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6章 黒土の森
第295話 仙狐の頼み
しおりを挟む仙狐様の後を追い、先程仙狐様と話していた場所まで戻ってきた。
『加護を与える前に一つ聞きたいことがある。』
俺の事を正面に見据えながら仙狐様が言ってくる。
なんだろうか?
『ここに来た時。私の魔法を消したな?』
......しまった......仙狐様が何も言わなかったからすっかり忘れていた。
かなりまずい気が......。
『緊張する必要は無い。ただ興味があるだけだ。』
怒ってはいない、のか?
それにしても......仙狐様は知識欲が凄く強い気がするな。
『秘するというならそれでも構わないが。』
仙狐様はそう言っているけど耳がペタンと折れて、なんとなくしょんぼりしている気がする。
「いえ、特に秘密にするようなことではないですよ。」
......って安請け合いしたけど......ナレアさん辺りに怒られそうだな。
まぁ、でも......うん、問題はないと思う。
怒られはするけど、別に反対はされないだろうしね。
『そうか。』
仙狐様の耳がピンと立つ。
うん、嬉しそうだ。
後可愛い。
『......そんな風に言われたのは初めてだ。』
「す......すみません。」
不敬だとは思うけど......流石にそこまで心を制御出来ない......。
『気にするな。』
「......はい。」
俺はこの短い間に何回仙狐様に気にしない様にと言われただろうか......?
『四度だ。』
......すみません。
『それは良い。それよりもどうやって私の魔法を破ったのかを聞きたい。』
「はい。仙狐様の幻惑魔法を破ったのは私ではなく、私の眷属です。」
そう言って俺が掌を上に向ける。
すると、袖口からするっと出て来たマナスが掌の上で丸くなる。
「マナスと言います。種族は......。」
......種族?
マナスって種族なんだっけ?
マナスライムから進化したのは知っているけど......それで何になったんだっけ?
新種って言っていたから......種族名が無い?
「......スライムです。」
『本当にお前は興味深いな。』
そう言って仙狐様が俺に近づいてくる。
面白いのはマナスじゃなくって俺みたいだけど......動かないでいるとすぐ傍まで来た仙狐様が俺の手の上に乗っているマナスに顔を近づけて凝視する。
少しマナスが居心地悪そうに体を揺すっているけど、仙狐様の視線はマナスと捉えて離さない。
『なるほど......確かに天狼の眷属とも違う......お前自身が生み出した眷属だな。』
「僕が生み出した眷属?」
『眷属として契約をする時に魔力を与えただろう?その時に起こった進化は生まれ直すに等しい。』
初めてマナスにあったあの時の事だよな......眷属として契約するつもりは無かったけど。
『それでどのようにして魔法を消したのだ?』
「マナスは魔力を吸収することが出来ます。それを応用して幻惑魔法に使われている魔力を吸収して無力化していきました。」
『魔力自体を消し去ったと言うことか。私の魔法の天敵とも言える存在だ。』
そう言って仙狐様はマナスに鼻が着くほどの距離まで顔を近づける。
若干マナスの腰が引けて......いや、マナスに腰はないけど......精神的なものですよ?
『お前は誰と会話しているのだ?』
「......いえ、すみません。癖みたいなものです。」
『そうか。済まない、怯えさせるつもりはなかった。』
仙狐様がマナスから距離を取る。
そして仙狐様は俺達から視線を外し明後日の方向を見る。
......何か考えている?
『お前......それにお前の仲間に加護を与える前に一つ頼みがある。』
「なんでしょうか?」
仙狐様が視線を戻して俺に言う。
仙狐様......というよりも神獣様達の頼み事は積極的に聞いていきたい。
『私の眷属と戦ってくれ。』
「仙狐様の眷属の方とですか?その......理由を聞いてもいいですか?」
『......面白そうだからな。』
......そんな理由!?
