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3章 召喚魔法使い、同郷を見つける
第124話 ハルカとエンリケ
しおりを挟む「此度の件、本当に申し訳なく思っています。ハルカさんには謝罪のしようもありません」
「エンリケさん……」
ハルカの前には頭を下げる男……エンリケがいた。
ここはハルキア王都にあるエンリケの屋敷、その応接室である。
先日エンリケの依頼を受けたナツキは護衛としてエンリケの旅に同行、しかしその途中で何者かの襲撃に会いナツキは命を落とした……ことになっている。
エンリケは襲撃の後、新たに護衛を手配し王都へ帰還……直接ハルカの下に来る事は無かったが、学府を通してナツキの死亡をハルカに伝えていた。
(……直接私の所に来なかったのは貴族としては正しいのなのかな?その辺はよく分からないけど……でもこの人の中で私の重要度が高くないことは間違いない)
今日ハルカがエンリケの屋敷に来たのは学府を辞める事の報告、そしてナツキの死の偽装がバレていないか確認する為だった。
囮というか、ほぼ餌の役割ではあったが、ハルカはたとえ問題があったと場合でも、捕らえられることはあってもいきなり殺されるということはないと考え、この役目を引き受けた。
「姉に……何があったのですか?」
「……ナツキさんに護衛の仕事を頼んだのですが、後は帰るだけといった所で襲撃を受けまして……ナツキさん以外の護衛も襲撃犯を迎え撃ったのですが、彼らの話では相当な手練れだったと」
緊張を孕んだハルカの問いに、手を組みながら真剣な表情でエンリケは答えるが……その瞳は、どこか怒りを讃えているようにハルカには感じられた。
「そうだったのですか……」
「ですが、私が見た限り……ナツキさんが相手をしていた襲撃者は、あまり強者という感じではありませんでした。ナツキさんであればすぐに制圧出来るように私には見えたのですが……」
(確かお姉ちゃんの相手は、センさんがしたって聞いていたけど……怪しまれている?)
警戒心を表に出さない様に心掛けながら、ハルカは会話の誘導を試みる。
「その……姉はその襲撃者に負けたのですか?」
「いえ、そうではありません。こう言っては何ですが……恐らくナツキさんは自分の魔法で……」
「……もしかして、姉は襲撃者の実力が大したことない事を見抜いて、新しい魔法を試そうと……?」
「ナツキさんはその類稀なる才能で、学府でも大変優秀な成績を収めていました。その彼女が実戦とは言え、そう簡単に魔法を失敗するとは思えないのです。ハルカさんのおっしゃる通り、新しい魔法でもなければ」
そう言って、エンリケはハルカの事を伺うような視線を向ける。その視線を受たハルカは、口元に手を当てて考えるようなそぶりを見せながら口を開く。
「……姉は、最近新しい魔法を研究しているような話をしている事がありました。普段であれば、学府内の訓練所で実験を繰り返して完成させていたはずですが……」
「やはりそうでしたか……」
沈痛な様子で顔を手で覆うエンリケを見ながら、ハルカは内心安堵のため息をつく。
センの動きが悪かった為、襲撃自体を若干怪しんでいた様子のあったエンリケだったが、ナツキが襲撃者の実力の低さから色気を出し、ただ制圧するのではなく魔法の実験台にしようとしたのではないかという、ハルカの予想を受け入れたように見えたのだ。
普段のナツキの迂闊さが、ハルカの話の真実味を増したとも言える。
「本当にもう訳ない事をしました……」
「いえ、ちゃんと完成していない魔法を実戦で使おうとした姉が悪いです……」
それが真実であるかのように言いながら、視線を下げるハルカ。
センの策とは言え、嘘ばかり並べている事に罪悪感を覚えての動きではあったが、傍から見れば姉を失った悲しみと、その原因が姉自身の行動によるものという悔しさ……その感情を持て余しているように見えた。
