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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く
第63話 賭け
しおりを挟むゲーム開始直後、センが引き上げた仕掛けには……魚は食いついていなかった。
それも当然そのはずで、糸の先には針しかついておらず餌はついていない。
「なんだ、餌を持って行かれたのか?餌の大きさも、釣れる魚の大きさに関わってくるからな。しっかり選んだ方が良いぞ?」
「なるほど。身の丈に合った餌を選ぶってことだな?」
「口が小さい奴は、針を飲まずに餌だけを啄んでいっちまうからな」
「なるほど、そりゃそうだな……まぁ、今回俺は餌をつけずに投げ込んでいただけなんだがな」
「……なんだと?」
センが何気ない口調で言った言葉を聞き、レイフェットが訝しげな表情に変わる。
しかしセンはそんなレイフェットの様子に取り合わずに話を続ける。
「まぁ、その針も川底に寝かせておいたからそうそう魚に引っかかることはなかったな。いや、川の水が凄い澄んでいて良かったよ。この距離からでも魚の様子が見えるからな」
「待て待て、意味が分からん。一体何の話をしている?何故お前は餌もつけずに釣り糸を垂らしていた?」
「うっかり釣らない様にする為だな。俺は釣りに慣れていないから、うっかり魚が食いついてしまう可能性があった」
「お前の釣った魚を賭けの対象にしているのだから、とっとと釣った方がいいだろ?釣れなかったらお前の負けだぞ?」
センは引き上げた釣り針を危なっかしい手つきで捕まえると、レイフェットが集めていた餌を手に取り針に刺す。
その様子を見て、レイフェットが頭とその上についている耳を掻きながらぼやくように言う。
「なんだ?結局普通に釣るのか……?あぁ、ポイントを変えるのか?介添えは必要か?」
今登っている大岩の上から移動するのかと思ったレイフェットは手を貸すかと尋ねる。しかし、センは肩をすくめながら軽い様子で返事をした。
「ポイントを変えるのはその通りだが、介添えは別に要らん。すぐそこで釣るからな」
そう言ってセンは魚の入った籠に近づいていく。
「……?何を……っておいおい、そりゃ何のつもりだ?」
センはレイフェットに何も言わずに短く持った糸を籠の中に垂らす。当然その先には仕掛けが付いている。
「お、釣れたな。目算だが……多分あんたの釣った魚と同じサイズだ。ってことで、俺の勝ちだな?」
「待て待て待て待て!そりゃきたねぇだろ!?」
「ん?何がだ?」
自分の持っていた竿を投げ捨ててレイフェットがセンに詰め寄る。
センはそんなレイフェットに構わず魚を籠へと戻す。
「それは既に俺が釣り上げた魚だろ!反則だろ!」
レイフェットの激昂も当然だろう。
センが今釣り上げた魚は籠の中に居たレイフェットが先程釣り上げた魚なのだから。サイズが同じなのは言うまでもない。
「いや、別に川から釣るとは言ってないしな?」
「きたねぇ!」
「まぁ、落ち着けよ。ちゃんと五分五分の勝負だったはずだ」
「どこがだ!思いっきりペテンにかけてるじゃねぇか!」
激昂するレイフェットに対して、落ち着けと言う様に手を翳した後にっこりと笑いかける。
「ペテンとは人聞きが悪いな。どこがペテンだったって言うんだ?」
「そりゃお前……釣りで勝負するんだろ?」
「釣ったぞ?糸と針、餌を使って魚を釣り上げた。何かおかしいところあるか?」
「うぐ……いや、おかしいところだらけだろ?俺が釣った魚だぞ?」
「確かにレイフェットが釣った魚だな。だが魚であることに違いはないぞ?」
センが何を言っているんだと言うような表情で首を傾げる。
「……分かった。百歩譲ってその魚を釣ったってことは認めよう。だが、お前最初からこれを釣るつもりだったんだろ?」
「あぁ。そうだな」
「つまり、俺を罠に嵌める気満々だったはずだ。それのどこが五分五分の勝負なんだ?」
笑顔を浮かべながらも、額に青筋を走らせるレイフェットがセンに迫るが、センは肩をすくめて答える。
「五分五分じゃないか。勝利条件を決めたのは誰だった?」
「お前じゃねぇか。俺が釣った魚より小さければ俺の勝ち、大きければお前の勝ちだろ?」
「それは正確じゃないな。俺が決めたのは勝負の内容だけだ。レイフェットが釣った魚より、大きいか小さいかを賭けるっていう内容をな」
「……確かにそうだが」
