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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く
第64話 街の感想
しおりを挟む「絶対今度やり返してやる」
先程まで子供のように騒いでいた二人だったが、ようやく落ち着いてきたところでレイフェットがぼそりと呟く。
「まぁ、期待しないで待っておくが……そういえば、確か負けたらなんでもいう事聞くとか言っていたか?」
「……そうだったか?」
「まさか、シアレンの御領主が口約束とは言え、一度吐いた言葉を違えないよな?」
「ちっ、偶に領主であることが心底嫌になるな」
そう言ってやや乱暴に釣り竿をしゃくる。
「まぁ、特にやって貰いたい事は無いからその内だな」
「お手柔らかに頼むぜ」
肩をすくめたセンはそのまま視線を水面に向け、先程までとは打って変わりのんびりとした口調で話し始める。
「そう言えば……今更ながら、領主がこんなことをしていていいのか?」
「……領主にだって息抜きは必要だろ?」
「息抜きねぇ……」
そう呟いたセンは辺りを見渡した後、最後に空を見上げる。
「まぁ、確かにいい場所だとは思うけどな……だが俺が言っているのはそっちじゃねぇよ」
「……怪しい奴と、人気のない場所で二人きりで会っていいのかってことか?」
「あぁ」
「この場所を選んだのは俺だし、先回りして何か仕掛けるのは難しいだろ?お前がこの街にずっと潜伏していたのならともかくな。お前が数日前までこの街に居なかったことは間違いない。それは自信を持って言える」
「……それは凄いな」
(つまり、この街に出入りした人間を全部把握しているってことだ。俺みたいにイレギュラーな入り方をした人間も含めて)
センの本気の驚きに鼻を鳴らしたレイフェットはそのまま言葉を続ける。
「そして、正面からぶつかるなら俺はお前に絶対負けない」
「それは間違いないな」
そう言ってセンが笑うとレイフェットも豪快に笑いだす。
「センが俺を殺すなら罠か人を雇うしかない。だから、今この場でお前と二人きりになっても、俺の安全は約束されているって訳だ」
「なるほどな……確かに、俺がレイフェットを害そうとしても、レイフェットはその腰の剣どころか素手でもあっさり俺を返り討ちに出来るだろうよ」
「ここに来るだけで心臓がはちきれんばかりになっていたしな。運動不足どころの騒ぎじゃねぇぞ?三歳の子供でももう少し動けるだろうよ」
「なんとも悲しい話だが……俺の心臓の鼓動まで聞こえているのか?」
「おう」
「それは……なんとも騒がしそうだな」
水の流れる音、木々のざわめき、虫の音……センにすら色々な自然の音が拾えているが、レイフェットの耳に届いている音はそんなものではないだろう。
「聞き分け位は出来るさ。聞きたい音に集中する感じだな」
そう言ってレイフェットが耳をぴくぴく動かす。
「レイフェットの館で働いている奴は、迂闊に主人の悪口も言えないって訳だ」
「ふん、俺は愛されている領主だからな。俺とすれ違うだけで感動に咽び泣く奴らばかりよ」
「そりゃぁ……周りの目が節穴なのか、レイフェットの目が節穴なのか……判断に困るな」
「少なくとも、どこぞの詐欺師のように正面から皮肉を言う奴はうちにはいないな」
「へぇ、度胸のある奴もいたもんだな」
「全くだな、とんだクソ野郎だ」
穏やかに流れる川を見ながらセンが大きく欠伸をする。その姿を見て大きく舌打ちをしたレイフェットは少しだけ雰囲気を変えて口を開く。
「なぁ、セン。お前から見て、この街はどうだ?」
「……興味深い街だ」
「……ふむ」
そう言ったセンは握っていた竿を上にあげ、仕掛けを回収してから竿を横に置く。
「人族、獣人族、半獣人族……個人個人の諍いはあるだろうが、これだけの人種が一つの街に暮らしていて大した軋轢もなく自由に暮らしている。これは凄い事だ。どんな場所にも一定数の差別主義者はいるもんだが……少なくとも表向きはそう言った淀みを俺は感じていない」
まだ数日しか過ごしていないから当然かもしれないがな、とセンは笑う。
