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1章 召喚魔法使い、世界に降り立つ
第35話 難しい問題
しおりを挟むライオネルの娘、エミリが攫われる事件があった数日後、セン達は誘拐犯を捕まえる為の作戦を実行に移していた。
とは言っても大捕り物と言う訳ではない。今日やるのは最後の仕上げ……逮捕の前の一仕事と言った程度の物だ。
この日の為にセンとケリオス、そしてライオネルは打ち合わせを重ね、慎重に事を進めてきた。
ケリオスは犯人の調査と上役である中隊長の調査という無茶を課されていたのだが、ライオネルの協力を得た事で犯人の調査の担当からは外れた。しかし、調べる対象が減ったとはいえ、不正の証拠等というものを簡単に見つけることは出来ず、かなり苦戦を強いられていた。
だがセンのアドバイスを受け、狙いを絞ったところあっさりと不正取引の書類を見つけることが出来た。しかもその書類は犯罪の目こぼし程度のものではなく、寧ろ積極的に自らが犯罪に加担している事を示す様な物だった。
「しかし、なんであんな書類を残しておいたかね?しかも詰所の自分の引出しって、逮捕してくださいと言わんばかりじゃねぇか」
証拠が見つかったのは嬉しかったものの、散々探し回ったにも拘らず目と鼻の先に不正の証拠があったことに文句を言うケリオス。
「衛兵の詰所に盗みに入る馬鹿はいないし、上司の机を漁る様な兵士もいないだろ?」
「そりゃそうだが……だからってな」
「小悪党って言うのは度胸が足りないから小悪党なんだよ。そう言う奴は得てして自分のすぐ近くに大事な物を置いておかないと安心出来ない。だがスリも多いこの街で肌身離さずに持っておくのはリスクが高いし、自宅よりも職場の方が警備は厳重だ。さっきも言ったが衛兵の詰所のしかも地域本部だからな。一番安心できる場所だ」
「でもなんで金庫とかじゃないんだ?」
「流石に詰所に私物のでかい金庫は置けないだろ?かと言って備え付けの金庫は他の人間も開けることが出来る。机に乗せられるくらいの小さな金庫なら置けるかもしれないが……わざわざ好奇心を刺激するのもそれはそれで危険……それなら鍵をかけることの出来る机の引き出しが一番安心できるってわけだ」
センが肩をすくめながら伝えると、ケリオスが何か嫌な物でも見たかのような顔になる。
「俺、絶対お前を敵に回さないようにするわ」
「見つけられたら困る物でもあるのか?」
センがにやりとしながら問いかけると、ケリオスは背伸びをするように背中を逸らす。
「……さて、そろそろいい時間だな。じゃぁ俺は作戦の締めに向かうとするか。まぁ、話は既に話しは通してあるし、ほんとに行くだけだがな」
「気は抜き過ぎるなよ?逮捕に同行させてもらうのだから、気の抜けた所なんて見せたら尋問の方に参加できなくなるぞ」
「あぁ、分かってる。じゃぁ、センも気をつけろよ?俺が離れたら護衛がいなくなるんだからな」
気遣わしげにケリオスは言う。
今二人がいるのは街灯もない暗い路地だが……お世辞にもこの辺りの治安は良いとは言えない。更に時刻は夜……衛兵であるケリオスであっても、単独でいるには危険な場所だ。センの弱さを知らないケリオスではあるが心配するのは当然だろう。
「あぁ、やばそうな時は逃げさせてもらう。その時はケリオスに迷惑をかけると思うが……」
「それは気にするな、身の安全が第一だ。だから本当に気を付けてくれよ?」
「あぁ、そっちも頼んだ」
ケリオスは軽く頷くと小走りに駆け出していく。
その場に残されたセンはケリオスと一緒に居た時の笑みを消し、少しだけ緊張した面持ちになる。
(危険はない……はず。だが、普通にこの辺りは治安が悪いからな……妙なことになる前に終わらせないと、そっちの方が危険だ)
一度大きく深呼吸をした後、センは壁に手をつきながら召喚魔法を起動する。
センが立てた計画は至極単純な物だ。
誘拐を行っている組織の構成員を、正義感が強く熱血タイプな中隊長の率いる衛兵たちに逮捕させる。
ただそれだけである。
しかし、その中隊長の管轄は北地区であり、誘拐犯が拠点としているのはケリオス達の管轄である南地区だ。当然その管轄を越えて犯罪者を逮捕することは、現行犯でもない限り出来ない。
その為、センはケリオスに一芝居打ってもらったのだ。ケリオスは誘拐犯の取り調べもせずに釈放した中隊長に反発し、独自の調査で誘拐犯の拠点が北地区にもあること、そして上司と誘拐犯の繋がりを突き止めた……という事にして、北地区の中隊長に協力を求めた。
義憤に駆られた中隊長は、事情を聞いてすぐにでも誘拐犯の逮捕の為に動こうとしたのだが、そこにケリオスは待ったをかける。自分が把握している構成員が全て揃ったところに一網打尽にするべきだと進言し、なんとか抑える事が出来たのだ。
