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4章 召喚魔法使い、立つ
第150話 お互いの為に
しおりを挟む「ラグ、今日は呼び出してすまないな」
「……お前本当に無事だったのか」
ルデルゼンにラグと呼ばれた人物は、顔を顰めつつも尊大な様子で口を開く。
しかしその姿は包帯だらけで、お世辞にも壮健とは言い難い姿だった。
「えぇ。縁あって助けて頂いたというところですが……そちらも苦労したようですね」
「……あぁ。罠も魔物も……強引に突破する仕方なかったからな。お前みたいにぴんぴんして動き回っている奴は今『陽光』にはいねぇよ」
ラグの棘のある言い回しにニャルサーナルの耳がぴくりと動くが、それ以上の反応は見せずにルデルゼンの注文した飲み物を大人しく飲んでいる。
「私も動けるようになったのここ数日の事ですけどね。助けて下さった方の話では中々酷い状態だったようで……いや、こうして話していることは、本当に奇跡に近しいものだったと」
「……ふん、そうかよ」
ラグはそう言って立ったまま、座っているルデルゼンの事を見下ろしている。その顔にはありありと警戒の色が浮かんでいた。
そんなラグを見て、ルデルゼンは笑みを見せる。しかし、ルデルゼンの笑みは人族であるラグには伝わらず、より一層の警戒を呼び起こす結果となった。
その事にルデルゼンは表には出さずに苦笑すると、出来る限り柔らかい声音でラグに話しかける。
「ラグ、そう警戒しないで下さい。私は別に貴方に仕返しをするためにここに呼んだわけじゃない」
「……」
ルデルゼンの台詞に、少しだけ間合いを広げるラグ。全く信用されていないなぁと内心思いつつルデルゼンは改めて口を開く。
「考えてもみてください。貴方に仕返しをするつもりであれば、こんな人目のあるところに呼び出したりはしませんよ。ここに呼んだのは、お互い冷静に話し合いをする為です」
「……」
「勿論、あのことに対しても言及するつもりはありません。この場所で暴露したりするつもりもね。これから先、傷を癒して再びダンジョンに向かうであろう貴方達にとって……信用に瑕がつくことは避けたいでしょうからね。何でしたらあの事は口外しないと契約書を交わしてもいいですよ?」
あの事……つまり撤退時にルデルゼンに薬をぶつけ、強制的に囮にして自分達だけ助かろうとしたことを口外しないというルデルゼン。
ラグはその真意が分からずに困惑した表情となる。
「今後、貴方達が到達階層を伸ばしていくにあたって『陽光』以外の探索者とチームを組まなければならない時が来るでしょう。そうなった時に、今回の件が足を引っ張る様な形にはしたくありません。それは貴方達の為でもありますが、当然私の為でもあります」
「……何故そうなる?今回の件……お前は言いふらしたところで同情されこそすれ、足を引っ張られるようなことにはならないだろ」
ますます意味が分からないと言った様子のラグ。
ルデルゼンはこの件に関して予めセンと相談しており、今後の為にも契約書は交わしておいた方が良いと言われていた。
「そうでもありません。これは大前提になりますが……まだ契約期間中ではありますが、私は『陽光』との契約を打ち切りにしたいと考えています。その事について何かありますか?」
「……違約金は?」
「それについては……寧ろ私の方から請求したい所だと思いませんか?理由は……言うまでも無いですよね?」
「……だが契約は契約だろ?見ての通り、俺達は金が入用だ。お前が払うはした金程度でも今は惜しいな」
そう言ってラグは包帯を見せつける様にする。先程まであった警戒する様子は鳴りを潜め、完全に相手から金をむしり取ろうとする意志だけが見える。
その様子にルデルゼンは内心ため息をつくとともに感心していた。
(驚いたな。本当にセン殿が話していた展開になった……)
ルデルゼンが『陽光』のメンバーと話をしてくるとセンに告げた時、もしもの時の為にと言って色々とアドバイスをルデルゼンは受けていた。その時に想定出来るパターンとして、今現在の状況をそのままそっくりセンが話していたのだ。
「それに……お前に預けていた道具。アレはどうしたんだ?見たところここに持って来ている様には見えないが……百歩譲って契約違反は違約金を払えば水に流してやれるが、道具に関してはきっちり返してもらわないと話にならないぞ?それに、お前が生きてダンジョンから出られたのは、俺達が預けていた道具を使ったからだろ?」
