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1章 召喚魔法使い、世界に降り立つ
第32話 ニコルの相談
しおりを挟む「兄さん、今いいですか?」
「あぁ、ニコル。大丈夫だよ、ラーニャ達はまだ食堂かい?」
ハーケルの店に納品に行ってから三人で昼食を取った後、一足先に部屋に戻りライオネルへ渡す書類を作っていたセンの所にニコルがやって来た。
今朝、ケリオスが来る前に言っていた相談というのをしに来たのだろう。
「はい。兄さんに少し話があるからと言って先に上がってきました」
「今朝の件だね?どうした?」
ニコルは真剣な表情でセンを見た後、意を決してと言った感じで口を開く。
「兄さん。僕は強くなりたいです」
「……強く?それは、腕っぷしとかそう言った意味で?」
センが確かめる様に問いかけるとニコルは頷く。
「僕は姉さんもトリスも助けられませんでした。僕がもっと強かったら、姉さんやトリスに怖い思いをさせなくて済んだし、悪者も捕まえられました」
「……」
ニコルの話を聞いたセンの表情が一瞬だけ険しい物になったが、ニコルはその表情の変化に気付かずに話を続ける。
「でも僕は弱くて……怪我をして、姉さんとトリスに助けられて……兄さんにも……だから強くなりたいんです」
悔しげに言うニコルを見てセンはどうしたものかと考える。
当然ではあるが、元の世界でただの会社員だったセンは、戦闘技術と呼べるものを身に着けていない。
精々元の世界で読んだ漫画にあったなんちゃって格闘技をふわっと覚えている程度で、教えてあげられるようなものではないだろう。
(寧ろニコルと殴り合いでもしようものなら俺は間違いなく死ぬ。俺の十一倍ですよ?)
改めてニコルのレベルを確認しつつげんなりとするセン。
しかしそんな想いは伝わることなく、ニコルは真剣な表情でセンを見つめる。その顔を真正面から見据えながら、センは口を開いた。
「ニコル。すまない……俺は戦ったりってのは苦手……いや、俺はこの世界で誰よりも弱いんだ。もし戦ったとしたらニコルは勿論、トリスにだって敵わない。そんな俺ではニコルに戦い方を教える事なんて出来ない」
ニコルの真剣さから、センは誤魔化すことなく己の弱さを正直に伝える。
しかし、ニコルはそんなセンの台詞を聞いてかぶりを振った。
「でも、兄さんは強いです!初めて会った時からずっと、僕を……僕達を助けてくれていました!」
「それは……確かにそうだが……だがそれは直接的な戦闘と言う訳じゃないだろ?」
「……それは、そうですが」
普段と変わらない様子で優しく語り掛けてくるセンに、少したじろぐニコル。
「……でも、兄さんは何でも出来ます」
「そんな事は無いよ、ニコル。俺には出来ないことの方が多いんだ。だからケリオスやハーケルさん、ライオネルさんと色々な話をして色々なことを手伝ってもらっているんだ。勿論ニコルやラーニャ、トリスにも色々な事を手伝ってもらっている」
折角尊敬してくれているニコルに、あまり自分は凄くないと言って憧れを壊したくないセンではあったが、自分のスタンスだけはちゃんと伝えておく。
「もしニコルが俺の事を何でも出来るように見えているのなら……その期待には応えたいと思う。だから……そうだな、もう少し勉強が進んだら……魔法の勉強をしてみるか?」
「ま、魔法ですか!?兄さんの魔法ってあの色々呼んだりできる奴ですよね?」
少し沈んだ様子だったニコルが、魔法の勉強と聞いて顔を輝かせる。
「あー、俺の魔法は……どうだろう?少し使うのが難しいかもしれないな。もし良かったら簡単な魔法から勉強してみないか?俺もまだ魔法の勉強を始めたばかりだしな、一緒に学ぼう」
「は、はい!勉強したいです!」
「でも、魔法の勉強はラーニャやトリスもやりたがるかもな」
「あ、それはそうですね。姉さんたちも色々な事を勉強したいはずです」
(この世界の魔法は燃やしたり凍らせたり吹き飛ばしたりと暴力的な魔法ばかりだが……ハーケル殿が使ったような治療系の魔法もある。三人がどんな魔法を使いたがるかにもよるが……俺自身もう少し予習が必要だな。召喚魔法以外の魔法も俺が開発出来るようになれればいいんだが……っと、今はそれよりもニコルの希望に応えないとな)
「魔法の件は三人が今やっている勉強をもう少し進めてからにしよう。準備はしておくから安心してくれ。それで、ニコル。戦い方の件だが……さっきも言った通り俺は直接力にはなれない。だが、これもさっき言った事だが、俺に出来ない事は知り合いにやってもらうのが俺のやり方だ。もしニコルが良ければ、ケリオス辺りに戦い方を教えてくれるように頼んでみるが、どうだ?」
センの提案に一瞬顔を輝かせたニコルだったが、何かに気付いたように動きを止めた。
「……さっき兄さんは、強くはないし出来ないことも沢山あると言っていましたね?」
