召喚魔法の正しいつかいかた

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4章 召喚魔法使い、立つ

第145話 目覚め

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 ゆっくりと意識が浮上する感覚と共にすさまじいまでの倦怠感を感じつつ、ルデルゼンはゆっくりと目を開ける。

「……ここは……助かった……?」

「目が覚めたみたいですね。あぁ、まだ動かないで下さい。怪我は治っていますが、衰弱が激しいので……」

 そう言ってルデルゼンの寝ているベッドに柔和な笑みを浮かべた老人……ハーケルが近づく。

「ここは、貴方の知人であるセン殿のご自宅です。分かりますか?」

「……セン殿……?何故……?」

「すみません、詳しい事情は私も聞いていません……後ほど、セン殿に確認してください。ひとまず、少し検査させて貰いますね?あ、申し遅れました。私はハーケルと申します」

 慣れた手つきでルデルゼンの身体を調べて行くハーケルの事を、微妙に焦点の合わない目で見ながら、ルデルゼンは現在の状況を理解しようとする。しかし、はっきりとしない思考や意識はふわふわとしていて、水蒸気を手で集めるかのような手ごたえのなさやもどかしさをルデルゼンに与える。

「分かる範囲で、どこか違和感や痛みのある所はありますか?」

「……わからない……」

 ハーケルの問いに意識を自分の身体に向けようとしたがそれも上手く行かず、茫洋とした返事を返すルデルゼン。
 そんなルデルゼンに笑みを返したハーケルは、吸いのみを差し出しながら口を開く。

「少しでいいのでこちらを飲んでください。体力の回復を促す薬です」

 ハーケルが口元に差し出した薬を言われるがまま少量飲んだルデルゼンは、目の前が暗くなっていくのを感じた。

「次に目が覚めた時はもう少し楽になっている筈です。安心してお休みください、ここは安全ですから」

 ハーケルの柔らかい声を聞きながら、ルデルゼンの意識はゆっくりと沈んでいった。





 ルデルゼンは誰かが傍で動いている気配を感じて目を開ける。

「あ……」

 目を開けたルデルゼンに気付いた人物……部屋の空気の入れ替えをしていたラーニャが扉を開きセンを呼ぶ声を上げる。
 呼ばれたセンはすぐに部屋に現れ、ルデルゼンが横たわるベッドに近づき笑顔を見せる。

「おはようございます、ルデルゼン殿。お体の具合はどうですか?」

「……セン殿?……ここは?」

「ここは私の家です。一度目を覚まされた時にハーケル殿が軽く状況を説明したと聞いていましたが、覚えておられませんか?」

 センが笑みを浮かべたまま問いかけると、ルデルゼンは寝たまま少しだけ思案顔になる。

「そう言えば……少しだけ誰かと話をしたような……」

「ハーケル殿……ルデルゼン殿が一度目が覚めた時に居た御仁ですが、あの方は薬師でして、ルデルゼン殿の怪我の具合を見てもらっていました。もう問題ないとのことで、それ以降は私達が様子を見ておりました」

 センの言葉を聞いたルデルゼンの意識は急速に覚醒し、驚いたように目を見開き少し慌てた様子を見せる。

「そ、そうでした!なぜ私はここに!?私はどうして助かったのですか!?」

 声を上げつつ体を起こそうとしたルデルゼンは、半身を起こすことさえ困難な程強い虚脱感を感じ、ベッドの上で小さく身じろぎするだけに留まる。

「それについて説明させて貰うのは構いませんが、もう少し休まれた方が良いのではないですか?五日程寝たきりでしたし、ハーケル殿の話では目が覚めても暫くは身を起こすことも出来ないとのことでしたが……どうですか?」

 ルデルゼンが既に起き上がろうとしていたことに気付かず、センは気遣わしげな表情でルデルゼンに具合を尋ねる。

「……確かに、自分の身体とは思えないくらい動かせません……ですが、軽く事情だけでも聞かせてもらえませんか?気になり過ぎて休める気がしません」

「……分かりました。ゆっくり休んで貰いたいですし、簡単にご説明しますね」

 センはそう言って、ルデルゼンの寝ているベッドの隣に椅子を置いて座る。

「ルデルゼン殿はダンジョンの二十階層に『陽光』のメンバーと探索に行き、そこで魔物の襲撃を受けて潰走……メンバーに犠牲は出ていないみたいなので安心してください。ただ殿に残ったルデルゼン殿だけがダンジョンより戻って来ませんでした」

「……殿?」

 ルデルゼンがセンの言葉に引っかかったように反応するが、かすれた様な声だった為センは気づかずに話を続ける。

「偶々探索者ギルドに居た私はそれを知り、急ぎルデルゼン殿を救出……ポーションを使い治療を施した後、家に運び込みハーケル殿に診察をして貰ったという訳です」

「……どうやって二十階層にいた私を救出したのかとか色々と疑問はありますが……細かいところはもう少し体力が戻ってからという約束でしたね……しかし、あの状況から助かるとは思っていませんでした。本当にありがとうございます、セン殿。このご恩は必ず返させていただきたいと思います」

 寝た状態のまま、少しだけ顎を引いて見せるルデルゼンにセンは笑顔を見せた後、椅子から立ち上がる。

「まだお腹が空いているか分かりませんが……薬草粥を用意してきます。難しいかもしれませんが、少し頑張って食べて下さい。それと、何か必要な物があれば遠慮なく声をかけて下さい。まずは体を癒して……詳しい話はそれからにしましょう。あぁ、療養にかかった費用は後で請求するので気兼ねなくゆっくりしてください。あ、尻尾を通す為に穴を空けたベッド代も請求していいですか?」

 センが冗談めかしながら言うと、ルデルゼンが小さく擦過音のような笑い声を出す。

「ベッドの件はすみません……勿論お支払いいたします。ですが、請求して下さるのであれば少し気が楽になります。申し訳ありませんが、暫くお世話になります」

 少しだけ首を動かしセンに向かって頭を下げたルデルゼンは、ゆっくりと目を閉じる。

「……少し疲れたみたいです。申し訳ありませんが……」

「えぇ、ゆっくりお休みください」

 椅子を片付けたセンは静かに部屋から出て行く。
 その表情や雰囲気は、漸く安心することが出来たというような空気を漂わせていた。

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