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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く
第70話 絶賛警戒中
しおりを挟むうつぶせの状態からゆっくりと顔を上げたその人物を、センは警戒しながら観察する。
(赤髪の女……年齢は分からないが……間違いなくラーニャ達よりも年上。顔立ちは整っているが、髪はぼさぼさで目の下の隈が凄く、さらに頬がこけている……健康状態はあまりよくなさそうだ。軽装だが……腰に剣を二本差している……体を起こしているが、あの体勢からいきなり俺に飛び掛かってくることは出来ないだろう。この街の人間か?少なくとも確実に知り合いではない)
センは警戒を解かず、いつでも逃げられるようにしながら口を開く。
「何者だ?何のつもりでこの家に飛び込んできた」
センの声に反応して頭の上にあった二つの耳がピクリと反応する。
(獣人……いや、半獣人だったか。レイフェットの耳とは少し異なるようだが……それに尻尾……アレは猫の尻尾か?)
ぐったりと力なく垂れている尻尾を見てから、センは侵入者の顔に視線を向ける。
「……た……」
「?」
小さな声がセンの耳に届いた気がするが、何を言ったか分からなかったセンは眉を顰める。
「なんだ?もう少しはっきり喋れ」
「……て……しぬ……」
「……今、死ぬって言ったか?怪我をしているのか?」
決して自分から近寄ろうとはせず、離れた位置から問いかけるセンだったが、流石にその単語は聞き逃せなかった。
(怪我なら別にいいが……病気だったりするとマズいな。移されでもしたらシャレにならん……ハーケル殿に相談せねば……あの子達も家に近づかせないようにして……とりあえずこいつは召喚で外に放り出すか?)
まずは自分達の安全の確保。その後余裕があれば、助けることも吝かではないといったセンのスタンスは非常に薄情に見える。しかし、家の窓を突き破って乱入してきた相手に親身になる必要は無いとも言えた。
この物騒な世界だ……他の家であれば問答無用に斬られていたとしてもおかしくない。
その点で言えば、この半獣人の女は飛び込んだ家が世界最弱のひ弱っ子の家で運が良かったと言えるだろう。
そんな幸運な女が再度口を開く。
「……お腹が……へって……死ぬ……にゃ」
(よし、家の外に放り出すか)
どこから突っ込むべきか一瞬悩んだセンだったが、とりあえずこの女を外に捨てることを決める。
(だが……あの顔色を見る限り……外に捨てたら本当に死にそうだな。流石に寝目覚めが悪い)
そう思いセンは食卓に視線を向ける。
(どう見ても消化に悪そうな料理だ。あの子達と初めて会った時以上に内臓が弱っていそうだし……流石に食事を与えてそれが原因で死なれてもな……シチューでもあればよかったのだが……ない物ねだりをしても仕方ないか)
センは軽くため息をついた後、倒れている女を放置してキッチンに向かう。その際にけして背中を見せずに移動するあたり、センはまだ警戒を解いていない。
(まぁ、もうすぐ誰かが来るはずだ。ラーニャ達を送り出してからそれなりに時間が経っているし、サリエナ殿が誰かを派遣してくれているだろう。出来れば色々と事情を知っているハウエン殿が来てくれるとありがたいのだが……この状況でハウエン殿は流石に無理か)
センが確認した所、ライオネル家の執事であるハウエンのレベルは一般人と言った感じで、恐らく戦闘技術は持ち合わせていない。なので、危険が予想されるこの場に派遣されてくることはないだろうとセンは予想していたのだが……サリエナは最善を尽くし、ハウエンと警備の兵をセンの家へと向かわせている。
確認に来る人間は読み間違えていたが、その時間はセンの読み通りであった。
「セン様!ご無事ですか!返事が無ければすぐに踏み込みませていただきます!」
割れた窓の外から聞き覚えのある声が聞こえ、センは鍋を用意する手を止めた。
「ん?今の声はハウエン殿か……サリエナ殿、一番いい札を切ってくれたのか。ハウエン殿!私は大丈夫ですが、静かに入って貰えますか!ロープがあるとありがたいのですが!」
「承知いたしました、すぐにお持ちいたします!」
センは扉を開けに玄関へと向かうが……その際も女への警戒を外さないセン……しかし、どうやら女は完全に気を失っているらしく、ピクリとも反応していない。
ゆっくりと扉を開いたそこにはすでにハウエンがロープを手にして立っていた。
(……早すぎる。いや、ハウエン殿がいること自体はいいのだが……数秒前に頼んでロープを既に持っているのはどういうことだ?普通に考えるなら元々持って来ていたって所だが……ハウエン殿の佇まいを見ていると、俺が頼んでから用意したと言われても信じられそうだな)
そんなことを考えつつ、センはハウエンに挨拶をする。
「こんばんは、ハウエン殿。わざわざ申し訳ありません」
「いえ、本当にご無事でよかった。奥様達も安心されるはずです」
ロープを持ったまま綺麗な例の形をとるハウエン。
「ところで何があったかお尋ねしても?」
「えぇ……まぁ、私も状況を把握できているわけでは無いのですが……」
そう言ってセンは子供たちを送還した後の事をハウエンに説明する。
「……なるほど。確かによく分からない状況ではありますが……その下手人は私達の方で処理しておきましょう。館の警備兵を連れて来ておりますので」
「すみません、ハウエン殿。少しお待ちいただけますか?偶然ここに来たのか、それとも狙って来たのかを聞き出したいので……」
「そういう事でしたか……分かりました。では警備兵はここに置いて行きます。セン様の護衛をするように命じておきます」
「ありがとうございます。助かります」
ハウエンは手に持っていたロープを隣にいた警備兵に渡し、センに一礼する。
「それでは、私は一度屋敷へ戻ります。皆様心配されておられるので」
「あー、すみません。後ほどサリエナさんの所に謝罪にいきますが……それまであの子達の事もお願いします」
センが深々と頭を下げるとハウエンはかぶりを振る。
「いえ、ラーニャ様達の事は有事の際に引き受けると言うお約束でした。それに、サリエナ様もエミリ様もセン様に頼られることを喜んでおりますので」
そう言って微笑むハウエンにもう一度お礼を言った後、センは二人の警備兵を伴って家の中に戻る。
「簡単にほどけない様に手を縛ってから、奥の部屋にあるベッドに寝かしておいて貰えますか?そのまま部屋の中で監視しておいてもらえると助かります。それと彼女の目が覚めたら私を呼んで下さい」
「畏まりました」
センの指示を受けてライオネル家の警備兵がテキパキと倒れた猫耳の少女を縛り担いでいく。
ひとまず、警戒する必要がなくなったことに一安心したセンはミルクを鍋で温め始めた。
(流石に野菜を溶かし込むほど時間をかけるのもな……クルトン……いや、食べる直前にパンを浸すか。あれが早めに目を覚まして野菜が柔らかくならなければ器に入れなければいいだろう)
シチューにはせずミルク粥と言った感じでセンは料理を進めていく。
(米があればおかゆでも作るんだが……病人食も作れるようになっておかないとな……ハーケル殿かおっさんに教わっておくか。子供達と暮らすとなると、色々と知っておかなければならないことが多いな……特に……ラーニャとトリスはな……月の物とか始まったらどうしたらいいんだ?食事は少し鉄分に気を付けた方が良いらしいが……これは誰に相談したらいいんだ?)
なんとも暢気なことを考えているセンではあるが、既にある程度安全が確保された以上、新米保護者としてはこちらの方が重大な問題であった。
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