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3章 召喚魔法使い、同郷を見つける
第87話 怪しい護衛
しおりを挟む「本当に申し訳ありません、ライオネル殿。わざわざこんなお手間を取らせてしまって」
「いえいえ、構いませんぞ。商人が武術大会の優勝者に面談を申し込むのは珍しい事ではありませんからな。大会から二か月程経っておりますし、彼女の方も慣れたものでしょう」
センが学府にいるナツキ似合う方法がない物かとライオネルに相談した所、商人として面会を申し込むのはどうだろうかと提案を受けた。
勿論面会を申し込むのはライオネルで、センは従者として一緒に来てはどうかと言う話である。
「ありがとうございます……」
危険のある話ではないが、ライオネルを矢面に立たせることにセンは難色を示していた。しかし、ライオネル自身の強い希望により最終的には意見を押し切られてしまったのだ。
「調査結果は私も確認させて貰っていますが……どんな人物なのか楽しみですな」
「えぇ。まぁ、今回私は後ろに控えさせていただくだけですが……」
センはライオネルの斜め後ろで口角を上げる。
「ふむ……しかし、護衛と言う立場で良かったのですか?」
「えぇ。今回私は観察に徹しようと思います。それに、従者と言う立場ではあまり派手な変装が出来ませんしね」
そう言ってセンが肩をすくめると、肩越しに振り返っていたライオネルが破顔する。
この世界に存在する全ての護衛の中で最弱の戦闘能力だが、逃げるだけなら一流にも劣らないかもしれない。反応出来ない速度で攻撃されたら一巻の終わりではあるが。
「確かに……今のセン殿の格好は怪し過ぎますからな……」
ライオネルはそう言いながらセンの全身を改めて観察する。
現在センは金髪で肩に届くほどの長さのカツラを被っており、顔の上半分を覆うマスクを着けている。
腰には剣を差しており、護衛らしさと言えば立ち位置と武器だけだろう。
怪しさ九の護衛らしさ一と言った感じだが……誰も文句は言わない。
「私の素性さえ分らなければどれだけ胡散臭かろうと問題ないですよ。まぁ、ライオネル殿には、胡散臭い護衛が付いているという不名誉な噂が付きまとうかもしれませんが」
「今日だけであれば問題ありますまい……それとも今後もその恰好をされるのですか?」
ライオネルが肩をすくめながらセンに問いかけると、センは少しだけ考えるそぶりを見せた後……口角を上げながら答える。
「ライオネル殿と一緒に外に出る時はこれにしましょうか」
「……もう少し怪しくない変装を一緒に考える必要がありますな」
そんな話をしながらしばしの時間を過ごしていると、扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼します」
ライオネルが許可を出すと、一拍間を開けて扉が開かれ一人の少女が入室してくる。
(資料の通り、黒目黒髪で東洋人……というか日本人の顔だな。資料には十五以上二十歳未満となっていたが……大体高校生くらいか?ナツキ本人で間違いなさそうだな)
「初めまして、ナツキ様。私はライオネル商会会頭のライオネルと申します」
「……初めまして、ライオネルさん。私はナツキです。今日はどういったご用件でしょうか?」
部屋に入って来たナツキにライオネルが立ち上がり頭を下げる。
ナツキは一瞬ライオネルの姿に気圧されたように一瞬動きを止めたが、すぐに挨拶を返す。
「他の商人達からも色々と申し出があったでしょうが、私も似たようなものですよ。今日の所は簡単な顔つなぎ……それと軽い御提案といったところですね」
「……そうですか」
あまり興味が無さそうな様子のナツキはライオネルの向かい側に腰を下ろそうとして、ライオネルの斜め後ろに立っていたセンに気付き、二度見する。
(怪しさ大爆発中だからな、二度見する気持ちは分かるが……全力で顔にコイツは何だってかいてあるぞ)
腹芸はあまり得意ではなさそうだと思いながら、センは特に反応はしない。
「他の商人の方にも色々提案を頂いておりますが……あまりそう言った事には興味がないので……」
「なるほど。いえ、その可能性も考えてはいたのですが……あぁ、ナツキ様、私に敬語は必要ありません。楽な口調で話して頂いて結構ですよ」
「……そうさせて貰います。えっとライオネルさん?そちらのお店が何を売っているか知りませんが……私はライオネルさんの所の商品を使って宣伝をしたり、ライオネルさんのお店の仕事を手伝ったりするつもりはないです」
(多少砕けた口調にはなったが……気の強さが滲み出ているな)
「ふむ……それは残念ですな。先程の口ぶりでは他の商人の申し出も全て断っているのですか?」
「はい。私達は商売とかお金儲けとかに興味はありません」
(私達……か、妹の方にも色々話が舞い込んでいるのか?しかし、商人との繋がりが必要ないと言うのは……どういうことだ?彼女たちは災厄の内容は知らされていないと思うが……その場合、何か異変があった時に素早く情報を得る可能性がある商人との繋がりは、あって損はしないと思うが……既に繋がりのある商人がいるから引け目を感じている……という様子でもなさそうだ)
「そうですか……因みに、私の商会では武器や防具の類はあまり扱っておらず……どちらかと言えば生活に必要な物や魔道具なんかを取り扱っております」
「へぇ……そうなんですか。てっきりライオネルさんは強そうだから、武器とかを扱っているのかと」
あまり興味は無さそうだが、とりあえずと言ったような感想を漏らすナツキ。
「はっはっは!確かに良く言われますが……私自身荒事は苦手でしてな!こうして護衛を雇って逃がしてもらうと言った感じですな」
「護衛……そちらの……ちょっと怪しい感じの?」
(怪しいのは認めるが、もう少し言葉を選ぶべきじゃないか?)
