召喚魔法の正しいつかいかた

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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く

第61話 あーそーぼー

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「おーい、センはおるかー?」

 ラーニャがリビングの掃除をしていると、誰かが家の扉の前で声を上げているのに気付いた。センは仕事部屋に篭り仕事をしていて、ニコルとラーニャはそれぞれ寝室の掃除をしているのでこの場にはいない。
 ラーニャは扉に作られた覗き窓から外にいる人物を確認してみたが、ラーニャの知っている人物ではない。しかし、センの名を呼んでいる事から知り合いだろうと思い少しだけ扉を開けて声を掛ける。

「はい、どちら様でしょうか?」

 扉の前に立っていた人物は顔をのぞかせたラーニャに少し驚いた様な表情を見せた後、笑顔を見せながら話しかける。

「おぉ、突然すまぬ。センはいるかな?出来れば呼んで来てもらいたいのだが……」



 センは応接室で突然現れた人物と向かい合って座っている。
 その人物はこれから農作業でもしそうな格好に、つばの広い帽子……麦わら帽子の様な物を被っていた。
 センは若干困惑しながらもその人物に声を掛ける。

「何しに来たんだ?レイフェット」

 声を掛けられた人物は晴れやかな笑顔を浮かべながら口を開く。

「遊ぼうぜ」

 シアレンの街の領主、レイフェットが夏休みの小学生みたいなことを言いだし、センは頭痛を堪えるかのように額に指を当てる。

「……持ってきた物を見れば想像は着いていたが……釣りに誘っているのか?」

「おう。嫌いか?」

「……あまり経験がないな」

 センは子供の頃、釣り漫画が流行った時に少しだけバスフィッシングをやったことを思い出したが、何も知らない子供がルアーを適当に持って釣りに行っても釣れるはずもなく、五回ほど釣りに行って二匹しか釣った事は無かった。
 因みに、五回目の釣りで糸が切れてルアーが遥か彼方に飛んで行ったのを機に、釣りは止めてしまっている。

「じゃぁ、教えてやる。行こうぜ」

 何故かセンを釣りに誘うレイフェット。
 そのレイフェットを前にセンは珍しく困惑していた。

(この街では……領主が一人で一般人の家に遊びに誘いに来るのは普通の事なのか?いや……流石にそんな訳ないよな……ならこいつの目的はなんだ?本気で遊びに誘って来ている……可能性が否定できないな)

 屈託なく笑うレイフェットを見ながら少しの間だけセンは考える。
 しかし、すぐに諦めてため息をついたセンは、レイフェットを半眼で見ながら口を開く。

「二人でか?」

「あぁ、まさかお前に子供がいるとは思っていなかったのでな。連れて行ってもいいが、竿の用意が無くてな……」

 失敗したと言って笑うレイフェットを見ながら、センはそういう事を聞いているんじゃないと思ったが、色々と面倒になり立ち上がる。

「あの子達を暇させるのも悪いし、今日は二人で行くか。いい場所を教えてくれるんだろ?子供たちは今度連れて行くとしよう」

「お?そうか?じゃぁ、行こうぜ。道具は全部用意してあるからセンは手ぶらでいいぞ?」

「分かった。なら少し出かけることを伝えてくるから先に出といてくれ」

「おう」

 そう言ってライオネルは応接室から出て行く、センはその後を追うようにリビングの方へ行くと掃除をしていたラーニャ達に声を掛けた。
 二階を掃除していた二人も下に降りてきたらしい。

「すまん、ラーニャ。少し出かけてくる。そんなに遅くならないと思うが、もし帰りが遅いようだったら夕飯は適当に食べておいてくれ」

「わかりました。いってらっしゃい!」

 三人に見送られながらセンは家の扉を開け、既に外で待っていたレイフェットに合流する。竿やタモ、籠等の道具を抱えたレイフェットは非常に機嫌が良さそうにセンの事を待っていた。

