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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く
第82話 さんすうのおじかん
しおりを挟むセンが考えるのは元の世界での仕事の事だった。
プログラミングを専門にしていたわけでは無いが、それなりにシステム開発に携わって来た経験上、所謂正しい過程に興味はなかった。
プログラムに正解はない。
どんなプログラムであろうと結果が正しければ、どんな組み方をしてもいいのだ。
勿論、助長なプログラムは動作が遅くなったり、思わぬ動作……いわゆるバグが発生したりと問題は多い。
綺麗なプログラム、格好いいプログラムと言うのは存在する。しかし、正しく動作すれば別に読みにくかろうがダサかろうが、基本的には問題ないのだ。
勿論、下手なプログラムは可読性が悪いし保守がしにくい。組んだ本人以外が改修をしにくかったり……下手したら本人も弄ることが出来なかったりする。
しかし、結果が正しければそのプログラムは問題ない……当然そんなプログラムを組んだ本人は他のプログラマーに嫌われるが。
(結果が間違っていなければ過程はどうでもいい。だが、子供の頃の勉強はそうではない……正しい過程を知らなければいけない。小学生のテストなんてその辺を重視するしな……まぁ、まだ学校で教えていない方法を使って答えを求めたら不正解にするのはどうかと思うが……)
センはアルフィン、そしてトリスとエミリの事を見る。
「アルフィン、指を使えば一桁……零から九までの足し算は出来るよな?」
「……あぁ」
(……今までの家庭教師がどのくらい基本を教えているかは分からないが……一つずつ数字を増やしていくという事を理解して、繰り上がりについても理解しているのだから問題ないか。基礎は基礎で今度やればいい。今求めるのは結果だ)
「それが出来れば十分だ。正攻法で解決できない時は別のやり方でやればいい。目的を違えなければ結果は同じだ」
「……算術に他の方法なんてないだろ?」
「算術こそ、自由にいくらでも方法がある物だぞ?」
センの言葉に眉を顰めながら首を傾げるアルフィン。対してトリスは普段通りの様子で、エミリに関しては興味津々と言った感じだ。
「困難の分割と言う方法がある」
「困難の分割?」
「あぁ、アルフィンが難しいと思っているのは二桁……十より大きい数字の足し算だろ?」
アルフィンが頷くとセンは更に言葉を続ける。
「十たす三は出来るか?」
「十三だ」
「お?指を使わなくても出来るんだな?」
「……まぁ、このくらいは」
「ならば十たす十は?」
「二十だ」
「完璧だな。ならもう出来たも同然だ」
「……どういうことだ?」
そう言ってセンが笑みを見せるが、アルフィンは訳が分からないと言った表情になった。しかし、エミリにはセンの言いたいことが伝わったようで、なるほどと小さく呟く。
「十六たす十三で考えてみよう。十六と言うのは十と六を足したものってのは分かるな?」
指を使わずに口元に手を当てながらアルフィンは小さく頷いた後、呟くように言う。
「十三は……十たす三?」
「その通りだ」
アルフィンの呟きに、笑顔を見せるセン。
(思っていた以上に飲み込みがいいな。勉強のできない子と言うのは基本的に話を聞いていない、若しくはそもそも話の内容を理解できていないだけだと思っているが……アルフィンは理解力があるし頭の回転も速い。寧ろ今までなんで出来なかったのか不思議なくらいだ。まぁ、教え方の問題か)
目の輝きを強くしたアルフィンを見ながらセンがそんなことを考えていると、アルフィンが弾かれた様に顔を上げた。
「十と十で二十……それと……六、七、八……二十と九……答えは二十九だな!?」
「正解だ。次はそれに十五を足せるか?」
「ま、待て……二十だから……三十……九と五で……あれ!?十四?」
(いけるか……?これがいければもう障害はないぞ?)
「……三十、十四……?あ!そうか、もう一回やればいいのか!四十四だ!」
「おぉ、完璧じゃないか。その調子で、銀貨の計算をしてみろ」
「任せろ!もう大丈夫だ!七枚残せばいいんだから……えっと銀貨何枚にすればいいんだ?」
そう言って指を動かすアルフィンだったが、引き算も問題なく出来るようだ。
(この分なら半年もいらないな。そういえばレイフェットは戦い方も教えて欲しいみたいに言っていたな。アルフィンがどのくらい動けるか分からないが……今度ニコルと模擬戦でもやらせてみるか?ニャル以外の相手もいた方が、ニコルにも良さそうだしな)
そんなことを考えながらふと店の外に目を向けると、丁度通りかかったのかクリスが通りを歩いているのが見えた。
(クリス殿は仕事をされているとのことだったが……昼間に街中で会う確率が高いよな……結構余裕がある仕事なのだろうか?)
