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4章 召喚魔法使い、立つ
第154話 むずかしいしごと
しおりを挟む商業ギルドの立ち上げの話が出てから一月ほどの時間が経過した。
ギルドの目的や業務内容、各種規約や会費、また運営資金の調達方法に他国のギルドとの窓口……決めなければならないことは多岐に渡ったが、そこは流石に商人の集まり……必要事項の洗い出しや規則の制定等は非常に迅速に終わった。
しかし、初期段階からの懸念事項であり、センやレイフェットも頭を悩ませたギルド長に誰が着くのかという問題だけは中々決着が着かなかった。
結局、最後の最後まで決まる事の無かった項目ではあったが……後進を育てる事を条件にライオネルがギルド長の座に就くことになった。街の商人達はライオネルがギルド長に就いたことを非常に喜んでいたが、当の本人は苦笑していたのがセンとしては印象的だった。
その後進にはシアレンの街の商人達を取りまとめていた人物の息子が推され、ギルド長補佐という役どころに収まり、ライオネルの傍で鍛えられることになった。
ライオネルとしては二、三年でギルド長を退任し、後は任せるつもりだと話しているが……立ち上げの一番つらい時期を受け持つというライオネルの言葉に街の商人達も補佐役となった青年も大きな感謝と尊敬の念を見せていた。
そんな商人ギルドは、現在正式な稼働の為に準備を進めており、ライオネルや補佐役の青年はその業務内容の多さに目を回しているようだ。
センはそんなライオネルや、同じく忙しさに潰されそうになっているレイフェットのサポートをしつつ、日々を過ごしていた。
「……」
「どうした?アルフィン。集中できていないみたいだな?」
「……あ、いや。すまん」
センが、机に向かったまま手を動かさずにぼーっとしているアルフィンに声を掛けると、ハッとした様子のアルフィンが慌ててセンの作った問題に取りかかろうとする。
その様子を見ていたセンはアルフィンの手を止めて軽い口調で語り掛けた。
「無理する必要は無いぞ?体調が悪かったり、集中できない時に無理に勉強をしても頭に入らないからな。機械的に問題を解くことが大事なんじゃない、しっかりと意味を考える事こそが大事なんだ」
「……そういうものか?」
「そういうものだ」
センが肩を竦めながら言うと、アルフィンは手に持っていたペンをペン差しに戻し椅子の背もたれに身を預ける。
「なぁ、セン。最近街の様子が……おかしい……いや、変な意味じゃないんだが……」
「賑やか……活気があるって言いたいのか?」
「あ、あぁ、それだ。そんな感じだよな?なんか……凄いよな」
アルフィンが窓の外に視線を向けながら言う。
「やっぱり、あのエミリさんの大きな店が街の雰囲気に繋がっているのか?」
「全てが全てと言う訳ではないが、一役を担っているのは確かだな。だが……この街が物凄く賑やかなのは、レイフェットが頑張っているからだな」
「お父様が?」
背もたれに預けていた身を起こしながら、アルフィンが問いかける。
「あぁ、ここ最近、かなり忙しそうにしているだろ?」
センの言葉に、少し表情を変えたアルフィンが頷く。
「うん……ちょっと心配なくらいだ」
少し不安げなアルフィンの様子に、若干の申し訳なさを覚えつつ、センはアルフィンの頭を軽く撫でる。
「今この街は大きく変化しようとしているが……それに伴い、領主であるレイフェットは今まで以上に仕事が大変になっている」
「……最近物凄く疲れているみたいなんだが……俺に手伝えることはないのか?」
「アルフィンが手伝うのはまだ少し難しいな。折衝や決裁……他の国の人間との話し合いや、色々な報告や要請への判断がレイフェットの主な仕事だからな」
「……出来ないかな?」
アルフィンが首を傾げながら言うのを見て、センは苦笑する。
「一つの判断を下す為には、いくつもの事を把握しておかないと正しい判断は出来ない」
センの言葉に、あまりピンと来ていない様子のアルフィン。
「そうだな……例えば、ご飯が食べられなくてお腹を空かしている人がいたとする」
「食事を与える」
センの出題途中で端的に言葉を発したアルフィンは、まだ出題途中であることに気付き少しバツが悪そうな顔になる。
「即断即決も悪くないが、話は最後まで聞かないとな。判断を間違える要因になる。先の言葉が読めたとしてもな」
「……わ、悪かった」
アルフィンが謝り、センは笑みを浮かべながら口を開く。
「じゃぁ、続きだ。お腹を空かせている人の人数は五百人。今その人達は街の外で野営をしている」