自分の姿が悪い事は認めつつ、それを口に出してしまうナツキの性格を推し量っていくセン。
「確かに怪しさは群を抜いていますが……彼は私がもっとも信頼する護衛です。彼がいればそうそう私が危険に陥ることはないでしょうな」
「へぇ……あまり強そうには見えませんけど……っていうかライオネルさんの方が強そう」
(それは俺も同じ意見だが)
ナツキがセンを見ながら言った台詞に、心の中で全面的に同意するセン。
「いえいえ、私なぞ、街の外で魔物にでも遭遇したら怖くて震えるくらいしか出来ませんぞ?」
魔物の首くらいへし折りそうな体躯をしながらも、そんなことを言うライオネルに曖昧な笑いを返すナツキ。
「さて、先ほども言いましたが、うちの商会では生活に必要な道具や魔道具を豊富に取り揃えているので、もし何か入用の際にはご用命ください。この国にはないような物でも取り寄せることが出来ますので」
「……それは、少し興味があります」
今まで適当な応対をしていたナツキが、ライオネルの言葉に初めて興味を示す」
「何か探されている物があるのですか?」
「リップクリームってご存知ですか?唇に塗る物なんですけど……」
「リップクリームですか……化粧品でしょうか?」
「化粧品とは少し違って……どちらかと言えば薬の類です」
ナツキの説明に顎を摩りながら首を傾げるライオネル。動きの途中で不自然にならない程度にセンに視線を向けると、センはゆっくりと瞬きをして注視していなければ分からないくらい小さく口を開いた。
センとライオネルが予め決めていたサインである。ナツキとの会話中に何かライオネルの知らない物を求められた際、センが知っていてかつ入手可能であれば、そのような動作をすると打ち合わせをしていたのだ。
「あぁ、もしかしたらアレの事かもしれませんな。もし良ければお取り寄せしましょうか?」
「本当ですか!?是非お願いします!あ、後、あの、他にも欲しい物が色々あって……」
「えぇ、お聞きしますよ?」
少しバツが悪そうにしているナツキにライオネルが笑顔で応える。
(先程までの態度を思い返して気まずさを覚えているようだな。最初から愛想よくしておけばそんな思いもしなくて済んだと思うが……)
掌を返したように話に食いついて来たナツキに対して、センは内心ため息をつく。
「えっと……その……ごめんなさい!妹も……あ、私、妹がいるのですが、あの子も色々欲しい物があると思うので……今度改めてお話しさせて貰ってもいいですか?」
「なるほど……勿論構いませんよ?では……そうですね、学府で話すよりも私共の店に来てもらった方が色々話もスムーズにいくでしょうし、ご足労頂く形になってしまいますが……如何でしょうか?」
「はい、大丈夫です!是非お店に行かせてください!」
「畏まりました。日程はいつになさいますか?」
「えっと……じゃぁ、明日のお昼過ぎとか大丈夫ですか?」
「承りました。では、明日……お昼頃に馬車を回す様に手配いたします」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
(物凄い手のひら返しというか……そんなにリップが欲しかったのか?いや、王都では手に入らない生活用品が欲しいのだろうな……気持ちは分からんでもないが)
入室してきた時とは打って変わって愛想の良くなったナツキだったが、最後に立ち上がり深々と頭を下げる。
「すみません、ライオネルさん。あんな態度を取っていたのに色々お願いしてしまって」
「いえいえ、今まで色々な商人の方から取引を持ち掛けられていたのでしょうし、その気が無かったのであれば仕方ありませんよ。だから頭を上げて下さい。明日のご来店、楽しみにお待ちしております」
終始にこやかにしていたライオネルの言葉に、改めて謝罪をするナツキを見てセンは心の中でライオネルに礼を言う。
(ありがとうございます、ライオネル殿。予想以上の成果です……本当はプレイカードをちらつかせて釣ろうと思っていたのだが……もっと自然な形で自陣に引っ張り込むことが出来た。しかも妹も一緒だ……流石です、ライオネル殿)
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