クリスの事が目に入り、センの思考がそちらに流れている間も、アルフィンは必死に値札を見たりトリスに確認したりしながら計算を進めている。
その様子を見ながらエミリがセンに話しかける。
「困難の分割ですか……確かに計算を素早く行うにはズルも必要ですね」
「私自身、そんなに計算の早い方ではありませんからね。まぁ、ズルばかりではいざという時に困るかも知れませんが……」
「そうでしょうか?実戦では速さと正確性こそが尊ばれるかと……」
「それはそうですね」
教育と言う意味では正しくないと言われるかもしれないが、どこまでの実利を追求したエミリの考え方はセンにとってもしっくりくるものであった。
「ですが、アルフィン様の理解もかなり早いですね」
「そうですね。苦手意識はあったみたいですが、本人なりに理解しようと頑張っていたのだと思います」
(口では勉強はしたくないと言っていたが……結構あっさりと勉強することに対して前向きになっていたからな)
ゆっくりと商品を選ぶアルフィンの後ろ姿を見ながら、センはこの先の学習計画を立てる。
(座学と実践を混ぜる感じがいいだろうな。後は数字にもっと慣れさせるためにトランプ……じゃないプレイカードで遊ぶようにすればいいか)
「そうそう、セン様。セン様が考案された玩具の販売がハルキアの王都で始まりました。それに先駆けていくつかのサンプルを貴族の方々にお渡ししております。それとセン様の進められていた商会系列の宿屋、それと私塾にも無償提供いたしましたわ」
「流石に展開が早いですね。それで宣伝は問題ないでしょう」
「はい。それにしても面白い宣伝方法ですわ。宿の食堂で遊んでいる所を見せ多くの人の目に触れさせると同時に、私塾に通う子供達に玩具で遊ばせる。間違いなく子供は親にねだるでしょうし、親はそれを探すために色々と他人に相談するでしょう……そうやって店へとたどり着く頃にはさらに多くの人にその情報が広がっている」
「宿にいる人間は土産として買って行ってくれるでしょうし、持ち帰った先でも広めてくれるでしょう。後は……上手く釣れればいいのですが」
「セン様が探されている方ですね……従業員には注意するように言っておりますが……」
「申し訳ありません、面倒なことを頼んで……」
「いえ、セン様が私共にもたらしてくださる利益に比べれば、大した手間ではありませんわ。それに無償でお手伝いしたい所ですのに、経費までお出しになって下さるのですから……」
「危険が全くないとは言い切れませんからね……私の事情に巻き込んでいる以上最低限の礼は尽くしたいのですよ」
そう言ってセンは少し考え込むように口元に手を当てる。センが玩具の販売をして貰っているのは、センと同じくこの世界に送り込まれた人間を見つける為だが、当然相手にもライオネル商会の関係者に同郷の者がいる事はバレる。
その際、ライオネル商会の人間が襲われたりする可能性はゼロではない。当然その危険性についてはエミリ達に伝えてあるが、大手商会の人間にとって、ライバル商会のスパイや不届き者に襲われたりと言うのは珍しい事ではないと受け入れられてしまった。
(そう言えばエミリさんも以前誘拐された時、涙の一つも見せていなかったよな)
そんなことを考えながらエミリの顔を見るが、エミリはにこりと笑って何も言わない。なんとなくセンの考えていたことが伝わっているようにも見える。
そして、エミリの笑顔とほぼ同時に、アルフィン達がセンの方に顔を向けた。
「おい、セン!出来たぞ!」
「あぁ、すまん。途中までは確認していたんだが……最後に選んだのはどれだ?」
エミリの方を見ていて、アルフィンが最後に選んだ商品を見落としたセンは素直に謝る。
「お前……ちゃんと見とけよ!家庭教師だろ?」
「すまんすまん。で、どれだ?」
「そこの、銀貨十一枚の奴だ」
そう言ってアルフィンは棚に置かれている商品を顎で示す。
「なるほど……合計は銀貨九十三枚だな。合格だ」
「よし!」
握りこぶしを作りガッツポーズをとるアルフィン。
「じゃぁ選んだ商品を買ってくるといい。どんなものを選んだのかはトリスに聞いているんだろ?」
「あぁ……でも金額で決めたからな……化粧品なんてどうしたらいいんだ?」
「……まぁ、女装とかしてみたらいいんじゃないか?」
「する訳ないだろ!?」
「……何事も経験だぞ?」
「……楽しみだね」
「お前らやっぱ兄妹だわ……」
疲れた表情になりながら、アルフィンは選んだ商品をトリスに運ばせてカウンターで支払いをする。
その後ろ姿をセンとエミリは苦笑しながら見ていた。
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