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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く
第41話 言われてみれば
しおりを挟む「あ、見えてきたな。確かに檻が運ばれているみたいだ」
センにはまだ中に入れられている人物の顔までは見えないが、檻の中に居る人物がケリオスの元上司で間違いないだろう。
檻は大きめな荷車に乗せられていて、周りの人だかりよりも一段高い場所にいるので、このまま馬車の中に居ても顔を見ることが出来そうだった。しかし人だかりが近づいてくるに従って、セン達の元まであまり穏やかとは言い難い雰囲気が届いてくる。
「これは、聞くに堪えないな」
センは子供たちを連れてきたことを後悔していた。
見世物として晒されている罪人に対して群衆が罵倒を続けているのだ。先日の処刑の話もそうだが、恐らくこれも民衆のガス抜きの一つなのだろう。
荷車の周りは衛兵が固めているので物を投げたりはしていない様だが、相手が罪人とは言え、傍から聞く罵倒は正直こちらの気分が悪くなってくる。
現に、ラーニャは顔を少し青くしているし、トリスはセンの腕にしがみついている。
ニコルだけは近づいてくる群衆をじっと見つめているが、その表情は硬い物だった。
「てめぇら如きが、調子に乗るな!極刑だ!顔は覚えたからな!」
じわじわと近づいてきた群衆の罵倒がはっきりと聞こえる様になった辺りで、センにも檻に捕らえられている人物が見えてきた。その人物は民衆に罵倒されながらも、檻の中から民衆に対して罵倒し返しているようだ。
「元気なおっさんだな。檻に入れられて見世物にされているってのに喚き返しているぞ」
牢に暫く閉じ込められて、その後見世物にされて罵倒されて……そんな状態にもかかわらず元気に怒鳴り散らしている罪人を見て、センは微妙に感心してしまう。
「……?なんかあのおっさん見覚えがあるような……気のせいか?」
距離が十メートルほどまで近づいたことで檻の中の人物の顔がはっきりと見えたのだが、どことなく見覚えのある顔にセンは首を傾げる。
(ふくよかな体躯……それ以外に特徴と呼べるようなものはないが……どこで会ったんだったか)
どうにも思い出せないセンが悩んでいると、ニコルがセンに向かって口を開いた。
「兄さん。あの、檻に入れられているのは……兄さんと初めて会った時の……」
「ん……?」
ニコルに言われてセンが記憶を手繰り寄せつつ檻の中を睨む。
「この俺を!こんな目に合わせてタダで済むと思うなよ!てめぇらの縁者!いや、この街ごと皆殺しにしてやるからな!」
(凄まじい傲慢さだが……あんな奴だったか?いや、あの傲慢さというか身勝手な感じは何となく覚えがある。操り易そうなタイプ……味方には要らないが敵の中には欲しいタイプだ)
「はい、ニコルの言う通り……間違いないと思います。顔は怖くて見られなかったけど……あの声は覚えています」
側面の窓から後方を覗き見るようにしながら、まだ顔色の悪いラーニャがニコルの言葉に同意する。
「なるほど……トリスはどうだ?」
「……覚えてない」
センの腕にしがみついたまま窓の外を見つつ、心底どうでもよさそうにトリスが答える。
「まぁ、ニコルとラーニャが言うなら間違いないだろう。それにしても、喚き散らしている内容もロクでもないし、周りを囲んでいる連中も相当馬鹿にしているな」
(まぁ喚き散らすにしても、内容がな……普段の行いが見えてくる。ケリオスも相当苦労していたんだろうな)
荷車の周囲で警備をしているケリオスを見つけセンは苦笑する。
「あ、ケリオスさんがいました。なんか凄くお疲れみたいですけど……」
ラーニャもケリオスに気付いたらしく、その様子に少し心配そうな声を出す。