そう言ってルデルゼンを見下したような笑みを浮かべるラグ。そもそも違約金を払っている時点で水に流してやるも何もないのだが、どこまでも上から目線で語るラグにルデルゼンは内心苦笑する。
「道具に関しては……使うも何も無いですよ。薬や食料、魔道具を入れたカバンは、あの時拠点に置いてきてしまいました。持っていたのは自分用の手荷物だけです。そもそも、殿を務めた私が、そういった荷物を持って役目を果たせると思いますか?」
殿を務めたという部分を強調してルデルゼンが言うと、少しだけ表情を変えたラグだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべ言葉を返す。
「ふん、今更あの拠点に戻ったところで道具が無事なはずないからな。だから置いて来たなんて嘘をついているんだろ?お前の狙いはアレだろ……?俺達の道具を盗んで金に換えようってところだ。そうだろ!?」
「……ラグ。命のかかったあの状況で金勘定が出来る程私は図太くありませんよ。命あっての物種です。貴方もそうだったからこそ、自分の持っていた道具を投げ捨てて……逃げることに全力を尽くしたのでしょう?」
暗に、自分に薬を浴びせ、囮にしてまで自分達の命を優先したとルデルゼンが伝えると、露骨に表情を変えるラグ。
「ラグ。今回の件、何度も言いますが私としては遺恨を無くしておきたいのです。ですが、貴方の態度次第では、私も色々と事情を表に出さざるを得なくなるでしょう。そうなった場合、お互いにとって決して面白い話になることはあり得ません。だからここは一つ、後腐れなく全てを水に流しませんか?」
そう言ってルデルゼンは用意して来た羊皮紙を三枚取り出す。
「これは、契約書です。色々と文面は書いていますが、要約すると、今回の件について今後一切蒸し返さない事。今後お互いの同意無しに接触を持たない事。今回の件に関して吹聴しない事。この契約に違反した際、相手に対し金貨五千枚を支払う事。支払い能力がない場合奴隷契約による自身の売却、その金額を相手へ納める事。これを私、ルデルゼンと現『陽光』のメンバー全員に適用する事。そんな内容になっています」
「金貨五千枚だと!?無茶苦茶にも程がある!」
金額の多さにラグは激昂するが、それ自体も予想通りだったのでルデルゼンは落ち着いてかぶりを振って見せる。
「違反しなければただ紙に書かれているだけの事ですよ。五千枚だろうと五万枚だろうと違いはありません。因みに二項目にあるお互いの同意無しの接触については、相手に書面にて接触したい事を申し出て、それを相手が同じく書面にて了承した時のみ、同意があったとみなされます。街で偶然会うとかは契約違反には含まれないので安心してください」
この反応もセンの予測通りで、ルデルゼンは自分以上にセンがラグの事を知っていたのではないかと勘繰ってしまう。
「この契約書に名前を書いて頂ければ契約成立です。一枚はラグが保管しておいてください。一枚は私が、最後の一枚は今度街に出来る商業ギルドに預けます。知っていましたか?商業ギルドではこういった契約の仲立ちも執り行ってくれるそうですよ?」
「そんなことはどうでもいい!それよりこの金額はいくらなんでも……」
「……ラグ。契約というのは拘束力がなければ意味がないのですよ。そしてその拘束力と言うのは、契約を守らせるだけの強い罰則、そして違反した時に罰則に従わせるだけの力。この二つがあって初めて契約は成り立つのです。罰則に従わせる力は商業ギルドが保証してくれます。そして、とても簡単には支払うことの出来ないこの金額が、私達の契約をより強力に守ってくれるわけです」
「……」
「絶対に払いたくないでしょう?私も同じです。だからこそ、今回の件にこれ以上関わる事は無く、私達も綺麗に袂を分かつことが出来るという訳です。お互い、これ以上関わるのは良くないでしょう?なので、これで終わりにしましょう」
そう言ってルデルゼンは三枚の契約書をペンと共にラグに向かって差し出す。
黙り込んでルデルゼンを見た見つけたラグは、数分後ペンを手に取り拙い字で署名した。
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