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4章 召喚魔法使い、立つ
第146話 あの時何があったのか
しおりを挟む意識を取り戻してから数日、ようやく自力で身を起こすことが出来るようになったルデルゼンは、ベッドの上で身を起こしセンと会話をしていた。
「体力が戻るのに、ここまで時間がかかるとは思いませんでした」
「かなりの大怪我でしたからね……最初に見た時は、こちらの心臓が止まるかと思いましたよ」
(まぁ、色んな意味でだが……)
センは、召喚直後のルデルゼンの姿を見た時に感じた驚きや焦りを思い出す。
「参考までにどのような状態だったかお聞きしても……?」
「えっと……腕や足が千切れかけていたり……色々穴が空いたりですかね。正直ポーションの効果の凄さに引きました」
(本当は完全に千切れていたりしたが……千切れた部位の在りかが、魔物の胃袋の中でなくて良かった……胃袋の中だと召喚出来ない可能性が高いしな)
センは以前、体内に入った異物を召喚で取り出すことが出来ないか実験した時に、原型の止め具合で可否が分かれていることに気付いた。
つまり固形物を丸呑みでもしていない限り、体内に入った物の召喚は難しいのだ。
「そうでしたか……私もそこまでの大怪我をしたのは初めての経験です。本当にどうやって助かったのか……二十階層に行ける伝手があったとしても、救助が出来るとは……」
「ははっ、その辺については私の奥の手の様な物なので……」
「申し訳ない……命の恩人に対して探るような真似を……」
そう言ってルデルゼンが頭を下げるのをセンは止める。
「いえいえ、自分がどのように助けられたのか気になるのは当然ですから。ルデルゼン殿であればいつかお話しすることもあると思いますが……」
そこで言葉を切って、少し悩むようなそぶりを見せるセン。その様子を見て色々と失言だったかとルデルゼンは思ったが、何を言っても気を使わせてしまいそうだと感じ、少し話題を変えることにした。
「それではその時を楽しみにしておきます。それにしても、今こうしてセン殿と話せているのは奇跡に感じますよ」
「そうですね……あの状態でダンジョンに一人だったわけですから……その、何があったか聞いても?」
気を使うようなそぶりを見せながら、センはルデルゼンに問いかける。しかし、ルデルゼンは問題ないと言う様に……センには凶悪に感じられる笑みを浮かべ口を開く。
「えぇ。アレは完全に私達の油断が招いた事態でした。一日を使い前回の探索時に作った拠点に辿り着き、野営の準備をしていた時のことです……周囲への警戒を怠っていた訳では無かったのですが、拠点に辿り着き気が抜けていたのかもしれません。上空から飛来した魔物に襲撃を受けたのです。それだけであれば多少の怪我程度で撃退できたと思うのですが、更に大型の魔物が数体なだれ込んでくるように拠点に現れました」
「……拠点として選んだ場所が悪かったのでしょうか?」
そこまで次々と魔物が現れるような場所に拠点をすると言う事は普通考えづらい、そう思いセンが問いかけると、ルデルゼンは少し難しい顔になる。
「基本的に、水場や見晴らしのいい場所、獣道がある場所等は避けて拠点は設営します。地形も利用して守りやすく、それでいて、撤退しやすさを確保。拠点の周りには罠を設置……油断があったとはいえ、そう言った基本はしっかりと抑えていました。流石に自分達の命が掛かっていますからね、その辺は抜かりなくやっていました」
「……となると、今回の件はイレギュラーだったと?」
「あの拠点を使うのは、設営した時と今回とでまだ二回だけですが、それでも前回は数日かけて拠点を構築して周囲を探索していました。空から降りて来た魔物はともかく、あんな大型の魔物の群れは付近では確認できなかった種ですね」
ルデルゼンの話を聞いてダンジョンに対する恐ろしさだけが募るセン。特に立て続けに二十階層以降での事件を聞いているからか、二十階層以降が魔境に思えてならなかった。
「まぁ、ダンジョン内で魔物が生息域を離れて移動することは、さほど珍しい事ではありません。探索者の戦闘から逃げて群れの場所が移動したりすると、連鎖的に他の魔物も移動せざるをえなかったりしますから……だからこそ油断は出来ないのですが……今回は自分達の拠点についたことで、一瞬気の抜けた瞬間に襲われたというのが原因と言えるかもしれません」
「なるほど……」
