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5章 東の地
第228話 神の舌
しおりを挟むファラの尋問を手伝った後、領都で拠点にしている宿に戻ってきたのだが......リィリさんとナレアさんが難しい顔をして顔を突き合わせていた。
何かあったのだろうか?
「ただいま戻りました......何かあったのですか?」
「あぁ、ケイ戻ったのかの。大した話ではないのじゃが......そちらはどうじゃった?」
リィリさんが一瞬何か言いたげな顔をしたが、先にこちらの話を聞きたいと思ったのか、何も言わずにこちらの話に耳を傾ける。
「あまりいい情報は聞けませんでしたが......尋問自体は上手くいきました。」
「ふむ?やはり下っ端では大した情報を持っておらなんだか?」
「そうですね......組織名は檻と言うらしいことは分かりました。」
「檻......のぅ。」
ナレアさんが顎に手を当てながら考えるような素振りを見せる。
「何か心当たりがあるのですか?」
「いや......そういうわけでは無いのじゃが、檻と言うからには何かを閉じ込めることを目的にしておるのかと思ってのう。」
「生命の支配が目的と言っていましたが......。」
「檻に閉じ込めて支配するということかのう?」
「それは随分と傲慢な在り方ですね。」
「本当の事は分からんがのう......ただの自虐ともとれるのじゃ。」
「自虐ですか?」
「うむ、檻という組織の中にいるのは自分達じゃろ?つまり閉じ込められているのは自分達と皮肉を言っておるのではないかの?」
「ひねくれていますね......。」
自虐というか皮肉というか......とにかく性格の悪さが滲み出ているような気がするな。
「まぁ、碌でもない計画を実行するような連中じゃからな......ところで、カザン達の事は何か分かったかの?」
「......それが全然分からなかったんですよね。」
「なるほど......作戦詳細を実行部隊に知らせない感じじゃな。」
「そういうのってどうなのでしょう?」
「情報の漏洩を防ぐと言う意味ではいいと思うのじゃ。」
「でも作戦を臨機応変に遂行していくには情報を開示しておく方がいいですよね?」
「まぁ、その辺は良し悪しじゃな。妾達のように各々が判断して最適な行動を求められるような場合はそれぞれが全ての情報を持っている方が目標を達成しやすい。じゃが檻のように作戦を立てる者、統率する者、実行する者というように役割が分かれている場合、余計な情報を与えることで作戦が失敗することもあるのじゃ。全体を知るものは少なければ少ない方が良いということじゃな。」
「......そういうものですか。」
「組織だった動きをする者達はな。」
「......情報を得ることが出来ないって時点で、相手のやり方がこちらにとって嬉しくないってわけで......相手の狙い通りって感じですね。」
「そういうことじゃな。作戦の漏洩はその作戦の失敗に直結する、それを防ぐには最初から手足となる者達に知らせなければよい。作戦を立案した者の能力にもよるが、一つの作戦に実行役を分散させればより効果は高まるのじゃ。」
「なるほど......。」
こちらとしてはうっとおしいことこの上ないけど、組織として動いているのならリスク分散は当然のことか......。
今回みたいになすすべなく捕まるって可能性が無くはないのだからね。
「あまり情報を得られなかったのは残念じゃが、セラン卿達からすれば十分かも知れぬしのう。詳細は知らなくても自分たちがやったことは知っておるのじゃからな。個人としてのセラン卿からすれば不服じゃろうが。」
......個人としてのセラン卿はカザン君達が狙われる理由を是が非でも知りたかっただろうしね......。
「その辺はアザル兵士長の持っている情報待ちって感じですね。ファラが調べられれば良かったのですが......口に出すこともないとなると難しいでしょうね。」
「打ち合わせや相談をするような相手がおらぬようだしのう。まぁ捕まえて吐かせるしかないのじゃ。」
「絶対に逃がすわけにはいかないですね。」
「そうじゃな。あやつらの安全の為に絶対に理由は知る必要があるのじゃ。」
「はい......ところでナレアさん達は何をされていたのですか?戻って来た時少し難しい顔をされていましたが。」
「む......大したことでは無いと言いたい所じゃが......少し気になる噂を聞いてのう。」
「ナレアちゃん、そんなことはないよ!これは大ごとだよ!」
リィリさんが物凄く反応している......待ってましたと言わんばかりだ。
これは食事関係の話かな?