勿論、そう都合よく北地区に誘拐犯の拠点があるはずもなく……センはライオネルに頼んで北地区にあるそれっぽい建物を見つけてもらい、その建物内にセンが組織の人間を押し込める手筈を取った。
因みに室内にはハーケルお手製の揮発性の睡眠薬を充満させている。
即効性のあるもので、密室に充満させておけば一瞬で意識を失うほど強力な物だが、持続性はあまり高くなく、個人差はあるものの早い者は三十分程度で目が覚めてしまう。
なので、ケリオスはぎりぎりまでセンの護衛として傍におり、タイミングを見て中隊長達が待機している所に向かったのだ。
(制限時間は十五分といったところだが……既に召喚の準備は出来ている。呼び出す人数は八人、十分間に合うが……始めるとするか)
ライオネルの雇った傭兵によって誘拐組織の人間は全て調べ上げられている。更にセンは、遠目から全員の顔を確認しているので、召喚は問題なく行うことが出来る。
後は睡眠トラップで満たされた部屋の中へ、壁越しに誘拐犯をどんどん召喚していくだけ。
因みに多少の嫌がらせとして、悪夢を見やすくなる薬と体が物凄くかゆくなる薬もばら撒いてある。勿論踏み込んでくる衛兵に被害が出ない様に上手くハーケルに調整して貰っているが……恐ろしく地味な嫌がらせである。
他にも揮発性の物ではないが、酒や幻覚剤等の薬を部屋の中に散乱させてあるので、誘拐犯達が取り調べ中に多少訳の分からないことを言ってもスルーされるだろう。
気を失う前まで別の場所にいたと供述しても、恐らくスルーだ。その辺のフォローはケリオスに頼んである。
そんなトラップハウスに突然召喚された誘拐犯達は、自分の置かれた状況を理解する間も与えられず一瞬で眠りに落ちていく。
五分と掛らず対象全員を召喚し終えたセンは軽くため息をつく。
(これで八人全員召喚したが、召喚直後に倒れる音が聞こえただけで後は静かな物だな……後はケリオスが戻ってくるまでここで様子を見て、自分を送還すれば俺の仕事は終わり。残りはケリオスの仕事だが……こいつらの逮捕、尋問……本来の拠点も調べないといけないし、上司の弾劾もある。巻き込んだ俺が言うのもなんだが……相当忙しそうだな)
そんなことを考えながらケリオスが走り去った方に視線を向けていると、暗がりの向こうから複数の足音と金属の鳴る音が聞こえて来た。
(ケリオスが戻って来たようだな。じゃぁ後は任せた、ケリオス)
センは衛兵に見つかる前に路地に身を隠し、自分を送還。次の瞬間、宿の借りている部屋に戻って来た。
暗い部屋には誰もおらず、センはそのまま無言で部屋、そして宿から出るとすぐ傍に止めてあった馬車へと乗り込み御者台に座っているハウエンに声を掛ける。
「ハウエンさん、お待たせしました。全て予定通りに、後はケリオスが上手くやってくれるはずです」
「お疲れさまでした、セン様。それでは屋敷へと向かいます」
馬車が動き出し、センはようやく人心地着いたように深く息を吐く。
(これで誘拐組織は一網打尽、ケリオスはまだ上位の組織がいる筈だと言っていたが……そこまで捜査の手を伸ばせるかどうかは、ケリオスと熱血中隊長の頑張り次第だな。とりあえず、ラーニャを殴った奴やニコルに大けがを負わせた奴には、悪夢とかゆみのダブルパンチを食らわせておいたが……もっと強烈な復讐をしてやりたかった気もする……だが、ライオネル殿が良い感じにお金をばら撒いたおかげで、かなり苛烈な刑に服することが決まっているらしいからな。それで留飲を下げるとしよう。刑の方はラーニャ達には秘密だが……悪夢とかゆみの事は教えてやろう)
もはや、五体満足に日の光を見る事は無いであろう犯罪者たちの事は頭の片隅に追いやり、今後の事に意識を向ける。
(物流システムの中心地をどこにするかもライオネル殿と相談しないとな。この街はライオネル殿にとって重要な場所ではないし……俺もここにいるメリットはほぼない。それにライオネル商会に力を借りて情報を集めるのとは別に、個人的に調べたい場所があるんだよな……出来ればそこに行ってみたいが……ライオネル殿に相談してみるか。物流システムを使えば拠点間移動も容易だしな)
現在いるストリクの街でやっておきたかった事を全てやり終えたセンは、次の場所に移動することを考え始める。しかし、すぐに決めなければいけないことがあったことを思い出す。
(あの三人の事をどうするか、ちゃんと決め……いや、話し合わないとな……)
犯罪組織を潰す計画を立てるよりも、子供達の事の方がセンにとっては難題だった。
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