上 下
255 / 528
5章 東の地

第254話 領主館にて

しおりを挟む


俺とレギさんが部屋に入ると、かなり疲れた様子でソファーに座るカザン君が見えた。
昨日カザン君が領都へと入り、俺達は檻の構成員を一人取り逃してしまっている。
カザン君の傍には辺境軍の精鋭が付いていたとは言え、演説に続き色々とやることがあったカザン君を俺達は遠巻きに護衛をすることにした。
一夜明けてやっと領主館に入ったカザン君を俺達は訪ねているのだ。

「カザン君、お疲れ様。かなり疲れているみたいだけど大丈夫?」

「あ、ケイさん。来られていたのですね、お久しぶりです。えぇ、大丈夫です。何とか演説も終わりましたし......。」

そう言ったカザン君は力なく笑みを浮かべたかと思うと、次第に表情が虚ろになっていく。
いや、全然大丈夫そうじゃないからね?
俺達がここに来ることは事前に伝えていたし、部屋に入るときもノックをしてカザン君から入室の許可をもらったと言うのに。
まぁ、仕方ないか。
ここに至るまで相当な心労だっただろうし、セラン卿と最後に会った時に言っていたように本当に休みなしで今日まできたのだろうな......。
ノーラちゃんが心配するのも無理はないね。
とりあえず、流石につらそうなのでいつもの回復力向上ではなく疲労そのものを回復してあげるとしよう。
魔法の効果によってカザン君の顔色が一気によくなり、それと同時に虚ろだったカザン君の表情にも色が戻る。

「あ、あれ?ケイさん?いつの間に?」

今俺に気付いたと言った様子のカザン君がソファーから立ち上がる。

「うん、少し前にね?ちなみにカザン君とさっき挨拶はしたよ?」

「......す、すみません。気が抜け過ぎていたようです。」

そう言って頭を下げるカザン君。
この様子で昨日の演説大丈夫だったのかな......いや、そこで全てを振り絞ったってことかもしれないな。

「いや、大丈夫だよ。相当お疲れだったみたいだね。」

「は、はい......いえ!お爺様達に比べたら私なんてまだまだ......。」

「そういうのは人と比べるものじゃないよ。それにセラン卿達には経験があるからね。力の逃がし方も上手なのだと思うよ。」

「そう、ですね......やはり、経験は大事だと痛感しました。」

先程の力のない笑みとは違い苦笑するように笑みを浮かべるカザン君。

「ところで、ケイさん。僕に何か魔法を?」

「うん、流石に見てられなくてね。疲労をとりあえず癒したけど......流石にちゃんと休んだ方が良いと思うよ?」

「はい、すみません。ありがとうございます。今日は早めに休もうと思います。」

暫く俺とレギさんでカザン君の体を労わるようにという会話を続けていた所ドアがノックされる音が聞こえた。

「兄様、ノーラです。」

「あぁ、ノーラ。少し待ってくれるかい?」

そう言ったカザン君がこちらに視線を向けてくる。
俺とレギさんは問題ないよと頷く。

「ノーラ、入っていいですよ。」

「失礼します。」

丁寧に扉を開きながらノーラちゃんが入室してくる。
その後ろにはナレアさんとリィリさんが付いて来ていた。

「失礼するのじゃ。」

「失礼しまーす。」

「ナレアさん、それにリィリさん。ノーラと母の事ありがとうございます。」

部屋に入って来た二人に対し、立ち上がり頭を下げるカザン君。
二人はノーラちゃんとレーアさんの護衛として昨日から領主館に入っていたのだ。

「ほほ、カザンよ。領主がそう軽々しく頭を下げるものではないぞ。」

「す、すみません。流石にまだ慣れないので......皆さんの前では勘弁してもらえませんか?」

ナレアさんに窘められて苦笑しながら応えるカザン君。
そうか、カザン君は正式にグラニダの領主になったんだったな。

「頑張ってくださいよ、領主様。」

「ケイさん!?」

「兄様は皆様にまだ甘えたいのです。」

「ノーラ!?」

......ノーラちゃん辛辣だな。

「まぁ、気を抜ける場所は大事じゃな。」

俺とノーラちゃんの口撃の間隙を縫ってナレアさんがカザン君のフォローに回る。
なんかナレアさんはカザン君に対して甘いというか優しい......のか?