『それだけではないが、最大の理由ではある。』
これは九割方面白そうだからって理由で間違いなさそうだ。
『戦うに当たって少し注意点がある。命は取らない事。』
「はい。」
これは当然だ。
流石に仙狐様の頼みでも命のやり取りをしろと言われたら......厳しいものだある。
そんな俺の考えを聞いたのか仙狐様が一度頷く。
『事前にお前の眷属の能力については教えない事。』
「いいのですか?」
眷属......つまりマナスの幻を無効化する能力を教えないってことだよね。
俺の言葉に頷いた仙狐様が言葉を続ける。
『勿論、戦いが始まればその力は使ってもらう。』
「......それでは仙狐様の眷属の方はかなり不利になると思いますが。」
『それでいい。若い眷属は鼻っ柱が強くてな......それに、油断はしないことだ。』
......確かに、魔法を封じ込めることが出来るとは言え、相手は仙狐様の眷属。
母さんの眷属だったシャルと同格がいれば......まぁ普通に勝てない。
『三対三でいいだろう。そちらはお前とそのスライム。後は私の加護を受けたいものがもう一人いたな?それでいいだろう。』
......ナレアさんか。
連携するならナレアさんが一番やり易いと思うし......丁度いいかもしれない。
マナスは......分裂してもいいのだろうか?
『構わない。自らの能力は全て使え。』
こちらは制限無しか......いや仙狐様の眷属の方も幻惑魔法だけではないだろう......これは模擬戦のようなものではあるけど、今までで一番大変な戦いになりそうだな......。
「承知いたしました。」
......ってナレアさんに相談せずに決めちゃったけど大丈夫かな。
拒否はされないと思うけど......話をちゃんとしておかないとよろしくないな。
『それが良いだろう。後で案内させる。』
「ありがとうございます。」
仙狐様は本当に話が早い。
『戦うのもすぐでなくて良い。明日までに返事をくれ。余興のようなものだ、戦わなかったからと言って加護を与えないと言うことでは無い。』
「わかりました。ありがとうございます。恐らく仲間も否とは言わないと思いますが、相談して早めに返事をさせて頂きます。」
『楽しみにしている。』
そう言った仙狐様は俺に背を向けて歩き出す。
『すぐに迎えの者を寄越す。少し待て。』
仙狐様は背中越しに告げるとそのまま去っていく。
仙狐様か......結構話しやすいというか......良い方だったと思うけど、何で母さんと仲が悪いのだろうか?
流石に本人たちにその辺りの事は聞きにくい雰囲気があるのだけど......応龍様はなんて言ってたっけ?
確か......母さんの事は頑固者......仙狐様の事は......婉曲的な物言いをするとか......婉曲的?
......婉曲的って何だっけ?
何処からどう聞いても仙狐様の言葉はストレート......というか端的だ。
まぁ母さんも応龍様も知っているのは四千年も前の仙狐様だし性格が変わっていてもおかしくはないよね?
母さんも頑固者って言われていたけど......そんな様子は全くなかったし。
四千年だもんね......地球で言うなら文字の歴史より長いのではないかな?
そんな長い時......いくら母さん達、神獣様であったとしても性格が変わっていても不思議じゃない。
まぁ......最初の最初、母さんの事を犬って呼んでいたから......俺の前では気を使ってくれているのだろうけど......。
そんなことを考えていたところ、後ろから先程俺を仙狐様の所まで案内してくれた霧狐さんが迎えに来てくれた。
『神子様、申し訳ありません。お待たせいたしました。』
「ありがとうございます。」
『仙狐様より伺っておりますが、お仲間の所へご案内すればよろしかったでしょうか?』
「えぇ、お願いします。他に仙狐様から何か聞いていたりしますか?」
『神子様をお送りした後は私以外の者を決して神子様達の元に近づけない様にと伺っております。』
なるほど、模擬戦の話を外に漏らさない様にしてくれているのだね。
マナスの情報も洩れない様に、って感じかな。
「そうでしたか。分かりました。よろしくお願いします。」
『それともう一つ。神子様から協力を求められたら出来る限り力になるようにと言われております。』
「なるほど......その時はよろしくお願いします。」
霧狐さんが無言で頭を下げてくる。
仙狐様は面白いものが見たいとは言っていたけど......もしかすると鼻っ柱を叩き折って欲しいっていう思惑がかなり強いのだろうか?
いや、こちらが有利とは思っていないけど......人払い役と言うことは、霧狐さんは恐らく俺達と戦うことは無い......と言うか霧狐さんと事前に手合わせしても良いという事だと思う。
幻惑魔法を使った戦闘方法を事前に知ることが出来るのはかなり有利な話だ。
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