「最初の空から襲撃で、チームの壁役が負傷していたのも総崩れの原因の一つですね。戦線を支える存在が本調子でない状態で大型の群れと戦うのは不可能に近いですし、まぁ、後衛を庇って傷を負ってしまったので仕方ないと言えばそれまでですが……立て直すことが出来なかったのはマズかったですね。そこからはもう、必死に逃げるだけと言った感じで……」
「確か、殿になってチームをルデルゼン殿が逃がしたんでしたね?」
「……以前もそう言われていましたが……どういう事でしょうか?」
ルデルゼンが硬い表情でセンに問いかける。
「脱出して来た『陽光』のメンバーがそう話していたと聞いていますが……違うのですか?」
「……私は……恥ずかしながら、あまり戦闘の腕には自信が無く……『陽光』のメンバーと比べれば、その実力はかなり下がります。いくら全員が傷ついていたとは言え、私を殿に据えていては、逃げられる物も逃げられないでしょう」
「……確かに、撤退時の殿には基本的に一番強い者や、時間稼ぎを得意とする者が着く物だとは思いますが……ルデルゼン殿の謙遜と言う訳では無いのですよね?」
「えぇ。私が『陽光』に雇われているのは、マッピング、罠の発見、解除、設置……後は雑用。この辺りを期待されての事です。戦闘は足手まといなので、主に後衛の傍で盾を構えているくらいのもので、役に立っているとすれば、精々後方の警戒くらいなものですね」
「なるほど……どう聞いても殿を任せられるタイプではなさそうですね。しかし、ならば何故殿などと……」
センの言葉にルデルゼンが小さくため息をついた後、自虐するような笑みを浮かべる。
「……殿と言えば聞こえはいいですが……囮と言うと外聞が悪くなりますからね」
「やはり……そうなのですか」
「撤退を開始してすぐ……私は盾役であり『陽光』のリーダーでもあるラグから、薬を投げつけられました。最初はポーションを投げつけてくれたのかと思ったのですが……ラグ自身が負傷しているのに私にポーションを使うなんて無駄な事するはずはありませんし、何より、魔物が興奮して私を執拗に狙うようになったことで気づきました。アレはチームの盾役が使う、魔物を興奮させて自分に注意を向ける為に使う香水だと」
「その薬をルデルゼン殿に投げつけて囮に……?」
感情が消えた様な表情でセンが問いかけるが、ルデルゼンは穏やかな口調で続ける。
「ラグは『陽光』のリーダーですから、チームを守る責任があります。あの状況、誰かを犠牲にしなければ切り抜けられないという判断は間違っていないでしょう。そしてその場合、正規のメンバーである他の皆と、雇われである私……考えるまでも無く、他を生かすために切り捨てるべき相手は決まっています」
「……」
(それは確かにそうかもしれない。非情な判断だとは思うが……それは安全な場所だからこそいえる台詞だ。ルデルゼン殿の事を殺したかったわけでは無く、自分達が生き残る為だからな。日本であっても緊急避難は適用されるかもしれないが……知り合いを犠牲にしようとしたと聞かされて、相手を許せるほど達観出来ないぞ)
「ダンジョンで起こる事は、最終的には自己責任ですからね。思う所が無いとは言えませんが……間違った判断だとは言えません。寧ろ正しい判断だと言えるでしょう……勿論、犠牲になるのが自分でなければですが。流石にもう『陽光』と組む気にはなれませんね」
「それは……そうでしょうね」
そう言って苦笑する二人。
もしルデルゼンが、今後も『陽光』とダンジョンに潜ると言い出したら、センは全力で止めていただろうが……流石にそれは無かったようだ。
「でも、またダンジョンには行きたいですね」
「こんな目に遭ってもですか?」
センは少し目を丸くしながら尋ねる。
大怪我や死にかけたというレベルではない……センがいなければルデルゼンは確実に死んでいたのだ。それでもなおダンジョンに挑みたいというルデルゼンに、センが驚くのも無理はないだろう。
「えぇ。私は何とかして三十二階層に行きたいのです」
「三十二階層というと……歴代の最高到達階層ですか?」
「えぇ。そこに是非手に入れたいものがあるのです」
そう言ったルデルゼンの目には憧れや夢と言ったものではなく、ただ強い意志が宿っているようにセンには感じられた。
「……ルデルゼン殿。もし良ければ……」
そんな強い瞳を見て、センはルデルゼンに提案をする。
その提案を聞いたルデルゼンの目は大きく見開かれた。
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