召喚魔法の正しいつかいかた

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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く

第68話 開店初日の終わり

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 結局、センがエミリの店に入ることが出来たのは閉店時間近くになってからだった。
 流石に夕飯時が近づき人々が食事処や自宅に移動したのだろう。

「お疲れ様です、エミリさん。それに三人もな」

「いらっしゃいませ、セン様。ようやく来店してくださったのですね」

 カウンターの傍に立っていたエミリが、店に入って来たセンに笑顔で近づいてくる。
 その笑顔には疲れた様子は無く、寧ろ生気にみなぎっているように見えた。

「申し訳ありません、エミリさん。物凄い人出だったので店に近づくことすら困難だったのですよ」

 センが謝るとエミリは非常に嬉しそうな、それでいてどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

「ふふっ、申し訳ありません。冗談ですわ」

「……兄様……疲れた」

 若干フラフラしながらトリスがカウンターから出て来る。

「大丈夫か?トリス」

「……がんばった」

「そうみたいだな……」

 近づいて来たトリスの頭を撫でると嬉しそうに目を細める。
 その様子を見て、真面目にカウンターから離れずにセンの事を見ていたラーニャと傍にいえうエミリが羨ましそうな表情になった。
 因みにニコルはセンが店に入って来た時に笑顔を見せた後、すぐに棚に商品を並べる作業に戻っている。

「皆制服を着ているんだな、良く似合っている」

 センの言葉にラーニャとトリスが嬉しそうな顔になる。
 二人はシックなメイド服の様な衣装を着て胸元に赤いリボンを着けている。生地は柔らかそうで、作業をする際に動きにくいと言う感じでは無さそうだ。

(もしかしたら、ラーニャ達はこの服装を俺に見せたかったのだろうか?)

 センは仕事内容を聞いた時、二人が教えてくれなかったことを思い出す。

(やはり、女の子だから可愛い衣装とか好きなんだな……そういった物も用意してあげるべきか?)

 王都で仕立てた服もこういった可愛らしい服装では無かったことを思い出し、そういった所もちゃんと考えないといけないと反省するセン。

「ふふっ、二人とも本当に可愛らしいですわ。この制服は王都の本店でも採用されているものでとても人気があるのですわ。因みにニコルさんの着ている物も同じく本店で採用されているものです」

 ニコルが来ているのはドレスシャツの様な物にストレートの黒いパンツ。ラーニャ達の様にリボンは点けていないが、緑色のハンカチの様な物を左ポケットに挿してアクセントとしているようだ。

「こういった制服を着ていると、物凄く仕事が出来るように見えますね」

「……兄様、ひどい」

「本当ですわ。三人とも本当に良く働いてくれましたわ。大人顔負けの仕事っぷりで……言葉遣いは非常に丁寧ですし、文字の読み書きに計算も出来るのでとても優秀ですわ」

 エミリに褒められたラーニャはカウンターの中で照れ、ニコルはせっせと作業をしている風で耳が大きくなっている。そしてトリスは感情の薄い表情ながらもドヤ顔になっていた。

「がんばったな」

「んふ……でも、疲れた」

「慣れない作業だったからな……エミリさん、今日はもう閉店ですか?」

「えぇ、今日はここまでですわ」

「開店初日、お疲れさまでした。恐らく帰ったらサリエナ殿から在庫について少しお話があると思いますよ」

「あら、それは楽しみですわ。少々心もとないと思っていた所でしたので……それでは早めに帰るとしましょう。店長、私達は引き上げるので後はお願いしますわ」

 エミリはカウンターの中で作業をしていた男性に声を掛けた後、ラーニャ達三人に声を掛けて店の外へと向かって行った。
 センは店の外に出る前に軽く店内に置かれている棚を見渡す。

(まだ品不足って感じではないが……エミリさんも在庫が足りないと言っていたし、予想以上の売り上げだったのだろうな。ダンジョン素材の買い取りの方がどうなっているか分からないが……そちらも早く進めないと、金を一気に吸い上げてしまいそうだな)

 センとしてはあまりシアレンの街のお金が外に出て行ってしまうのは困るので、ライオネル商会には早めに街にお金を落としてほしいと考えている。

(しかし、買い取りの方は地元の店との兼ね合いもあるらしいし……探索者ギルドと交渉しているんだったか?俺が口を出せることでは無いが……少し確認させて貰いたい所だな)

 センの思考を断ち切るように、店の外からセンを呼ぶ声が聞こえ、急ぎセンは店の外へと出て行った。



「お店ってあんなに大変なんですね」

 サラダの準備をしながらラーニャが言う。
 今日は仕事が大変だったし、ご飯の準備を手伝う必要は無いからトリス達と一緒に座っていていいとセンは言ったのだが、ラーニャは頑として休もうとしなかった。

「初日は特に大変だな。普通は五日も経てばある程度客足は落ち着くとは思うが、エミリさんの店は置いている商品が特殊だからな。暫くは忙しいだろうな」

「そうなんですか?」

「この街以外で作られている商品だからな。エミリさんが選んだだけあって、珍しいだけじゃなく実用性の高い物ばかりだ。エミリさんの店はこの街に欠かせない場所になるだろう。まぁ、それに伴い相当忙しいだろうけどな」

「エミリさんは凄いですね……」

「そうだな、正直あの年頃であれ程の手腕は、凄いを通り過ぎて異常だな。優秀過ぎて怖い」

「あはは……」

 サラダを盛りつけたラーニャが困ったように笑いながら、テーブルの上にサラダを運んでいく。その後ろ姿を見ながら、センは肉団子を大皿に盛りつけタレをかける。

(醤油が欲しいな……大豆や小麦はあるし……とりあえず麹を作るか?だが醤油は……一、二年はかかる。そんなことをやっている暇はないな。それに素人が適当な知識でやっても上手く発酵するとは思えないし……災厄を乗り越えた後のお楽しみにしておくか)

 使い勝手のいい醤油やみりんや胡椒等各種スパイス、それにごま油あたりを欲しいと思うセンだったが、今の所その辺りは見つかっていない。

(冬になったらみかんが取れるだろうか?陳皮も結構便利だよな……唐辛子はあったけど、子供達と一緒に食べる料理に使うにはあまり向いてないんだよな……あ、オイスターソースも欲しいな牡蠣ってあるのか?……それと、酢はあるからトマトケチャップは作れるか?今度作っておこう)

 センは筋切りした肉を焼きながら、探したい調味料と手持ちの材料で作ることが出来る調味料をピックアップしていく。

(……そもそも、肉料理率が高すぎる……今日も肉団子と焼肉……野菜は色々と種類があるが、子供が喜びそうな料理にするのが難しい……日本で使っていたような調味料があれば、もう少し何とかなりそうなんだが……)

 バランスの良い食事というものはこんなにも難しい物なのかと、センは内心ため息をつく。

(一人暮らしの時はそんなこと考えた事も無かったからな……その時その時で食べたい物を適当に作っていただけで良かったんだが……)

 焼いた肉を皿に盛り付け、先日と同じようにせめてもの野菜という事で肉をくるむ用の葉野菜を添える。

「よし、今日はこんな感じだな」

「……運ぶ」

 センの作った二品をトリスが両手に持って運んでいく。
 手早くキッチンを片付けたセンがテーブルにつくと、三人は既に準備万端と言った様子で待っていた。

「よし、忘れ物はないな?じゃぁ、食べるとするか……いただきます」

「「いただきます!」」

 センに続いて三人が手を合わせて挨拶をした瞬間……リビングの窓ガラスがけたたましい音と共に砕け、何かがセン達のいる部屋に飛び込んできた。

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