙する。
今回は三人の位置からナレアさんの動きがずっと見えるような位置取りだ。
普段であれば後衛の姿を無防備に晒したりはしない。
ある意味相手を舐めているとも取れる位置取りだが、彼らにはナレアさんの動きを目に入れておいて貰いたい。
そうでないと、いつまで経っても強化魔法とは別の方法で攻撃されたという事実を認めようとしない気がしたのだ。
そう思って通常あり得ないくらいナレアさんへの射線を開けたのだが......彼ら三人の目は俺をロックオンして離さない。
俺は霧狐さんの方を見る。
恐らく、今の俺の表情は物凄く情けない感じだと思う。
俺の視線を受けた霧狐さんは天を仰ぎ見るように上を向く。
釣られて俺も上を向く。
そこに広がるのは無機質な洞窟の天井ではなく、幻によって作られた青空だ。
幻だと理解しているにも拘らず、非常に気持ちの良い青空。
このまま色々なことを忘れてぼーっと空を見つめて過ごしたい。
ふと対峙している三人に目を移すと、俺に釣られたのか三人とも天井を見上げていた。
なんかほのぼのとする光景だ。
その上に向かってピンと伸びた顎から首、胸までを撫でたい衝動に駆られる。
しかしそんな時間も霧狐さんの一言で終わりを告げる。
『双方構え!』
慌てて三人は招き猫のポーズに戻る。
今回の俺は前回のように腰を落とさずに直立したまま腕を組む、恐らく後方ではナレアさんが構えを取っているだろう。
完全に相手を舐めている感じのポーズだが......今回俺はとりあえず攻撃しないよと言うアピールなので許して頂きたい。
逆にナレアさんは仰々しいポーズをとっているかもしれないね。
残念ながら、先程の試合の時のような俯瞰して周囲を把握できるような感覚は訪れない。
出来ればあの感覚のまま自分で戦闘をしてみたいものだ......さっきはナレアさんに射線を譲っただけだったしね。
『......始め!』
三度目の試合が始まった。
同時に俺は地面を軽く蹴り、ほんの少しだけ横に移動する。
因みに腕は組んだままだ。
攻撃する様子の無い俺を見て、彼らに浮かんだ感情は怒りか、それとも安堵か......。
ナレアさんは先程、土で攻撃すると言った。
だが開始の直後に仕掛けるのではなく、先程よりも一呼吸置いたタイミングで放つようだ。
さて、ナレアさんはどんな攻撃を仕掛けるだろうか?
一撃で決めるなら石牢か石槍、落とし穴。
牽制するなら石弾か地面の泥化......石壁あたりだろうか?
今回俺はいつもより距離を取っている。
ナレアさんの邪魔をしない......というか大規模な攻撃に巻き込まれない様にといった意図だったけど......そんなことを考えていたら爪牙参の姿が視界から消えた。
さらに次の瞬間凄い勢いで地面が盛り上がり、その上に立っていた爪牙弐が跳ね飛ばされた。
『『ぬああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!』』
『なっ!?』
爪牙参が消えたのは幻惑魔法ではなさそうだ。
よく見ると爪牙参のいた場所に穴が開いている。
間違いなくナレアさんが落とし穴に爪牙参を落としたのだろう。
悲鳴も二人分聞こえたし......残された爪牙壱は目を剥き出しにして......消えた二人を探しているような......。
......よし。
俺は一息に未だ茫然自失と言った感じの爪牙壱へと近づく。
急速に近づいた俺を迎撃するわけでもなく、俺、そして消えた二人のいた場所を順番に見ている。
『こ、これは一体何が!?』
「当然、私達......正確に言えば、私の仲間が行った攻撃です。」
いや、流石にそれは分かっていると思うけど......とりあえずもう少し落ち着いてもらいたい。
『そ、それは見れば分かる!い、いや、分からぬ!どういった攻撃なのかと!?』
「それを私がわざわざ説明してあげる義理はありませんが......まぁ、魔法ですよ。」
『馬鹿な!強化魔法とは自らの肉体の性能を強化する物であるはず!こ、このように石を隆起させたり、穴を......穴!?お、落ちたのか!?大丈夫かー?』
動転し過ぎて穴に気付いてなかったのか......しかし、近づいて分かったけどこの穴かなり深いぞ?
爪牙参は大丈夫だろうか?
俺も若干心配になり爪牙壱と一緒に穴を覗き込んでいたのだが、微かに念話で大丈夫と言う声が聞こえてきて安心した。
『ひ、卑怯ではないか!このようなもの聞いておらぬぞ!』
「いや、戦いにおいて自分達の情報を秘匿するのは当然じゃないですか。」
『そ、それは......だが、しかし!』
「寧ろ幻惑魔法こそ、そう言ったことが得意なのでは?」
秘匿して不意をつくっていう戦い方は幻惑魔法の十八番だと思う。
『愚弄するか!?』
急に激昂する爪牙壱。
さっきから興奮気味だったけど様子が違うな。
「愚弄?寧ろその言葉こそ愚弄していると思うけど......情報の秘匿や奇襲は戦闘において褒められこそすれ、蔑まれる部分は一つもないと思いますが。」
『......。』
何やら苦々しい表情をしている爪牙壱。
何を気にしているのかは分からないけど、話を進めさせてもらおう。
「戦いの中で相手の情報を明らかにしていく......能力を考察するのは大事な事だと私は考えています。そして戦う相手として、偽装、隠蔽を高水準で行うことのできる幻惑魔法は本当に素晴らしい魔法だと私は考えています。」
『その通りだ......浅慮な物言いであった。申し訳ない。』
落ち着いたのか頭を下げてくる爪牙壱。
思いのほか素直だけど......三人揃うと駄目なのか?
まぁ群れると気が大きくなるってのは珍しいことじゃないけど......。
「お気になさらず。それで......先ほどの攻撃ですが、貴方達の知識の中にあるはずです。」
ありますよね?と言った意味を込めて霧狐さんの方を見ると、霧狐さんはゆっくりと頷いた。
考え込むように俯いた爪牙壱を見ていると、傍にあった大穴から音が聞こえてきた。
覗き込んでみると地面がせり上がってきていた。
当然その上には爪牙参が乗っている。
若干きょどっているけど、怪我は無さそうだね。
更に跳ね飛ばされた爪牙弐も戻って来たようだ。
『『......。』』
戻って来た二人は訝し気に爪牙壱の様子を見ているが......本人たちもかなり大人しい感じだね。
流石に偶然だなんだという気はないようだ。
顔を上げた爪牙壱は二人が戻って来たことに今気づいたようで、若干安心したようにため息をついた後こちらに向き直る。
『神子ど......神子様。先程......いや、先程までの一連の攻撃は応龍様の加護による魔法の物で間違いないでしょうか?』
どうやら正解に辿り着けたようだ。
先程までの尊大な雰囲気が大分鳴りを潜め、真摯な雰囲気を感じる。
俺が正解だと言うの様に頷くと、少し考えるようなそぶりを見せた爪牙壱が改めて口を開く。
いや、念話だから口は開いてないけど。
『仕切り直し......いえ、もう一度お手合わせして頂いてもいいでしょうか?』
「えぇ、構いませんよ。」
『感謝いたします。それともう一つ......少し時間をいただいてもいいですか?』
「えぇ、勿論。」
俺は爪牙壱の申し出を受け入れると振り返ってナレアさんの元に戻る。
これからが試合の本番かなぁ?
そんなことを考えながら肩に乗っているマナスをぷにぷにと揉む。
そろそろマナスの出番がありそうだよ。
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