「まぁ俺達は外の人間だからな。こういう場でなら今まで通りの方が俺達も楽だな。」

「そうだねぇ......堅苦しいのは疲れるよねぇ。」

そしてレギさんとリィリさんが同調する......あれ?
これは良くないパターンな気がしてきたぞ?

「皆様がお優しくて良かったのです!」

当然ノーラちゃんはこう言うよね......俺も早く何か言わないと......。

「ま、まぁ......。」

「ふぅ、ケイは空気が読めないのじゃ。疲れているカザンの力になってやろうとは思わなんだ?」

「ケイ君は冷たいねぇ。」

「寛容と労わりは大事だぞ、ケイ。」

「ケイ兄様......。」

三人はともかくノーラちゃんの一言が一番心に刺さる!
なんか前にも似たようなことがあったような......。
いや、今はそれはいい。
それよりも早くフォローしないとノーラちゃんの視線が痛い!
俺がカザン君の方に目を向けると微妙ににやけた感じの領主様が目に入る。
くぅ!
弄りたい!
そのにやけづらを屈辱に染めてやりたい!
しかし今手を出せばやけどするのはこちらだ。
俺は遅まきながら皆に追従するようなセリフを吐く。

「そ、そうですね。折角今まで気楽な関係を続けていたわけですし、僕達だけしかいない場であれば今まで通り接する方が、カザン君達も気楽でいいですよね。」

「えぇ、そうして頂けると嬉しいです。」

にこりと笑みを浮かべながら応えるカザン君......おのれ......。

「コンゴトモヨロシクネ。」

「何故カタコトなのじゃ。」

ぎこちない笑みを浮かべる俺にナレアさんが半眼でツッコんでくる。

「まぁ、ケイがおかしいのはいつもの事だから気にするな。それよりカザン、少し頼みたいことがあるんだがいいか?」

「なんでしょうか?」

こう言う時に絶対助け船を出してくれないレギさんが、案の定俺の事を捨て置いてカザン君に話しかける。

「アザル達を捕らえていた牢に残されていた文章を見せてもらってもいいか?リィリ達はまだ見ていないだろうし、ケイも全ての文章を確認できなかったんだ。」

「なるほど......わかりました。」

そう言ったカザン君が立ち上がり執務机の上に置いてあるベルを鳴らした。
程なくして扉がノックされ、入って来た侍女の方にカザン君が二、三言申しつけた。

「今、館にはないので少し時間が掛かりますが、すぐに持ってこさせます。」

「すまないな。」

カザン君がソファーに戻り、座ったのを見計らって俺は話題を切り出す。

「そういえば、カザン君演説はどうだった?聞きたかったけど立て込んでて聞けなかったんだよね。」

「特に大きな問題もなくやれたと思います。」

「うむ、見事な演説であったのじゃ。」

「うんうん、かっこよかったよ!」

「兄様、御立派でした!」

皆絶賛しているな......見たかったなぁ。

「んー惜しいことをしたなぁ。見る気満々だったんだけど......。」

「仕方ないのじゃ。妾達も周囲に気を張っておったからのう、全てをつぶさに聞けたわけではないのじゃ。」

「俺は、遠くからだが少しだけ聞こえたな。」

「え?レギさんカザン君の演説聞こえたのですか?」

俺が驚いてレギさんに問いかける。

「あぁ、微かにって感じだったけどな。強化が無ければ何を言っているかは分からなかったと思うが。」

「む?レギ殿には聞こえたのにケイには聞こえなかったのかの?」

「えぇ、僕のいた場所までは流石に聞こえてきませんでしたね。」

「あれ?レギにぃとケイ君は一緒に居たんじゃないの?」

微妙にナレアさんとリィリさんの二人と話が嚙み合っていないと思ったら、別行動していたのを話していなかったか。

「あー牢までは一緒にいましたが、その後別れたのですよ。レギさんが着替えないといけなかったので。」

「あ、おい、ケイ......。」

「着替える?汚しちゃったの?下水にでも行った?」

レギさんが俺の名前を呼んだ気がするが、リィリさんの畳み掛けるような問いに遮られる。

「いえ、下水に入っていませんが......今回カザン君の周囲を遠巻きに護衛するにあたって、トールキン衛士長から制服を借りたのですよ。ですが、ちょっとレギさんには小さかったみたいで......。」

俺がそこまで話すとレギさんの表情が苦々しい物に変わる。

「あー、もしかして知らせを聞いて捕まえてる場所に急行して破いちゃったとか?」

既ににやにやしながら、俺ではなくレギさんに向かって問いかけるリィリさん。

「......あぁ、まぁ、な。」

