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5章 東の地
第220話 早くない?
しおりを挟む「すみません、皆さん。お待たせしてしまったみたいで。」
会議が終わった後、俺達が待っていた応接室に急いでやってきた様子のカザン君が頭を下げる。
「ただいま、カザン君。気にしなくていいよ、会議中は誰も近づかない様にしているんでしょ?」
「はい......お爺様方がかなり警戒しているので。会議をしている場所に近寄ると厳罰に処されます。」
かなりの警戒だね......。
とはいえ、カザン君とノーラちゃんがセラン卿の所に戻ってきているのはトップシークレットだ。
会議はおろかこの屋敷に近づくだけでも相当な警戒を掻い潜らないとたどり着けないはずだ。
俺達はトールキン衛士長の部下の方が貴族区の封鎖を行っていたので、通してもらうことが出来たけど。
勿論貴族区内を自由に動けるわけでは無く、セラン卿宅まで付き添ってもらったわけだけど。
「まぁ今のこの家は漏れるとまずい情報の山だからね。トールキン衛士長も調査より防諜の方に力を入れているみたいだし。」
トールキン衛士長と初めて打ち合わせをした時に暫くこの家に詰めるって言っていたのは、防諜の関係なのだろう。
「大勢の方々に苦労を掛けていると思います。ところで皆さんは領都に向かったのでは?」
「あぁ、うん。とりあえず領都に行ってファラが集めた情報を聞いてきたんだ。それでちょっとカザン君達に報告した方がいいと思ってね。一度引き上げてきたんだ。」
「......あぁ、もう往復されたのですね。馬車ではまだ領都についているかどうか......いえ恐らくまだ後数日かかるくらいだと思いますが、シャルさん達なら領都まであっという間なのでしょうね。」
「そうだね。二日もあれば領都までは行ける感じだったね。」
あまり普通の移動手段と比べる機会ってなかったけど......やっぱり相当違うみたいだな。
普通の移動手段と言えば......遺跡からの帰りは馬車の移動だったから......きつかったなぁ。
「シャルさん達の移動速度を知ってしまうと馬車での移動は億劫になりますね。」
「俺は馬車が苦手でさ......。」
特におしりと腰が死ぬんだんだよね......。
強化魔法を掛けようとも貫通してくるあの衝撃は一体なんなのだろうか?
「へぇ?ケイさんにも苦手な事とかあるんですね。なんでも平然とした顔でこなしていきそうな印象でしたが。」
「いやいや、苦手なことの方が多いと思うよ。」
カザン君からの信頼が大きいけど......レギさん達ならともかく、俺はまだまだだな......。
「そんなことはないのです!ケイ兄様は凄いのです!何でも出来るのです!」
俺とカザン君の会話を聞いていたノーラちゃんが太鼓判を押してくれるけど......ノーラちゃんの信頼には応えたいとは思う......でも、ハードルが高いなぁ。
模擬戦を見せて以降ノーラちゃんの期待が凄いね......。
「ノーラちゃんの期待に応えられるように頑張るよ。」
俺はキラキラした目でこちらを見ているノーラちゃんの頭を撫でる。
嬉しそうに笑ったノーラちゃんはナレアさん達との会話に戻る。
それを見たカザン君が少し微笑んだ後、声を落として話を続ける。
「そろそろお爺様もこちらに来られると思いますが、ファラさんの事は伝えないですよね?」
「うん、申し訳ないとは思うけど......。」
「いえ、ケイさん達の能力、それにシャルさん達の事はあまり表に出さない方がいいと思います。」
カザン君も本来であれば権力者側の考え方をするべきなんだろうけど......俺達の側に立って考えてくれるのは嬉しくもあり、心配でもある。
「どんな情報だったのですか?」
「うん......かなり重要な情報なんだけど......物理的な証拠がないんだよね。」
「証拠ですか......もしかして黒幕がわかったのですか?」
カザン君の雰囲気が少し変わる。
......お父さんの敵の情報なのだから当然か。
すぐにでも情報を聞きたいのだろうけど、セラン卿もまだ来ていないし......ノーラちゃんもいるからな。
カザン君には先に伝えておいても良かったかもしれないけど......カザン君がここに来る前にノーラちゃんが来ていたしな。
そんなことを考えていたら部屋がノックされる。
セラン卿が来たのだろうか?
