上 下
210 / 528
5章 東の地

第209話 優先すべきもの

しおりを挟む


「改めまして、レギ様、ケイ様、よろしくお願いいたします。」

俺とレギさんはトールキン衛士長の部屋に案内されていた。
使用人用の部屋だろうか?
広さはあまりなく、家具も質素なものが用意されているが造りはしっかりしていて客間よりも落ち着いて休めそうな気がするな。

「こちらこそよろしくお願いします。トールキン衛士長。それと私達の事は様などと付けずにお呼びください。」

「承知しました。それではレギ殿とお呼びさせていただきます。」

「ありがとうございます、トールキン衛士長。それではお話を始めさせていただく前に......失礼ながら一つお聞きしたいことがあります。」

「......なんでしょうか?」

レギさんの確認したいことは多分......分かる。
恐らく俺が気にしていたことと同じだろう。
そして、なんとなくだけどトールキン衛士長も何を聞かれるか分かっているような気がする。

「私達は紛れもなく部外者です。突然現れた私達があなたの領域に無遠慮に足を踏み入れて......ご不快ではありませんか?」

レギさんは目を逸らすことなく真っ直ぐトールキン衛士長を見つめながら問う。
トールキン衛士長は静かにその視線を受け止める。

「思う所が何一つもないと言えば嘘になりますが......私は密偵です。任務の達成以上に求める物はありません。それが自らの手で成せなくとも問題はありません。」

そこで言葉を区切ったトールキン衛士長は初めて表情を変化させる。

「勿論。私の手で、と言う思いが全く無いわけではありませんがね。」

先程セラン卿のいた部屋にいた時に感じた覇気のなさ......それが嘘のような......力強さを滾らせた目でレギさんを見つめる。
流石密偵ってところなのかな?
どれが本当の姿なのか......こうして相対していても全く分からない。

「それは良かった。これで我々も貴方達を信頼して、気兼ねなく全力で事に当たれます。」

「はい、一秒でも早く不届きものを捕らえられるように協力してことに当たらせていただきたいと思います。」

レギさんが手を差し出しトールキン衛士長がその手を握る。
矜持もあるし信念もある、それ以上にあるのはグラニダへの忠誠心ということなのだろう。
優先するべきは結果で、そこに辿り着く為ならば自分の意志は必要ないということか。
自分の命まで計画に組み込んだカザン君のお父さん......その在り方に似ている気がする。
トールキン衛士長も目的のために自分の命が必要になったら、躊躇いなく投げ出しそうな気がする。

「まずは私達の得ている情報をお渡ししたいのですが......申し訳ありません。セラン様もおっしゃっていましたが、手がかりと呼べるようなものは未だ掴めていないのが現状です。」

「厄介な相手ですね。」

先程まであった覇気のようなものを完全に消してトールキン衛士長が淡々と告げてくる。
内心は色々思う所があるのだろうが......それをかけらも感じさせない、なんだったら他人事のように言っているな。

「私達が調べた内容、そして結果は全てお伝えします。私達が気づけなかったことにレギ殿達なら気づけるかもしれませんし......調べつくしたと思っていても穴があるかもしれませんからね。」

そう言ってトールキン兵士長はいくつかの羊皮紙をテーブルに置く。

「こちらは周辺勢力の情報になります。可能性は低いと考えていましたがやはり私達が調べたところ周辺勢力の仕掛けと言うことではなさそうです。」

そう言いながらテーブルに置いた羊皮紙をいくつか広げて見せてくれる。

「なるほど......確かに周辺勢力の力では正面切ってグラニダと戦うのは無理そうですね。」

レギさんが羊皮紙に書かれた内容を見ながら言葉を続ける。

「専業軍人はほとんど存在せず、戦場に上層部の......文官が指揮官として立つ事も少なくないのですね。兵は戦ごとに徴兵......訓練らしい訓練は殆ど無し......戦法は突撃のみ......グラニダとは戦力として規模が違い過ぎて戦争にもならないのでは?」

「はい。何度か攻め込まれた......国境付近で槍を交えたとこはありますが......正直野盗の集団と大差ない練度ですね。専業軍人として訓練を受けているグラニダの兵とでは戦力に開きがありすぎます。」

「だからこそ搦手を仕掛けてくるのではないですか?」

レギさんの問いにトールキンさんも軽く頷く。

「おっしゃる通りだと思います。ですので私達もその手の動きを一番警戒していました。しかし周辺勢力の結託も新設の特殊部隊の設立の動きもありませんでした。」

「周辺勢力の組織図に動員できる兵数、装備、指揮官と戦歴。これだけ相手の戦力を丸裸に出来ていて特殊部隊だけを見過ごすのは不可能に近い。主たる勢力以外にも......大小さまざまな組織があるようだが......どれも今回仕掛けられた陰謀を制御するのは無理か。」

レギさんが周辺勢力についての資料を流し見しながら言う。
確かに......周辺勢力がグラニダに仕掛けてくるにはちょっと無理があり過ぎる......予想以上の戦力差だ。
国対村みたいな感じ......人口も桁が二つくらい違うし動員できる兵数も似たようなものだ。

「これだけの戦力差がありながらなお、グラニダは外に領土を増やそうとしなかったのですね......。」

確かに、戦えば簡単に領土を取れそうなものだけど......。

「そうですね。グラニダの領土はこの地方では大きい方ですが......人材は豊富とは言えません。今以上に領土を広げたとしても管理が行き届かないのです。無責任な領地の拡大はその土地に住む民を不幸にします。歴代のご領主様方はそのことをよく理解されて......カラリト様もよくそのように領土拡大を謳う貴族を諫めておられました。」

「本当にグラニダのご領主は思慮深い方々なのですね。」

なるほど......確かに管理しきれないものを手に入れてもね......周辺勢力では争いが絶えないらしいけど......その辺の事を理解しているのだろうか?