「今日は……ナツキさんの事を聞きにいらっしゃったのですよね?」
心配するような笑みを浮かべながら言うエンリケに、ハルカは視線を上げ、申し訳なさそうな表情をしながら小さくかぶりを振る。
(話は終わったからそろそろ帰れ……ってことだよね。うん、センさんの読み通りだ。これなら問題無さそう)
本日エンリケの所に来るにあたって、センからいくつか想定されるパターンを聞いていたハルカは、その中で一番可能性が高く、そして一番楽なパターンと聞いていた会話の流れになったことを内心喜んでいた。
「姉の最後が聞きたかったのもありますが……それ以上に、エンリケさんへご挨拶をさせてもらおうと思って伺わせていただきました」
「私に……挨拶ですか?」
全く想定していなかった言葉を聞き、エンリケは小さく首を傾げる。
「はい。私は学府を辞めようと思います」
「それは……何故でしょうか?」
「色々とお世話をしてくださったエンリケさんには申し訳ないのですが、私には姉の様に魔法の才能は有りませんし……体を動かすのも得意ではありません。学府で学ぶことは姉の望みではありましたが……私に軍属は向いているとは思えませんので」
「ふむ……ですが文官としては優秀だと聞いておりますが……それに魔法の研究室にも偶に参加されているとか」
「はい……ですが、魔法の研究も姉には遠く及びませんし……何より、隣に姉がいないまま学府で過ごしていくのは辛さだけが募って……」
「……分かりました。ナツキさんはハルカさんにとって、とても大切な家族だったことは理解しているつもりです。その喪失感は多少の事では埋められるものではないでしょう」
エンリケは一度考えるそぶりを見せた後、ハルカの言葉に頷きながら言う。
ハルカは、エンリケの言葉に想定通り自分について何も気にしていない事を確認出来た事で、後は社交辞令を交わして終わりだと確信する。
「色々良くしていただき本当にありがとうございました。それと……これは私と姉が学府にいる間に得たお金です。二人分の学費にはなると思いますので……」
そう言って、センから預かっていた金貨入りの革袋を取り出すハルカ。
受け取るかどうかは微妙だが、受け取ってくれた方がこちらとしては助かるとセンは言っていた。
「ハルカさん、それは受け取れません。学府への推薦と学費の援助は、あの時あなた方によって助けられたお礼ですからね。ナツキさんと二人で稼いだお金であるなら尚更、それはこれからのハルカさんの為に使ってください」
そう言ってエンリケは革袋を受け取ろうとはしなかった。
ハルカは食い下がるようなことはせず、革袋を懐に入れて立ち上がる。
「本当にお世話になりました。エンリケさんのお陰で、とても充実した一年を送ることが出来ました」
「いえ、何か困ったことがあったら遠慮なく頼って下さい」
「ありがとうございます、エンリケさん」
姉を失った妹にかけるにはあまりにも軽い言葉だが、お互い芯の無い会話をしているハルカにとってはその方が都合が良かった。
そのまま、社交辞令を二、三言交わしたハルカはエンリケの屋敷を辞する。
しかし、屋敷を出たからと言って安心は出来ない。ハルカは足早に屋敷から離れ、予め打ち合わせで決めていた場所へとやって来た。
「お疲れ様にゃ」
「ありがとうございます、ニャルさん」
そこには帽子を被り、自慢の猫耳を隠したニャルサーナル笑顔でハルカを待っていた。
「これでようやく窮屈なここからおさらばできるにゃ」
「ずっと守ってくれてありがとうございます、ニャルさん」
「にゃはは、センの頼みだから仕方ないにゃ。でもこの街での活動はしんどかったから、後でいっぱいお礼してもらうにゃ。センの作る料理はぜっぴんにゃ。ん?ぜっぱん?」
「絶品であってますよ」
そう言って微笑むハルカに、ニャルサーナルは笑顔を返した。
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