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6章 黒土の森

第302話 手ほどき

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『ケイ様、くれぐれもお気を付けください。それと、危険だと思った時は介入させていただきます。』

「いや、シャル。これは模擬戦だからね?多少の事は目を瞑って......。」

『申し訳ございません。いくらケイ様のお言葉とは言え、これだけは譲ることが出来ません。出来る限りケイ様の御意思は尊重したいと考えておりますが......後でどのような叱責を受けることになろうとも危険を感じた際には介入いたします。』

真っ直ぐこちらを見つめてくるシャルの目を見て説得は不可能だと悟る。
俺はこれからナレアさん、マナスと共に霧狐さん相手に模擬戦を行う。
シャルが心配する気持ちはよく分かる。
霧狐さんはシャルと同格かそれ以上、間違いなく俺達が戦える相手ではない。
俺としては実力差がかなりあるからこそ模擬戦も危険が少ないと思うけど......送り出す側としては気が気ではないのだろう。

「......分かったよ。でもこれは訓練だからね......なるべく我慢してくれた方が助かるな。」

『承知いたしました。』

何一つ見落としはしないといった強烈な意思を感じさせる眼差しで、こちらを見返すシャル。
若干苦笑しながらシャルの頭を軽く撫で、俺は既に霧狐さんと相対しているナレアさんに並んだ。

「マナスの本体はケイと一緒に最前線に出てもらうして、妾の方にも分体は置いておいてくれるかの?」

「えぇ、そのまま肩に乗せておいてください。」

ナレアさんの肩の上でぷるぷるとアピールしているマナスの分体を右手でむにむにと揉んだ後、霧狐さんに向き直る。

「お待たせしました、霧狐さん。よろしくお願いします。」

『はい......幻惑魔法の組み立てですが、先程の模擬戦と同じように徐々に変化を見せていく感じでよろしいでしょうか?』

「はい。それでお願いします。」

『承知いたしました。』

霧狐さんが俺に対して一礼した後、少し距離を開ける。
十分に距離を取ってからこちらを振り返った霧狐さん。
その姿を確認した俺はレギさんの方を見る。

「それでは、俺の合図で模擬戦を始める。双方準備はいいか?」

レギさんの確認に俺とナレアさん、霧狐さんが頷く。
それを見たレギさんが右手を上げ......。

「始め!」

レギさんの掛け声と共に俺は軽く腰を落として訓練用のナイフを構える。
俺の左肩にいるマナス、そして後ろにいるナレアさんからも緊張感が伝わってくる......気がしないでもない。
そんな俺達の目の前で、先程のシャルとの模擬戦の始まりと同じように霧狐さんがその姿を消していく。
それに合わせて俺は弱体魔法を発動して感覚を魔力視に切り替える。
先程まで霧狐さんが立っていた位置に青い魔力の反応がある......どうやらまだ動かないようだ。
視界を元に戻して何もない空間を見つめる。
うん......対峙して見ても全く分からないね。
再び魔力視に切り替えて霧狐さんの位置を探る......場所はまだ変わっていない。
そのまま俺は出来る限り素早く感覚の切り替えを行ってみる......やはりシャルが教えてくれたように一瞬ごとに感覚を切り替えるのは、俺にはまだ無理だ。
一回切り替えるのに一秒は掛からないけど......一秒間に二周は無理だ。

「マナスどう?」

感覚を元に戻したタイミングでマナスに聞いてみる。
視線は勿論幻惑魔法の反応のある前方を見据えたままだ。
肩にいるマナスから否定の意思が伝わって来た気がする。
マナスのほうもまだ感覚が掴めていないようだね。
俺は俺で出来る限り丁寧に素早く、感覚を切り替える練習を続ける。
やがてゆっくりと回り込むように霧狐さんが移動を開始した。
流石にこの程度の動きであれば、今の俺でも追うことが出来る。