「あぁ」
センの提案に返事をせず、しかし真剣な表情で話すニコルにセンは頷く。
「でも、僕は兄さんみたいになりたいです。兄さんみたいになって……兄さんの出来ないことを手伝えるようになりたいです」
「それは嬉しいな」
センはニコルに笑いかけるが、ニコルは真剣な表情を崩さない。
「……兄さんだったら、やりたいことがあるなら……きっと他の人に任せたりせず、自分で動くはずです。だから、ケリオスさんには自分でお願いしようと思います」
そういってニコルは笑顔を見せる。
センは一瞬、虚を突かれた様に目を丸くしたが優しい笑顔を見せた後ニコルの頭を撫でた。
センがニコルの相談を受けてから半月ほどの時間が流れた。その間センはケリオスと色々と打ち合わせをして、犯罪組織を潰すための手はずを整えながらも日常を過ごしていた。
ハーケルに色々と相談しつつポーションや薬の作り方を学び、ライオネルとは今後の展望を話し合ったりしていた。
ライオネルの邸宅に行く時はラーニャ達も同行し、三人はエミリとの親交を深めている。
セン自身もエミリと話すことが何度かあり、子供とは思えない頭の回転や発想に舌を巻くことが度々あった。
そして今日もセン達はライオネル邸に訪問していた。
「セン殿!ようやく準備が出来ました。いや、お待たせして本当に申し訳ない」
いつもの応接室に入ってすぐ、ライオネルが満面の笑みでセン達を迎え入れる。
どうやら、他の街で作らせていた実験用の箱が完成したと知らせが入ったらしい。
「いえ、他の街に箱を用意するならこのくらい時間がかかるのは当然です。それに、それだけ時間がかかってくれた方が私の評価があがりますからね」
センはいつもの笑みでライオネルに返事をしながら、内心では非常に喜んでいた。
(この世界に来て一か月、ようやく情報網の構築を始められる。情報網が出来れば、俺と同じくこの世界に送り込まれた奴等も発見することが出来るだろう。何せ世界一の才能とやらを得ているわけだからな。俺の召喚魔法に対する適正を見る限り、一年もあれば一角の人物として名が売れていてもおかしくはない……生存していればだが)
自分の才能を知っていると言うアドバンテージはかなり大きい。無駄な回り道をせず、努力を結果に反映させることが出来るのだから。
その為、センは送り込まれた他の人間はここ一年で急速に頭角を現していると考えていた。
「その通りですな!では、早速ですが、箱を呼び出して頂きましょう。以前お伝えしておきましたが、念の為もう一度詳細を……箱があるのはここより馬車で北東に十日程の距離にある街スェーケンです。正確にはスェーケンにあるライオネル商会の倉庫です。箱の大きさは一辺が三十センチの立方体。中には私が指示した物品が入れられております」
「承知いたしました。箱の色は、緑でしたね?」
「えぇ、そうです」
「分かりました。それでは今からその箱をこちらに呼び出します、しばらくお待ちください」
そう言ってセンは、召喚魔法の式を起動して召喚物の条件を設定していく。
センはまだ満足していないが、その召喚魔法の式はこの一月で相当変更が加えられており、もはやこの世界に元々存在していた召喚魔法とは別物と呼んでもいい代物になっている。
そして自分の召喚魔法に改良を加える傍ら、ライオネル商会輸送業務専用の機能制限版召喚魔法の開発も進めている。こちらはほぼ完成しているが、まだライオネルにこの魔法を開示するつもりはない。
ゆくゆくはセンの代わりに制限版召喚魔法で業務をやってもらうつもりだが、ある程度軌道に乗ってライオネルの信頼を勝ち取ってから魔法式を提供する予定である。
それはさておき、魔法式の起動から数秒後、応接テーブルの上に緑色の箱が出現した。
「おぉ!では、中を改めますぞ……」
嬉しそうに叫んだライオネルが、興奮を抑える様にしつつ箱を手に取り鍵を開けた。
「……素晴らしい。セン殿、本当に素晴らしい……これは間違いなくスェーケンの街にあった箱です。私の指示したものが全て入っている、素晴らしい!」
ライオネルがソファから立ち上がり、箱を持ったまま執務机の方に移動する。
「既にいくらか事業計画を練ってありましてな!セン殿に確認してもらい……その後は一度王都に戻って妻とも打ち合わせを……」
ライオネルが机の上に置かれていた紙の束を手に取りセンの方に顔を向けた瞬間、少し慌ただしさを感じさせるノックが聞こえる。
「セン殿が来ている時は、絶対に呼ぶまで部屋には近づくなと言ってあるはずだ!」
眉をひそめたライオネルがノックの主に向かって叫ぶ。
しかし、扉の向こうから焦りを帯びた、執事であるハウエンの声が返ってきた。
「旦那様!申し訳ございません!ですが、何卒……入室の許可を頂けないでしょうか!?」
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