(だが、数日であってもそう言った差別ってのはふとした所で見えてくるものだ。地球なんて同じ国の人間であっても肌の色が違うだけで、川の西側に住んでいるか東側に住んでいるか程度の事で諍いが起こる……まぁ、基本的にいけない事だから露骨にはしない様にしているがな。だが、これだけ多様な人種を、街と言う狭い空間でごちゃ混ぜにしているのに、そう言った境界線を感じさせないのはかなり面白いと思う)
笑みの形を皮肉気に変えたセンは話を続ける。
「それに、陸の孤島と呼んでも差し支えないような立地にも拘らず、かなりの規模の街が出来上がっている……ダンジョンと言う特異点があるにしてもこれもまた異常だな」
「小規模でもダンジョンのある街は大体発展していくぞ?」
「それにしてもここは異常だ。外との繋がりが無さすぎる。普通こういった場所は何とかして外から人を呼び込んで街道を整備しない限り、先細りになって破綻するもんだ」
「そうは言っても、結局はダンジョンを目指して人が集まってくるからな。多少険しい道のりだろうと探索者からすれば踏破出来て当然だ。それよりも厳しいダンジョンに潜ろうってわけだからな」
「しかし、商人はそう易々と商品を持って来ることは出来ないだろ?なんであそこまで食材が豊富にあるんだ?いくらダンジョンでとれるって言っても限度があるだろ?探索者がそんな毎日食料だけを取ってくるわけじゃないはずだ。こんな場所じゃ、畑を作るのも一苦労だし、場所の確保が難しい……家畜の飼育だってそうだ」
「そりゃそうだが……ダンジョンの中に農業や畜産している階層があるからな。魔物の落とす食材だけじゃないぞ?」
「だ、ダンジョンの中にそんなもの作っているのか?」
センが目を丸くしながらレイフェットの顔を見る。そんなセンの顔が可笑しかったようで満足気に笑うレイフェット。
「あぁ、そう言った専用の階層があってな、魔物が一切出ない上に土の質がいいんだ。収穫の時期になると依頼が張り出されて、探索者も駆り出されるくらいだ。危険は無いから行ってみるといいぞ?」
「……今度行ってみることにする」
(ルデルゼンからその階層の話は聞かなかったな。まぁこの前はダンジョンの基本って感じだったからな。知っている階層の話とかをして貰えば聞けただろう)
人の良さそうな蜥蜴人族の青年を思い出しつつレイフェットと話を続ける。
「まぁ、それはさておき……俺が受けたシアレンの街の印象はそんな感じだな」
「それだけか?」
探るような視線でレイフェットがセンに尋ねる。その視線を受け少しだけ考えるそぶりを見せたセンは再び口を開いた。
「……少し勿体ないと思う事はあったかな?」
「勿体ない?どういうことだ?」
「折角の資源を活用しきれていないと思ってな」
「ダンジョンか?」
レイフェットの言葉にセンはかぶりを振る。
「いや、ダンジョン自体について俺はまだ何も知らないに等しい。もっと知識が増えればこうした方が良いってのも出て来るかも知れないが……今はまだその段階じゃない」
「ってことは……ダンジョンから採れる素材の事か?」
「まぁ、それも一つではあるが……それはライオネル商会を通じて一気に改善されるんじゃないか?少なくとも、これまでとは比べ物にならないくらい外貨を手に入れる事が出来るだろ?」
「あぁ、取引量の試算を見せてもらったが……とんでもない額が動くな。どうやってそれを捌くつもりなのかは知らないが……試算通りなら、数年もしない内にこの街の財政は数倍に膨れ上がりそうだ」
「ははっ、そこまでの金額を出していたのか。地元の商店とのバランスって話はどこにいったのやら……」
(エミリさんやサリエナ殿がその辺を忘れているとは思えないが……はっちゃけている可能性は否定出来ないな)
「その辺は細心の注意を払うとは言っていたし、ずっと色々な所と話し合いをしているみたいだぞ?うちの街は商人ギルドがないからな……恐らく、開店準備と合わせて地獄のような忙しさだと思うぞ?」
「近いうちに陣中見舞いにでも行くか……っと、話が逸れたな。俺が言っている資源ってのはダンジョン自体でも、そこから採れる素材でもない。人的資源のことだ」
「人的資源?」
「この世で一番大事な資源だ」
(機械技術が発展するまでは、だがな)
センは肩をすくめながら皮肉気に笑う。
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