「……五百……盗賊とかじゃないよな?」
「あぁ。老人や子供、女の人が多く、若い男はあまり数がいない」
「……じゃぁ、やっぱりさっきと同じように食事を与える」
先程とは違い、少しだけ考えるそぶりを見せながらアルフィンは答える。
「なるほど……その判断は悪くないが、もっと確認しなければならないことは多いな」
「確認しなくてはいけない事?」
「あぁ、突然街の外に五百の空腹の人間が現れたんだ。その人達がどこから来たのか、何故ここに来たのか……そして怪我や病気の有無。先程盗賊かどうかを尋ねたのは悪くなかったが、もっと多くの事を尋ねる必要がある。レイフェットの代わりに判断を下すということは、アルフィンはシアレンの街、そしてそこに住む民衆の事を一番に考えなくてはならない」
「もっと慎重に判断しないといけないってことか?」
「……そうだな。例えばその五百人は善良な隣国の民で、村を焼きだされて来たとしよう。アルフィンはすぐに食事を与えると判断していたが……彼らはそもそもこの街に税を納めていない。彼らを救う財源はこの街の住民たちの血税だ。軽々しく使っていい物ではない」
「……この街の住人では無いから、救わないのが正解ってことか?」
「いいや?出来れば救いたい所だな。だが、救うという行為は、自分に余裕があって初めて行えるものだ。この場合、五百人を救うことが出来るだけの食糧はあるのか、五百人を受け入れるだけのキャパシティは街にあるのか……」
「街の為には救わないことも考えなくてはいけない……のか?」
「個人の希望と街の方針が必ずしも一致するとは限らない。というか、一致しない事の方が多いだろう。領主として判断を下すという事は、自分の心ではなく街の心に寄り添わないといけない」
「……」
アルフィンが難しい顔をして黙り込むのを見て、センは笑みを浮かべる。
「さて、以上の事をふまえた結果……アルフィンの答えはどうだ?」
「……うん。救うのが正しい事だと思う。でも街の事を考えると……分からない。俺はどのくらいの余裕が街にあるのかも分からないし、何故突然五百人もの人間がこの街に来たのか……周りの国の事もよく分からない……この状態じゃ、お父様の代わりに判断を下せるはずがない」
少し難しい表情を浮かべながら、アルフィンはゆっくりと首を横に振った。問題の意図をしっかりと理解した上で自分の考えを正直に言うアルフィンを見て、とても優しい表情になりながら口を開く。
「そうだな。領主が判断を下さなければならない物は、どうあっても街や人の生活や命に関わる内容が多い。軽々に判断する事は出来ないだろうな。その上で……もし今五百人の難民がこの街に押し寄せて来たら……俺なら受け入れるな」
「……受け入れるのは良くないって言ってなかったか?」
「そんなことは言ってないぞ?出来れば救いたいとは言ったが」
「……確かに言っていたけど……いや、そうか。色々な事を把握して、その情報を基に判断しなければならないってだけか」
一瞬不満気にしたアルフィンだったが、途中で納得したように呟き、考え込むように顎に拳を当てる。
センはその様子を見ながら言葉を続けた。
「今シアレンの街はとにかく人手不足だからな。難民であろうと、人が増えてくれるのは願ったり叶ったりだ。仕事はいくらでもあるからな……難民がスラムを形成して、治安の悪化に繋がるって事態は……今のシアレンであれば防げるだろう」
「なるほど……」
「意地の悪い話をしたが……判断するだけでもかなり大変だろう?」
先程まで浮かべていた笑みとは違い、皮肉気に口元を歪ませたセンがアルフィンに問いかけると、深くため息をつき納得した様な声音でアルフィンが呟く。
「……お父様はずっとこんな難しいことをされているのだな」
「レイフェットだって人なのだからミスはしてしまう。だが、街に住む全ての人の生活を背負って判断を下すのが領主だ。当然ミスは許されない……その心労は、同じ立場にある者でなければ理解することは出来ないだろうな」
「……」
「だが、だからこそ領主を孤独にするべきじゃない。俺達周りの人間がレイフェットを支え、助けなければならないんだ。何も仕事を手伝うだけが支えるという事じゃない。アルフィンはレイフェットの息子として、アルフィンにしか出来ないレイフェットの手助けの仕方があるはずだ」
センの言葉に真剣な表情で悩みだすアルフィン。その様子を見たセンは、アルフィンのレイフェットへの愛情を感じ、再び頬を緩ませた。
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