「どのくらいぼろぼろに?着替える必要があったってことは結構派手にやっちゃったんじゃないの?」

「......。」

レギさんが無言になったのを見てリィリさんが標的を俺に変更する。
こちらを見つめるリィリさんの向こうから物凄い目で俺を睨んで来ているレギさん......。
さて......どうしたものか。
俺は先ほどの......いや、いつも助けてくれないレギさんの事を思い出しながら、リィリさんにどう伝えるかを考えた。

しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

俺とシロ

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】(全面改稿いたしました) 俺とシロの異世界物語 『大好きなご主人様、最後まで守ってあげたかった』 ゲンが飼っていた犬のシロ。生涯を終えてからはゲンの守護霊の一位(いちい)として彼をずっと傍で見守っていた。そんなある日、ゲンは交通事故に遭い亡くなってしまう。そうして、悔いを残したまま役目を終えてしまったシロ。その無垢(むく)で穢(けが)れのない魂を異世界の女神はそっと見つめていた。『聖獣フェンリル』として申し分のない魂。ぜひ、スカウトしようとシロの魂を自分の世界へ呼び寄せた。そして、女神からフェンリルへと転生するようにお願いされたシロであったが。それならば、転生に応じる条件として元の飼い主であったゲンも一緒に転生させて欲しいと女神に願い出たのだった。この世界でなら、また会える、また共に生きていける。そして、『今度こそは、ぜったい最後まで守り抜くんだ!』 シロは決意を固めるのであった。  シロは大好きなご主人様と一緒に、異世界でどんな活躍をしていくのか?

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界なんて救ってやらねぇ

千三屋きつね
ファンタジー
勇者として招喚されたおっさんが、折角強くなれたんだから思うまま自由に生きる第二の人生譚(第一部) 想定とは違う形だが、野望を実現しつつある元勇者イタミ・ヒデオ。 結構強くなったし、油断したつもりも無いのだが、ある日……。 色んな意味で変わって行く、元おっさんの異世界人生(第二部) 期せずして、世界を救った元勇者イタミ・ヒデオ。 平和な生活に戻ったものの、魔導士としての知的好奇心に終わりは無く、新たなる未踏の世界、高圧の海の底へと潜る事に。 果たして、そこには意外な存在が待ち受けていて……。 その後、運命の刻を迎えて本当に変わってしまう元おっさんの、ついに終わる異世界人生(第三部) 【小説家になろうへ投稿したものを、アルファポリスとカクヨムに転載。】 【第五巻第三章より、アルファポリスに投稿したものを、小説家になろうとカクヨムに転載。】

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します

あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。 異世界パルメディアは、大魔法文明時代。 だが、その時代は崩壊寸前だった。 なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。 マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。 追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。 ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。 世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。 無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。 化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。 そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。 当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。 ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...