「まぁ、最近かなり忙しくしているし、あまり休めていないってのもあるだろうが……檻に入れられているのも衛兵だからな。下手したら大暴動が起こってもおかしくはないし、緊張はしているだろう。本来であれば身内の不始末、衛兵たちにしてみれば、こんな風に見せしめにするのも避けたい所なんだろうけどな」
「そうなのですか?」
センの呟きにニコルが首を傾げる。
その表情を見て、余計な事を口にしたとセンは思ったが……ニコルの疑問に答える為に話を続ける。
「誰だって悪い事をしたら隠したいと思うだろ?怒られるのは嫌だからな」
「でも……悪い事をしたら謝らないといけないですよね?」
「あぁ、その通りだ。もしニコルが悪い事をして誰かに迷惑を掛けたらニコルは謝らないといけない」
「はい」
ニコルが頷くのを見てセンは頭を撫でながら話を続ける。
「そしてその迷惑をかけてしまった誰かに、俺も謝らないといけない。俺はニコルの兄さんだからな、俺にも責任がある」
「でも……その場合、悪い事をしたのは僕だから……兄さんは何も悪いことしていませんよ?」
「そんな事は無い。俺はニコルにそういうことをしてはいけないと教えておかなければならなかったんだ。ニコルの面倒を見ている俺にはそういう責任ってものがある」
「……」
難しい顔をしながらニコルが頷いたのを見て、センは窓の外に目を向ける。
「それで、あのおっさんは悪い事をしたから、あんなことになっている訳だが……あのおっさんにもそんなことをしてはいけないって、教えておかなければいけない人達がいるわけだ」
「それが衛兵の人達ですか?」
「あぁ、そういうことだ。でも衛兵の人達は悪い人たちを捕まえるのが仕事だろ?それなのに、自分達の仲間が悪い事をしていたんだ。悪い人を捕まえる人が悪い事をしていたなんて他の人達に知られたら……ちゃんとした仕事が出来ているのか心配になるだろ?こいつ以外の衛兵も悪い事しているんじゃないか?ってな」
「……うーん、衛兵が悪い事をしたら謝らないほうがいいんですか?」
「いや、そうじゃない。悪い事をしたら謝るのは当然だ。でも衛兵の仕事は悪い人を捕まえることだろ?それはつまり普通の人達を安心させる仕事とも言える。でもその衛兵が悪い事をしていたら安心できないだろ?だから皆を安心させるために、皆には隠すこともあるってことだ」
センの説明が上手く頭に入っていない……消化しきれていない様子のニコルだったが、それでも一生懸命考えながら口を開く。
「……兄さんの話は何となく分かるのですが……難しいです。隠してたほうが安心できるのに、何であの人の事は隠さないんですか?」
「……隠すよりもちゃんと皆に謝った方が良いってところじゃないかな?正直に謝る方が、信用できるだろ?まぁ、あのおっさんは全く反省していないし、謝ってないが」
(どちらかというと、あのおっさんを囮にして色々あぶり出そうとしたり、見せしめにすることで衛兵の引き締めを狙っていたりするんだろうが……まぁ、その辺はまだいいだろう)
馬車の横を荷車が通り過ぎていく。
喚き声や罵倒はいっそうひどい物になったが、ラーニャやトリスも慣れてきたのか先程までよりも余裕があるように見える。
「……そうですね。正直じゃないと信じてもらえなくなりますし、悪い事をしたら謝るのは正しい事だと思います」
「あぁ、その通りだ」
いくらセンの様になりたいと言っている子だとはいえ、子供に聞かせるには色々と踏み込み過ぎではあるが……その事を注意する人間も呆れる人間もここにはいない。
もし御者台に座っている御者に話が聞こえていれば何かしら思う所はあっただろうが、幸い飛び交う罵倒にかき消され馬車の中の会話がその耳に届く事は無く、予め指示されていた通り荷車が過ぎ去ってから馬車を操車し、セン達を乗せた馬車はライオネル邸へと向かって行った。
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