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6章 黒土の森
第292話 結界を抜けても洞窟
しおりを挟むシャルにやり方を聞きながら俺は神域を覆う結界の一部に穴を開ける。
魔力の操作を毎日コツコツと練習し続けていたおかげで、なんとかシャルの言う通りに結界に穴を開けることに成功した。
強引に穴を開けたので歪な感じに開いた穴はすぐに元の状態に戻ろうと修復されていく。
俺とシャルは急いで結界の穴に飛び込んだ。ナレアさん達は俺達の様子を心配そうに見ていたが、俺達が結界に飛び込んだことでその視線も感じなくなった。
『恐らく結界が破られたことは感知されていると思います。どうしますか?』
「......そうだね。ここで少し待とうか。侵入者には違いないけど、自由にうろうろしているよりは心証が悪くないんじゃないかな?」
まぁ......鍵かけてる家に勝手に入ってきている時点でアウトだと思う......少なくとも玄関の内側にいれば、その場から一歩も動いてなくても全力で排除するだろうけど......玄関に入ってごめん下さいって呼びかけるのとリビングまでズカズカ入っていくのとでは違うだろう。
『承知いたしました。』
「幻惑魔法の感知は俺がするから何かあったら教えてね。」
「はい!」
シャルの気合の入った返事を聞きつつ、俺は五感を殺す。
完全に感覚が閉ざされる......魔力視に反応がないので今は幻惑魔法は使われていないようだ......。
まだ試行回数は数回って所だけど......この感覚慣れないな......。
自分自身すらなくなるというか......上も下も前も後ろもわからない。
シャルはかなり長い時間これに耐えていたんだよな......。
たかだか数秒でめげてる訳にはいかないよね。
その状態で待つ事しばし、完全な無の世界に青い魔力が近づいてくるのを感じる。
「右前方......二十歩程の距離に幻惑魔法の魔力が接近中。」
俺はシャルに警告するように呟く......呟けたよね......?
自分が喋った感覚もないから伝わったかどうか......。
『ありがとうございます、ケイ様。私では何者も確認出来ません。幻惑魔法で姿ごと隠しているようです。』
困ったな......姿を見えないってことはシャルも念話が出来ないし......よし、五感を戻して俺が話しかけてみるか。
「シャル、俺が話すけど、いいかな?」
『承知いたしました。申し訳ありません。』
シャルの了承が聞こえたので俺は五感を元に戻して、先ほどまで感じていた魔力の方を向く。
「あー、どなたか分かりませんが......突然の訪問お許しください。私は天狼の子、ケイと申します。仙狐様に母から、それと応龍様から手紙を預かっております。お取次ぎして頂けないでしょうか?」
......今話しかけている相手が仙狐様だったら取次も何もないだろうけど......。
眷属の方だった方が恰好つくな。
姿が見えないからさっき感じた魔力の方を向いているけど、横移動されていたら明後日の方向に向かって話しかけている間抜けが一名って感じだ。
いや......肉眼ではなにも近づいて来ていないからこそ、誰かが姿を消して近づいて来ているという風に考えたけど......特に意味のない幻とかだったら......。
そんなしょうもないネガティブな思考を回していると、俺の視線の先、何もいなかったはずの空間が少し揺らぎ......次の瞬間大きな狐が姿を現し、こちらを見返していた。
『神子様、私では判断出来かねますので、無礼とは存じますが、そのままお待ちいただけますでしょうか?急ぎ、確認しておりますので。』
恐らく目の前にいる狐さんが俺に念話で話しかけてきた。
「お気になさらず、突然訪ねて来たのはこちらですから。」
俺がそう言うと深々と頭を下げる狐さん。
......こういう時いつも思うのだけど、なんて呼べばいいのだろうか?