「その上で、釣れなかった場合はゼロセンチとして扱うと決めた。俺が決めたのはそこまでだ。大きいか小さいか、どちらに賭けるかの選択は……レイフェット、お前が先にしただろ?」
「……」
不自然な笑顔を止め、今度は苦虫でも噛んだような顔になるレイフェット。
「そして、釣った魚が同じ大きさの場合はどうするか俺が尋ねた時、大きい方の勝ちでいいとお前が言ったんだ。結果、俺は川から釣らずに籠からお前の釣った魚を釣ったが……条件は五分五分だっただろ?」
センがそう言うとレイフェットは大きく舌打ちをする。
「それは屁理屈って言わねぇか?」
「勝負ってのは事前の準備でほぼ決まるもんだ。それにルールってのは従う物じゃなく、利用するものだろ?」
「……ちっ、見せかけだけの公平性か。事実だけを見れば、確かに俺に選択権を渡しているし五分五分……いや、俺の方が有利に見える。だが、今考えてみれば俺の勝ち筋がどこにもねぇ。仮に俺が大きい方を選択していたとしても、お前は餌無しの針を川底に沈めておくだけ。俺が勝つには……俺の釣った魚を勝負から除外しておく提案をした上で運に任せるしかない」
「俺にとっての勝負はルールや勝敗条件を決める時だったってことだ。釣りはおまけだな。運否天賦の勝負は趣味じゃない」
センが事も無げに言うのを見たレイフェットは、先程投げ捨てた竿を拾い仕掛けを引き上げる。幸い餌は無くなっておらず、レイフェットはそのまま仕掛けを川に投げ入れて座り込む。
「……どこが一般の出だ。お前の思考は庶民のそれじゃない、人を使う側の考え方だ」
「そんな高尚なものじゃない。ただのテクニックだ」
座り込んだレイフェットの横に座ったセンが、餌のついていない釣り針を川に垂らす。
「テクニックか……そういう小賢しい所をサリエナ達に気に入られたのか?」
「ははっ!俺はどちらかと言えば誠実さ。よく性格を褒められるしな」
「あー、知ってるか?良い性格をしているってよく言われるだろ?アレ皮肉だからな?」
「それは初耳だな。手放しで褒められているものとばかり思っていたが……シアレンではそんな裏があるのか」
「残念ながら世界共通だ。諦めろ」
「皆、他人の言葉を穿ち過ぎじゃないか?もっと単純に捉えていいと思うんだ」
「お前が言うな……」
二人の笑い声が川音に消えていく。その後、暫くの間そのまま無言で釣り糸を垂らしていたのだが、レイフェットが何かに気付いたように口を開く。
「……セン。お前、俺の事を誘導したよな?」
「……何の話だ?」
仕掛けを投げ入れて以降、川面から視線を動かさなかったレイフェットが、横に座るセンの方を向き綺麗な笑顔で言葉を続ける。
「お前が餌のついていない針を川に投げ入れたのは……俺がゲームを申し出る前だったはずだ」
「……そうだったか?」
「その時点でお前は自分の勝ち筋を決めていたはずだ。俺が釣りで勝負をしようと言いだすのを待っていた……いや、俺がお前から話を聞き出そうとするのを待っていたんだ。そして俺からゲームを提案するように誘導した。俺達がやっていたのは釣り、しかもお前は超が付くほどの初心者だ。当然ゲームは釣りを選択するだろう。更に勝負内容も一見公平であるように見せかけて、明らかに片方を有利にして俺の選択を誘導……途中まで見せた公平感によって最後の勝利の鍵を俺自らお前に渡させた……」
センの方を見るレイフェットと目を合わせないようにしながら、センは餌のついていない仕掛けをしゃくる。
確かにレイフェットが言う通り、最初から最後までセンの仕込み通りだろう。
レイフェットに提案させ、その上で勝負内容を自分で決め、ハイアンドローにしては条件が片方に寄り過ぎている提案をした上で相手に選択権を与え、相手に慢心と偽りの公平感を与えた上で仕上げの一言を相手から引き出す。しかも相手が逆張りをした場合に備え、予め普通には釣れない様に準備をした上でだ。
「……」
「……」
センが口笛を吹きながら竿をしゃくるのを見て、レイフェットの額に再び青筋が走る。
「てめぇ!何が五分五分だ!殺る気満々じゃねぇか!用意周到過ぎて引くわ!」
「生涯で三匹しか魚を釣った事無い奴に釣り勝負を挑む方が悪い!まともな勝負になる訳がないと考えた上で誘う方が悪辣だ!」
ギャーギャーと言い合う二人の竿に、再び魚が掛かる事は無かった。
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