「荷物半分持とうか?」

「いや……センはちょっと荷物持ちとか苦手そうだからな。少し歩くし、身軽な方がいいだろう」

 片目を瞑りながらレイフェットがにやにやと笑みを浮かべる。

「……分かるのか?」

「体の動かし方がな。お前そこらの子供と喧嘩しても負けるんじゃないか?」

 レイフェットが歩き出しながら言うと、センも隣を歩きながら皮肉気に口を歪める。

「……荒事は苦手でな」

「はっはっは、苦手ってレベルじゃなさそうだけどな。まぁ、気にすんな。男は腕っぷしじゃねぇ。頼りになるかどうかだ」

「頼りにねぇ……」

「頼りがいのある男がモテるのは当然だ。頼りがいのある女がモテるのも自明の理だ。本当にモテる奴ってのはそういう奴らだ」

「そんなもんかね……」

 道から外れ、藪をかき分けながら進んでいくレイフェットの後を追うセン。

「俺は頼りがいがあるから男女問わずにモテる。まぁ、これから向かう所でモテる奴は、頼りがいよりテクニックがある奴だがな」

 そう言ってレイフェットは手首を振るようにクイっと動かした後、何故か指をグネグネと動かす。

「それには同意するが……その指の動きは余計だ。ところで何処に向かっているんだ?」

 藪を抜け、辺りは森の様に木に囲まれている。

「あぁ、今日は川だな。水源の方に行ってもいいんだが、川の方が近いからな」

「川か……そういえば、水源があるんだな?」

「いくらダンジョンに依存している街とは言え、水までは供給してくれないからな……いや、ダンジョンの中の水を外に引っ張ってくることが出来れば水源にもなるんだろうが……」

「なるほどな……しかし、山の中にしては水が豊富だと思っていたが……その水源ってのはなんなんだ?」

「湖だ。今から行く川もそこから流れて来ている」

「山の中に湖があるのか?」

「山と言っても、こっちの山は上半分が消し飛んでいるらしいからな。あ、詳しくは聞くなよ?俺も良く知らん。」

(聞こうとする前に釘を刺されたな。山の上半分が消し飛んだってどういうことだ?)

 センの行動を先読みしたレイフェットは一度振り返り、にやにやしながら足元に気をつけろと言い、坂をすべる様に降りていく。
 センはその後を追い、坂の途中にある木に掴まりながらゆっくりと降りていく。

(滑り落ちそうなんだが……他にルートはないのか?流石にあの三人を連れてくるのは厳しそうだな……)

 センが慎重に坂の下まで降りると、そこには幅が四メートルほどの川が流れていた。
 その傍でレイフェットが釣りの準備を始めている。

「子供を連れて来るには少し道が険しいな。他に来る方法はないのか?」

「遠回りになるが一応あるぞ?帰りはそっちから回ってみるか?」

「……そうだな。帰りはそっちで頼む」

(正直、あの坂を上る自信は無い……転げ落ちなかったことを褒めて貰いたいくらいだ)

 センは自分の後ろにある坂を見ないようにしながら心の中で呟く。

「ところでさっきの話なんだが……」

「いや、ほんと詳しくは知らねぇんだわ。とりあえず俺が知っているのは、ここは世間で言われているような山の中腹ってわけじゃない。何らかの原因で山の上部が吹き飛び、その窪地が湖となっている。隣の山と繋がっているような感じだから中腹だと思われているらしい。俺が知っているのはこのくらいだな」

「そうか……まぁ、山の不思議についてはいいか」

(ダンジョンと何か関係がありそうなら、その辺りも調べてみる必要があるな。とりあえず今日は他の話をするか)

「そっちの竿を適当に使ってくれ……どちらが多く釣れるか勝負するか?」

「初心者相手に勝負を挑むなよ……今日はそういうのは無しにしようぜ」

 そう言ってため息をついたセンは手近な岩をひっくり返してミミズを見つけると針に刺して竿を握る。

「ん?餌のつけ方は分かるのか?」

「まぁ、このくらいはな」

(ワームと同じつけ方で良かったのだろうか?昔一緒に釣りに行った友人に教えて貰ったつけ方だが……そう言えばこの竿ではキャスト出来ないな)

 竿の先に糸を括り付けただけの竿ではその場で糸を垂らすことしか出来ないだろう。センはどこに糸を垂らしたものかと辺りを見渡すが、魚の居そうな陰になっている部分が見当たらなかった。
 そんなセンの様子を尻目に、レイフェットは大きな岩に飛び乗り糸を垂らす。

(今垂直飛びで三メートルくらい飛んだか?この世界の人の運動能力を目の当たりにしたのは初めてだな。凄まじいものだ……今のは誰でも出来るレベルなのか?いい加減、ニコル達に頼んで運動能力を少し調べないといかんな。それにダンジョンの調査と……折角できたレイフェットとの繋がりももっと深めなければならないし……タスクが多すぎる)

 レイフェットの驚異的な身体能力を見たセンは、久しぶりにやらなければいけないことの多さにめまいを感じた。

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