召喚魔法の正しいつかいかた

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3章 召喚魔法使い、同郷を見つける

第88話 帰りの馬車にて

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「予想していたよりも、普通の少女といった感じでしたな」

「そうですね。世間慣れしていないというか……まぁ、あの年頃の娘なら不思議ではないですが」

 センとライオネルはナツキとの面談を終わらせ、今は帰りの馬車でのんびりと雑談の様な雰囲気で会話していた。

「……セン殿が言うと物凄く違和感がありますな。同じくらいの年齢でしょう?」

 苦笑しながらライオネルが口にした言葉を聞き、そう言えばそうだったかとセンは思い出す。

「……それもそうですね。ですがまぁ、おかげで予定以上の大金星と言った感じでしたし、私としてはライオネル殿にお礼をさせて貰いたいくらいですよ」

「まぁ、私の力と言うよりもセン殿の読みのお陰ですね。予めサインを決めていましたが……私の知らない物を要求してくると分かっていたのですか?」

「そうですね……この国では手に入らない物をライオネル殿が手に入れることが出来るとちらつかせれば食いついてくる……その可能性は低くないと考えていました。まぁ、私の知識でどうにか出来る物だったのは偶然ですが」

(彼女が欲していたのはリップクリーム。油と蜜蝋があればとりあえずは作ることが出来る……アロマオイルやシアバターがあればなおいいのだが……アロマオイルはともかくシアバターはな……代用品……蜂蜜とかでも良かった気がするな……いや、俺がそこまでやる必要は無いか)

「しかし、その、リップクリームでしたかな?化粧品ではないとのことでしたが、何に使うのですか?」

「あぁ、彼女も言っていた通り唇に塗るのですが……唇の乾燥を防ぐ保湿効果のあるものですね」

「唇の乾燥……ですか?」

 顎に手を当てたライオネルが首を傾げる。

「えぇ……この辺りの冬がどんなものか私は知りませんが、冬場になると唇がカサカサになって皮がむけたり、唇が割れて血が出たりすることはありませんか?」

「ふむ……確かにありますな。それを治す……いや、防ぐという事は予防するものということですか?」

「えぇ、そうです。まぁ、よく使う人は冬に限らずずっと使うようですが。作り方は簡単ですよ、蜜蝋を溶かして植物性の油と混ぜるだけです。一応油の種類によって効果が変わるのでそこは注意ですね。ハーブを漬け込んだ油がいいのですが……その辺りはハーケル殿と相談するのがいいかもしれません」

「なるほど……中々大変そうな印象を受けますが……」

「材料さえ揃ってしまえば量産は簡単ですよ。彼女の為に用意するというよりも新しい商材として考えてみても面白いのでは?」

「ふぅむ……」

「リップクリームは少しだけ色を付けることで口紅としても使えますね」

 センの言葉に黙り込んでしまったライオネルだったが、やがて難しい顔をしたまま口を開く。

「セン殿は薬学にも精通しているのですか?」

「いえ、まさか。私のこれは……生活の知恵みたいなものですよ。昔の知人にこういった物を作るのが好きな者がいたので、その手伝いをしたことがあったと言うだけです。なので肝心な油の部分はハーケル殿に相談したいということですよ」

「ふぅむ……効果の程を確認出来たら……商会の方で取り扱っても良いのですか?」

「えぇ、構いませんよ。多分試作品が出来るのもそんなに時間はかからないと思いますし……その気になれば明日に間に合わせることも出来るでしょうが……流石に早すぎて不自然ですからね。試作品を試しつつ、その内彼女には渡すとしましょう」

「……セン殿と話をするたびにどんどん新しい商品が生み出されていきますな」

「私が考えたものではありませんがね……」

 クリエイターの端くれを名乗っていたこともあり、目的の為に必要だったとは言え、他人の功績を奪い自分の懐を満たすというのは心苦しい……センが自分の取り分をなるべく減らそうとしているのは、そう言った思いが関係していると言えなくはない。
 目的の為に最適な行動を取るつもりではあっても、後ろめたさを全く感じない程センは擦れてはいなかった。

「……そう言えば、リップクリームを知っていたという事は、ナツミ殿は御同郷なのですかな?」

「えぇ。直接の知り合いではありませんが、そうなります」

「セン殿の目的はその同郷の方々を探すことなのですか?」

「目的の一つではありますね」

 ライオネルが探る様にというよりも、ただ質問しただけと言った様子で訪ねて来るのでセンは正直に頷く。

「ナツミ殿とその妹……それ以外にもいるということですかな?」

「えぇ、多くても他に三人といった所ですが」

 同郷の物がたった六人しかいないことをセンは明かす。それは不自然を通り越してまごう事無き異常な事ではあるが、ライオネルは気にした様子もなくなるほどなるほどと頷いた後、顔に大きな笑みを浮かべた。

「であれば!セン殿の知識にある商品を大々的に売り出しても文句を言えるのはたった五人だけという事ですな!どうです?セン殿!私と一緒にバンバン儲けませんか!?」

 冗談めかしながらもそこそこ本気で口にしている様子のライオネルに、センは感謝すると同時に皮肉気に口を釣り上げて答えた。

「……それは交渉次第ですね」

 その言葉にライオネルの口元が引くつく。

(ライオネル殿も、レイフェットと同様にいつかは俺の目的を話し手伝ってもらわなくてはいけない。ライオネル殿自身、俺に何らかの目的があって動いている事は気づいているが……何も詮索することなく対等に付き合ってくれている。その懐の大きさに甘え過ぎている感は否めないが……もう少しで説明できる段階に来ているはずだ)

 センは現地の協力者を作る上での最大の障害は、いずれ起こるとされている災厄の脅威をセン自身がちゃんと説明出来ない事だと考えている。
 セン本人は魔物の脅威を知るどころか、魔物自体に遭遇したことが無く、どのくらいの規模の群れが発生すれば大陸に住む人々にとって絶望的なものなのかが分からない。
 だからこそ、そちら方面で危機感を募らせて協力してもらうという方法は諦めている。
 ついでに言えば、よく分からない……しかもセン本人であっても信用できない人物と認定している相手から、災厄から救ってほしいと言われている状況だ。
 説得力なんて皆無であろう。

(だからこそ、必要なのは実績……そして何より信頼だ。災厄と戦うために協力して欲しいという事ではなく、災厄と呼ばれる脅威が起こるかも知れないから力を貸して欲しいという持って行き方になる。レイフェットとライオネル殿……公的な権力と経済力……レイフェットは街一つを含めた小領地の領主に過ぎないが……ライオネル商会の力でこれから一気に力を増していく。その為にもシアレンの街自体の改革も必要だ……)

 この世界に来てまだ半年もたっていない段階で、センは己の目指す地点に向けて確実に進んできた。
 その下地を完成させる為にも……明日の話し合いは失敗することは出来ない……センは、どういった展開で進めるか、どのような手を打つかに考えを巡らせる。
 その向かい側には、センの言った商談という言葉にどう対応するべきかを悩む巨漢の男がいた。

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