「近年の難民政策が上手くいったので人口が右肩上がりでしたし......カラリト様は将来的に庶民からも官職に着けるような環境や法を作ろうとしていたのかもしれません。」

「なるほど......面白い試みだと思います。」

「教育は大変でしょうけどね......っと申し訳ありません。話が逸れましたね。これらの資料から周辺勢力の仕業とは考えにくいと言うのが我々の結論です。」

「そうですな......私も周辺勢力の暗躍は考えにくいと思います。もっと直接的に御領主の暗殺等であったのなら周辺勢力の仕業とも考えられたのですが......。」

うん、レギさんの言う様に策謀を張り巡らせるというよりも短絡的な暴力で仕掛けて来ていたのなら周辺勢力を疑えたのだけど......。
まぁ被疑者は少ない方が楽かな?

「私達は現在内部の者を調べています。怪しい人物は領都の方で更迭されていますが......やはりあれ程の規模で陰謀を張り巡らせることのできるような勢力は存在しません。」

「大本命であるアザル兵士長はどうなのですか?」

「......あの者も調べているのですが......結果は芳しくありません。勘も鋭く下手に近づいた部下が何人もやられています。」

「そうでしたか......、」

アザル兵士長は怪しさ大本命だけど......調べるのが難しいのか......。
個人の武勇に優れるタイプってカザン君も言っていたからな......。
レギさんが少し考えるそぶりを見せた後視線を俺に向ける。
俺から言うべきか。

「トールキン衛士長。アザル兵士長の調査ですが、私達に任せてもらえませんか?」

「よろしいのですか?恐らく、ケイ殿が想像している以上にアザル兵士長は危険な人物ですよ?」

「はい、任せてください。」

俺が即答するとトールキン衛士長が軽く頷く。

「それではアザル兵士長の調査はケイ殿達にお願いしたいと思います。私共はアザル兵士長以外の調査に全力を尽くします。現在調べることが出来ているアザル兵士長の情報はこちらにあります。」

一瞬のためらいもなく、目下一番怪しい人物の調査を俺達に任せてくれるトールキン衛士長。
本当に凄い方だな......

「ありがとうございます。一度他の仲間も含めて話をしておきたいと思います。セラン卿から改めて依頼されてからそのままですので。」

「承知いたしました。私は暫く屋敷の方に詰めていますので方針が決まったらお知らせください。」

トールキン衛士長が立ち上がり一礼をする。
俺はアザル兵士長の情報の書かれた羊皮紙を持って立ち上がり頭を下げる。
アザル兵士長か......ファラには無理をしてもらうことになるかもしれないけど......ネズミ君達なら色々と調べられるはずだ。

しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

俺とシロ

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】(全面改稿いたしました) 俺とシロの異世界物語 『大好きなご主人様、最後まで守ってあげたかった』 ゲンが飼っていた犬のシロ。生涯を終えてからはゲンの守護霊の一位(いちい)として彼をずっと傍で見守っていた。そんなある日、ゲンは交通事故に遭い亡くなってしまう。そうして、悔いを残したまま役目を終えてしまったシロ。その無垢(むく)で穢(けが)れのない魂を異世界の女神はそっと見つめていた。『聖獣フェンリル』として申し分のない魂。ぜひ、スカウトしようとシロの魂を自分の世界へ呼び寄せた。そして、女神からフェンリルへと転生するようにお願いされたシロであったが。それならば、転生に応じる条件として元の飼い主であったゲンも一緒に転生させて欲しいと女神に願い出たのだった。この世界でなら、また会える、また共に生きていける。そして、『今度こそは、ぜったい最後まで守り抜くんだ!』 シロは決意を固めるのであった。  シロは大好きなご主人様と一緒に、異世界でどんな活躍をしていくのか?

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界なんて救ってやらねぇ

千三屋きつね
ファンタジー
勇者として招喚されたおっさんが、折角強くなれたんだから思うまま自由に生きる第二の人生譚(第一部) 想定とは違う形だが、野望を実現しつつある元勇者イタミ・ヒデオ。 結構強くなったし、油断したつもりも無いのだが、ある日……。 色んな意味で変わって行く、元おっさんの異世界人生(第二部) 期せずして、世界を救った元勇者イタミ・ヒデオ。 平和な生活に戻ったものの、魔導士としての知的好奇心に終わりは無く、新たなる未踏の世界、高圧の海の底へと潜る事に。 果たして、そこには意外な存在が待ち受けていて……。 その後、運命の刻を迎えて本当に変わってしまう元おっさんの、ついに終わる異世界人生(第三部) 【小説家になろうへ投稿したものを、アルファポリスとカクヨムに転載。】 【第五巻第三章より、アルファポリスに投稿したものを、小説家になろうとカクヨムに転載。】

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します

あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。 異世界パルメディアは、大魔法文明時代。 だが、その時代は崩壊寸前だった。 なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。 マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。 追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。 ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。 世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。 無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。 化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。 そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。 当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。 ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...