「失礼します。皆様、お待たせして申し訳ありませんでした。セラン様の準備ができましたのでこちらまでご足労願います。」
そう言って俺達のいる部屋までやってきたのはトールキン衛士長だった。
「トールキン衛士長。こちらにお爺様が来るはずではなかったか?」
「その予定でしたが、辺境軍の方から伝令が来まして先にそちらの対応をされていました。」
「何があった?」
「周辺勢力の方に動きがあったようです。」
「攻めてくると?」
「いえ、どうやら領境付近で軍事演習をしているようです。」
「こちらの対応を観察しているといったところか。辺境軍に変わりがないのは向こうも分かっているだろうに。」
「内乱があったのだから、今まで通りとはいかないはずだと考えるのは普通の事かと。」
「それを狙っているのであれば行動が遅すぎるな。」
「流石に攻め込むのは無謀だと考えたのでしょう。周辺勢力の中で辺境軍に痛い目にあわされていない勢力はないので。」
だったらなんで挑発するような軍事演習をするのかな?
その辺の機微はちょっと俺には分からない......お金も時間もかかるだろうに......。
「ふむ......とりあえずそこまで急を有する内容でなくてなによりだ。では皆さん、お手数ですがお願いします。」
カザン君が立ち上がり部屋を出る。
俺達も後に続き部屋を出ようとするとノーラちゃんが声を掛けてくる。
「皆様、お仕事頑張ってきてください!」
ノーラちゃんに見送られて俺達は応接室を出る。
さて、セラン卿をちゃんと納得させられるだろうか?
とりあえず、それをクリアしないと今後の話は出来そうにないからね。
「随分とお早いお帰りでしたが、何か問題でもありましたか?」
セラン卿は部屋に入った俺達を若干訝し気に見ている。
まぁ、普通に考えれば領都に行く途中で引き返してきたと思うよね。
「いえ、問題は特に。一度領都まで行き、情報収集をしてくれていた仲間と合流してから戻ってきました。」
「この短期間で領都までの距離を往復したのですか?」
レギさんの返答にセラン卿が目を丸くする。
「えぇ。私達には移動用の魔道具があるので、馬車を使うよりも遥かに速い速度で移動が出来るのですよ。」
フロートボードで誤魔化す案はレギさんにも聞いていたのでしれっとセラン卿に説明してくれている。
俺だとここまで自然な感じで言えなかっただろうな......。
「魔道具ですか......それもナレア殿が?」
「いえ、申し訳ありませんが......遺跡から発掘したものでして、数はありません。」
「そうですか......不躾ではありますが、お譲りいただくことは可能でしょうか?勿論、レギ殿達の言い値で支払わせていただきますが......。」
「申し訳ありません。私達も足を失うと今後に差し支えますので......ご容赦頂ければと。」
「そうですな。いや、無理を言って申し訳ない。」
レギさんに頭を下げるセラン卿だが......主な移動手段が馬車であるこの世界において、それを遥かに上回る速度で移動する手段があるのならば手に入れようとするのは当然だろう。
「こちらこそ、お力に慣れずに申し訳ありません。お気持ちは理解できますので、お気になさらないでください。」
「ありがとうございます。それで領都にて情報を集めていた方から話を聞いてきたとのことでしたが......。」
居住まいを正したセラン卿が改めて話を促してくる。
「はい。単刀直入に申し上げますが、今回グラニダに仕掛けられた一連の陰謀の黒幕はアザル兵士長です。」
レギさんの言葉を聞き、セラン卿とカザン君、そして後ろに控えるトールキン衛士長の表情がわずかに動く。
「......エルファン卿を呼ぶので彼が来次第、詳しくお聞かせ頂けますか?」
「えぇ、勿論です。少し長くなりますが......。」
「かしこまりました。トールキン、済まないがレーアに茶を用意させてくれ。それとエルファン卿をここに。以降は誰一人この部屋に近づけない様に。」
「承知いたしました。」
トールキン衛士長が素早く静かに部屋から出ていく。
物的な証拠はないけど......レギさんならきっと上手く納得させてくれるはずだ。
俺は顔の前で手を組み、目を瞑っているカザン君に目を向けながら今後について思いを馳せた。
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