皆固有名詞がないみたいなんだよね......というか自己紹介もしてくれないしな......。
向こうからも話しかけてくることは無く、こっちもどう呼び掛けた物かと悩んでいる内にそこそこ時間が経っていった。
『ケイ様。何者か、恐らくは目の前にいるものよりも上位の眷属が近づいてくるようです。幻惑魔法の感知はどうしますか?』
「やめておこう。色々と疑いながら相対するのは失礼だしね。」
『承知いたしました。』
ファラを連れて来ていないので、シャルが五感を消しちゃうとやり取りが出来なくなっちゃうしね。
ただ、ファラが外にいないとマナスを通じて俺達の状況を皆に伝えることが出来ないし......通信用の魔道具は......流石にこっそり使うのは無理だしね。
警戒は必要だけど、あからさまに警戒するのはな......いい塩梅って難しい。
そんなことを考えていると、シャルが言っていた相手が姿を見せる。
先程から俺達の前にいた狐よりもかなり小さい......体長は一メートルも無いんじゃなかろうか?
ただ......なんとなくだけど、かなり強そうだ。
シャルも少し警戒を強めているような気がする。
『神子様。お初にお目にかかります、仙狐様の眷属を纏めている霧狐です。仙狐様の元までご案内いたしますのでこちらへ。』
そう言って霧狐さんが......恐らく種族名だろうけど、先導するように後ろを振り向こうとする。
「あ、すみません。結界の外に私の仲間が待機しているのですが......彼らも神域の中に入れてもらってもいいでしょうか?」
断りを入れて皆を神域へと連れてきておいた方がいいだろう。
皆もこっちにいる方が安心できるはずだ。
『......かしこまりました。結界を開くのでその間にお通り下さい。』
一瞬考えるような素振りを見せた霧狐さんだったが落ち着いた声音で返事をくれる。
よし、マナスを通じてファラが皆に伝えておいてくれるだろうから、すぐに合流出来るだろう。
『......ただ、仙狐様の元へは......。』
霧狐さんがそこまで言った所で横に控えていたシャルが一歩前へ出る。
シャルと霧狐さんが見つめ合っている......恐らく何らかの話......恐らく同行の許可を求めているのだろうけど......。
『......仙狐様の元に案内するのは神子様と今この場にいる眷属のみとなりますが、よろしいでしょうか?』
どうやら、シャルの要望が通ったようだ。
皆の事は改めて仙狐様にあってからお願いするとしよう。
特にナレアさんには加護をお願いしたいしね。
「えぇ、構いません。無理を言って申し訳ありません。」
『いえ。それでは今から結界を開きます。あまり長時間開けておくことは出来ないので、申し訳ありませんがお急ぎいただけると。』
「わかりました。」
俺が頷くと霧狐さんが目を瞑った。
少し時間を空けて後方の空間に揺らぎを感じた。
俺が振り返るとナレアさん達の姿が見えて、皆が急いでこちらに向かって動き出した。
「意外とすんなり入れたのう。」
「えぇ、こちらの霧狐さんに許可を貰えまして。それで、今から仙狐様の所に案内してもらえるのですが、大勢で押しかけるわけにもいかないので......一先ず僕達だけでお会いしてこようと思います。」
『神子様のお付きの方々はこの者に案内させます。』
最初に俺の前に姿を現した狐の眷属が一歩前に出る。
っていうかお付きって......ちゃんと仲間が外にいるって言ったと思うんだけどな......。
「ふむ、ではお言葉に甘えるとするかの。」
そう言ってナレアさんが狐に近づいていく。
「ケイ君、また後でね。」
ナレアさんに続いてリィリさんが歩いていく。
レギさんは無言だったが、軽く目配せをしてきた。
気を付けろ、ってところだろうね。
『それでは神子様。仙狐様の元へと案内いたします。こちらへどうぞ。』
「よろしくお願いします。」
ナレアさん達が向かった方向とは別の場所に向かって霧狐さんが進んでいく。
物凄く警戒していたけど、思いのほかすんなりと仙狐様に会えるみたいでちょっと安心したよ。
シャルはまだ警戒を解いていないみたいだけど......まぁ、油断はしないようにしないとね。
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