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5章 東の地
第251話 そして、牢では......
しおりを挟む俺がトールキン衛士長の元へ走り込んだ時、まだ牢の異変の情報はトールキン衛士長の所には来ていなかったようで、少し驚いた様子のトールキン衛士長が声を掛けてきた。
「ケイ殿?どうされました?何か問題でも......。」
「トールキン衛士長!詳細は分かっていませんが、牢で異変が。」
俺は声を大きくし過ぎない様に気を付けながら急いでトールキン衛士長に伝えた。
俺の報告に表情を険しくしたトールキン衛士長が矢継ぎ早に部下の方に指示を出す。
あっという間に指示を出し終えたトールキン衛士長が、俺の方へと向き直ると頭を下げてきた。
「ケイ殿、ご同行してもらっても?」
「はい、レギが先に現場に向かっています。急ぎましょう。」
「はっ!」
幸い、領民の大半がカザン君のパレードを見る為に大通りの方に行っているので人気は少ない。
俺とトールキン衛士長は牢のある区画に向かって勢いよく駆け出した。
流石に人気が無いとは言え、街中で馬を走らせるわけにもいかないしね......。
「牢での異変の詳細はまだ分かっていないとのことですが......」
かなりの速度で走りながらも、その雰囲気を全く感じさせない様子でトールキン衛士長が効いてくる。
「はい、詳しくは僕も把握できていません。ただ施設を見張っていた者から異変があったとだけ連絡があり......。」
「外から監視していて異変が感じられたということは......かなりの問題が起こっているかもしれませんね......まだ私の所に連絡が来ていないことを考えると......。」
「恐らくもうすぐレギが牢の周辺に辿り着いている頃だと思います。中には踏み込めていないと思いますが......。」
「......牢の中に捕らえている者達には外の情報は一切与えておりません。ですので、考えられるとすれば、外から何らかの動きがあったと思うのですが......。」
檻がアザル達の奪還に来た......?
いや、その場合はネズミ君達の警戒網に引っかかると思う。
それが無かったことを考えると、外からというよりも中に掴まっている奴らに動きがあったんじゃないかと思うけど......。
それにアザル達が捕まったことは公表されているわけじゃないし、外からというのは動きが早すぎると思う。
仮にそうだった場合、ネズミ君達にも気づかれない様に動いていた檻の構成員がまだ潜んでいたってことになる......。
それは正直考えたくないなぁ......いや、考えないといけないのだろうけど。
ネズミ君も取り急ぎ連絡に来てくれただけだから、状況が把握出来ていないのがもどかしいな。
......それにしてもレギさんを呼び捨てで呼ぶのには慣れないな。
俺はそんなむず痒さを感じながらトールキン衛士長の横を走る。
そんなことを考える余裕があることを、切羽詰まっているトールキン衛士長に若干申し訳なさを覚える......。
いや、ネズミ君達が慌てて俺達に知らせてくれた情報だ、何か大変なことが起こっている可能性が高い......気を引き締めないとな。
トールキン衛士長と走ること十分程だろうか、牢のある建物に辿り着く。
入口には警備の兵が倒れていて、レギさんがその傍にしゃがみ込んでいた。
「レギさん!大丈夫ですか!?」
「あぁ、大丈夫だ。気を失っているだけのようだ。」
そう答えるレギさんはどう見てもぼろぼろだ......レギさんがここまで怪我をするほどの事があるなんて......。
「怪我は大丈夫なんですか!?」
「あぁ、怪我はないみたいだな。脈も安定しているし、とりあえず緊急性は無いだろう。」
「それは良かったですけど......レギさんは?」
「俺?俺は特に何もないが......。」
一瞬きょとんとしたようなレギさんが自分の体を見下ろす。
袖は肩口の所で破け、背中も大きく裂けてしまっている......あぁ、そういうことか。
レギさんはそこで初めて自分の服の惨状に気付いたようで、一瞬ぎょっとしたようだけど......事態の把握を優先することにしたようだ。
「トールキン衛士長、流石に中に入ることは出来なかったので......同行させていただいてもいいでしょうか?」
「えぇ、構いません。すぐに向かいましょう。」
トールキン衛士長が腰に下げていた剣を抜き先頭に立つ。
俺はナイフを、レギさんは街用装備である少し短めの剣を抜いてトールキン衛士長の後に続いて建物の中へと入る。
先日とは何か雰囲気が異なる......静かすぎるのか?