「なんだ?飯がどうかしたのか?」
俺と同じことを思ったらしいレギさんがリィリさんに尋ねる。
まぁ俺やレギさんじゃなくても同じことを考えたかもしれないけど......。
「ご飯の事......ではあるんだけど......なんか引っかかるな。」
少し不満そうな様子を見せるリィリさんだが......いや、それは仕方ないのではないですかね?
「まぁまぁ、リィリよ。こやつらが失礼なのは今に始まったことでは無いのじゃ。」
ナレアさんが取りなすように言うが......ナチュラルに俺も失礼な奴に含まれているようだ。
「そうだけどさー。」
「今回リィリが気づいた内容はファラだと気付きにくいことかもしれぬからのう。もしかしたらお手柄かも知れぬのじゃ。」
ファラが気づきにくい情報か......一体何だろう?
ファラが何かを見落とすってのは考えにくいけど......街の外の話かな?
「そうだねぇ......じゃぁレギにぃとケイ君には一食ずつお詫びをしてもらうとして......。」
俺、何も言ってないのに......。
そんな俺の思いを他所にリィリさんは言葉を続ける。
「実はね、宿の近くにいつも店を出している屋台があるんだけど......味が変わっていたんだよね。」
物凄く真剣な表情でリィリさんが言う。
......なるほど?
「......それがどうかしたのか?」
レギさんにも分からなかったようでリィリさんに問いかける。
「作ってるおじさんは変わらないのに、味が変わったんだよ?気になるでしょ!?」
「い、いや、どうだろうな?」
明らかに気圧された様子のレギさんがリィリさんに応える。
「気にならないなんておかしいよ!だから私は聞いたんだ......味付けを変えたんですか?って。」
「お、おう。」
「そしたらおじさんはため息をついて......変えたくはなかったけど変えざるを得なかったって。」
「どういうことだ?」
「ここ数日、材料の仕入れが上手くいっていないらしいんだよね。」
「仕入れが......?流通に問題はなかったんじゃないのか?」
「この前まではそうだったんだけど、私達がセンザに戻って捕獲作戦をやってる間に少し流通に問題が出始めたみたい。」
「しかし、それならファラがすぐに気付くんじゃないか?」
確かにレギさんの言う様に流通に問題が出てきたのならファラが気付いてくれると思うけど......。
「まだ一般には問題が出るほどじゃないみたい。でもその屋台は結構ぎりぎりな値段設定だったみたいで......材料費が上がると利益どころか売れるほど赤字になるみたいで......仕方なく安いお肉を使ったんだってさ。」
「一時的な物かもしれないってことか?」
「うーん、ここ数日で上がって厳しいって話だったけど......さっきネズミ君にその話をして他の店で仕入れてるものも値段上がってないか調べて貰ってるんだ。」
なるほど......一気に跳ね上がるわけじゃなく、あくまで常識の範囲内での値段の上昇であればファラも把握していない可能性もあるかな?
もしくは情報としては知っていても俺達に報告するには時期早々と判断する可能性もあるか?
「なるほど......協力は頼んでいるのか。それにしてもそんなすぐに分かるほど味が変わっていたのか?」
「あからさまに違うってわけじゃなかったけど......いつもよりちょっと肉が硬いなぁとか、風味が違うなぁとか......そんな感じかな?」
こだわりのお店の苦肉の策を一発で見破っちゃったってことか......。
リィリさんの舌は神の舌か何かなのかな?
......味覚強化とかしたことないけど......やってみたらそういう違いって分かるようになるのだろうか?
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