「ケイ。どうじゃ?」

「......前方、二十歩程の距離で円を描くように回り込んで来ています。」

俺がナレアさんに霧狐さんの動きを伝えた瞬間、霧狐さんの動きが変化する。
そりゃね......自分がどう動いているかを把握されたにも拘らず、そのまま同じ動きを続ける理由はない。

「動きが変わりました!進む方角を逆に切り替えて......あ、いや、更に方向を......!」

「ケイ落ち着くのじゃ!口に出さずとも良い、暫くは指で指してくれればよいのじゃ!」

うん......慌てるのは良くないですね。
俺は霧狐さんのいる位置を指し示しながら感覚の切り替えに意識を向ける。
今の霧狐さんは俺の指から逃れる様に、左右に軽くステップを踏むといった速度で動いている。
その距離はおそよ十メートルといった所だろうか?
これ以上霧狐さんの動きが早くなったら追うのは厳しいかもしれない......。
左手で霧狐さんの動きを指しながら右手で訓練用のナイフを構える。
霧狐さんが三メートル程の距離まで近づいて来た時点で俺は指で追うのを止めてナイフで斬りかかった。

「......っ!」

まずい......攻撃しながら感覚を切り替えるのはちょっと無理があった!
なんとも言えない中途半端な斬り上げを行ってしまった俺はすぐに霧狐さんの避けた方向に薙ぎ払いを放とうとしてが......がら空きになっていた右脇腹に強い衝撃を受けて体勢を崩してしまう。
急いで五感を切り替え幻惑魔法の魔力を探すと、既にナイフを持つ手とは逆......左手側に回り込んでいる青い魔力を発見する。
今は体勢が悪く、回避もカウンターも出来そうにない!
せめて体を捻って霧狐さんの攻撃を受け流そうとしたがそれよりも一瞬早く、肩に乗っていたマナスが身体を伸ばして攻撃を仕掛けた。
マナスの攻撃は当たらなかったようだが、俺は急いで霧狐さんから距離を取り弱体魔法を発動する。
既に霧狐さんは場所を変えて、少し俺から距離を取りながら回り込むように移動して来ている。
霧狐さん動きはかなり手加減されたものだけど、今の俺は対応でいっぱいいっぱい......いや、若干対応の上を行かれている。
本当に稽古をつけられている感じで助かるけど......今はそれに感謝する余裕は全くない!

「ナレアさん!」

俺が名前を呼びながら指で霧狐さんのいる位置を指すと、間髪入れずにナレアさんが魔力弾を放ってくれる。
......幻惑魔法は感知できるのに、魔力弾の魔力は五感を殺した状態だと感じ取ることが出来ないのか。
ナレアさんは霧狐さんの正確な位置は把握できていないから、俺の指示に従ってその辺りを撃ってくれたのだがかなりいい位置に撃ってくれた。
ナレアさんの魔力弾によって行動を阻害され、動きを止めた霧狐さんから離れる様に移動する。
マナスの反応を見るにまだマナスは霧狐さんの位置が分からないみたいだ。
さっき攻撃してくれたのは、俺の動きを見て牽制してくれた感じみたいだね。

「これはキツイな......。」

出来る限り素早く視界を切り替えているせいか、若干目の前がちかちかする......。

「マナス、俺が霧狐さんのいる方角を教えるからマナスはそれを目安に判断して!」

俺は肩に乗っているマナスを掴むとナイフを持っていない方の手に乗せて前へと突き出す。
この先に霧狐さんが姿を消している。
マナスはまだ感覚が掴めていないみたいだから知覚範囲をある程度方向を指示してサポートしてみる。
ナレアさんによって少しだけ足止めをされた霧狐さんだったが、すぐに立て直してこちらに向かってくる。
俺はマナスをかざすように突き出しながら霧狐さんの動きを追う。
これはどう考えても明日いきなり本番じゃなくってよかったな......対応出来る自信がない。

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