以前も静かではあったけど、人の気配がしていたのだが......今は誰かが動いているような感じがしない。
「「......。」」
レギさん達の表情もかなり緊張感のあるものになっている。
俺達は慎重に歩を進めていくが、やはり人の気配は感じられない。
普段であれば歩哨の人達がいる筈なのだけど......。
「まず、詰所の方に行こうと思います。」
「了解しました。」
トールキン衛士長が方針を決めて俺達は後に着いて行く。
詰所まではすぐに辿り着いたのだが、その中には兵が二人倒れていた。
俺とレギさんが外を警戒しているうちにトールキン衛士長が警戒しながら中を調べ、倒れた二人を最後に調べる。
「外の者達と同じく、気絶しているだけの様です。」
トールキン衛士長が立ち上がりながら言う。
「牢の方に行きましょう。」
俺達が頷くのを見たトールキン衛士長が牢に足を向ける。
所々で兵が倒れているけど......皆気絶しているだけのようだ。
しかし......今の所一人も殺さず、外傷も無く気絶させるだけって相当な実力差があるってことだよね......?
アザルの仕業か......?
警戒を強めながら俺達は一番手前の牢に近づく。
ここにはアザルの部下が一人入れられていたはず......。
「「......。」」
牢を覗き込んだ俺達は予想外の光景に言葉を失う。
そこには首の骨が折れて四肢を人形のように投げ出しているアザルの部下が倒れていた。
「......死んでいるようですね。」
牢の中には入らずトールキン衛士長が呟く。
「他の牢も調べましょう。恐らく口封じでしょうが......。」
レギさんの言葉に俺達は頷き急いで他の牢を回る。
しかし、そこに広がっていた光景はある意味予想通りの物で......。
「......アザルもですか。」
トールキン衛士長が苦虫を嚙み潰したような表情で呟く。
確認した遺体はアザルを含む五人分。
足りない一人が全員を殺したと考えるのが普通だけど......。
「ケイ、急いでリィリ達に連絡を。先に捕まえた二人の事に気付かれているか分からないが、警戒するように伝えた方が良い。」
レギさんが小声で俺に言ってくる。
確かに......伝えた方が良いだろうけど......ど、どうすれば?
ここでこそっと連絡するってかなり難易度が高いですよ......?
俺の動揺が伝わったのかレギさんがトールキン衛士長に声を掛ける。
「一先ずアザルを調べませんか?どうやら他に生存している捕虜はいないようですし......期待は出来ませんが何か手がかりがあるかもしれません。」
「そうですね。」
「それと念の為、ケイを周辺の警戒にだしてもいいですか?万が一と言う可能性もありますので。」
「えぇ、構いません。寧ろお手を煩わせて申し訳ありません。」
「いえ、流石に全員で牢の中に入るのは狭いですしね。それじゃぁケイ、付近を調べてくれるか?警戒は怠るなよ?何かあればすぐに声を出してくれ。」
「了解です。」
レギさんが上手いこと俺を遠ざけてくれた。
こういう機転が俺は回らないんだよな......。
どうしても挙動不審になってしまう。
若干へこみながら俺はレギさん達から離れて魔道具を取り出す。
勿論、何かあってはまずいので周囲の警戒は怠らないようにしている。
「ナレアさん、今大丈夫ですか?先ほどの件なのですが。」
『ケイか?何か分かったのかの?』
俺が話しかけるとすぐにナレアさんから反応がある。
恐らく傍にリィリさんとノーラちゃん達もいることだろう。
あまりノーラちゃんには聞かせたい話題じゃないのだけど......。
「はい。今レギさんとトールキン衛士長と一緒に牢の方に来ました。それで中の様子ですが、トールキン衛士長の部下の方が全員気絶させられていて、牢の中のアザル達が死んでいました。」
『......全員かの?』
「いえ、一人だけ見当たらないので恐らくそいつが犯人だと思います。」
『先程、アザル達と言っておったのう。つまり、アザルも死んでおったということじゃな?』
「はい。」
『......尋問は確か順調とは言い難かったと記憶しておるが間違いないかの?』
「......残念ながら。」
今回の件について唯一知っていたであろうアザルを殺されてしまった。
これでは何故カザン君達が檻に狙われたのかが分からないまま、いつまた襲われるとも限らないという現状だけが残ってしまう......。
アザル達の管理はトールキン衛士長に任せていたとは言え......俺達に責任が無いとは言えない。
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