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1章 召喚魔法使い、世界に降り立つ
第28話 目に見えるものだけが利益ではない
しおりを挟む「ふぅ……仕方ありませんな。金額についてはひとまずこの辺りにしておきましょう」
「はい、私に異論はありません」
センが値段交渉が始まってから一度も崩すことのなかった笑みを浮かべながら言うと、ライオネルは疲れたようにため息をつく。
「もっと支払ってもいい……いや支払うべきだと思うのですがな……」
最終的にセンの提示した基本金額は、ライオネルの奮闘により三倍の一ヵ月ミスリル貨三枚となった。しかし、五拠点目以降の追加料金について、センの提示した一拠点につき金貨十枚は変更されなかった。
センとしては、大きな箱を召喚するというのは大した手間ではない。なので、多少拠点数が増えようが大した問題ではない。それよりも、情報網の構築という意味で多くの拠点とやり取りを出来るようにして貰いたいと考えていた。その際に金額がネックになってはいけないと思い、極端に安めに設定していると言うのが理由の一つ。
「大丈夫ですよ。これは投資の意味も含まれていますし……私の分の利益はしっかりと確保していますので。それに先日お見せした通り、呼び出すのは一瞬で済みますからね。多少拠点数が増えたところで私の負担はさほどではありません」
「なるほど……でしたら、何故最初は五拠点程度までに限定されるのですかな?」
ライオネルは首を傾げながらセンに問う。
拠点を追加する際の金額を上げなかったこともそうだが、もっと儲けに貪欲になってもいいのでは?という思いがライオネルの中にはあった。
「一気に複数の拠点から荷物が届くわけですから、荷物の入れ替えや検品にそれなりの時間を要するはずです。しかし検品は出来る人員に限りがあるでしょうし、更にその後送り返す箱に商品を詰めなければなりません。私の作業とは違い、これらにはかなり時間と人手を取られることになるでしょう。まずは五拠点を目安に作業をしてみて、それを基に人員の配置や雇用の計画を立て、ノウハウを構築されてから規模を拡大していくのがいいかと思います」
「そういうことでしたか、セン殿。まさかご自分で作業される部分以外の事を考えていらっしゃったとは」
「こういったサービスの提供というのは、利用される側の事情まで考えて提案しなければ片手落ちとなってしまいますからね。無形の商品は手元に残らない分、心を尽くして良い印象を残さなくてはなりません」
センは元の世界で業務用ウェブシステムの開発を行っていたが、保守やサポートは当然、営業や導入時の研修等も担当することがあった。
その時、なるべく相手の立場で考えた上でシステムを構築することの重要性、その上でユーザーはこちら想定を必ず上回ってくるものだと学んだ。
そしてそれはクレームという形でセンの元に戻って来る。しかし、その時にそれまでの関係性によって相手の態度が大きく異なり、それまでおざなりに対応していればそのクレームは大きな問題に発展しやすく、それまでに心を尽くし良い関係を築いていれば、多少の事は不具合修正で許してもらえる。
(日本で仕事をしていればある意味当然の話ではあるが……この世界は納品依頼で間違った物を持って来ているにも拘らず、腕力で引き取らせるような世界だ……保守やサポートみたいなアフターケアはあまりないのだろうな)
「なるほど……確かに今回は販売して終わりという話ではありませんからな。まぁ、セン殿がとは今後もお付き合いして頂きたいのは私の方ですが……そういえば、セン殿は今回の話を他の商会に持ち込むつもりなのですかな?」
ライオネルが探るようにというよりも軽い世間話と言った様子でセンに尋ねる。
無論、センはライオネルの問いに裏が無いとは取らないが、笑みを絶やさずに答えた。
「いえ、そのつもりはありません」
「そうなのですか?セン殿一人では難しいかもしれませんが、やりようによっては世界の流通を牛耳れるかもしれませんが……」
「流石に私の身体一つでは無理がありますよ……世界中の流通を一人で担うとなれば過労死待った無しってところですね」
「それはいけませんな!セン殿のお力はライオネル商会の未来には欠かせないものになるでしょう、是非ご自愛いただきたい!」
「ご期待に添えられるように全力を尽くします」
センの言葉に頷いたライオネルは立ち上がり、サイドテーブルに置いてあったベルを手に取り鳴らした。
「今日の所はこの辺にしましょう。結構いい時間になってしまいましたし、その子達も疲れたでしょう?」
ライオネルのその言葉と共に扉がノックされ、セン達をここまで案内して来た執事、ハウエンが部屋へと入り折り目正しく一礼する。
「お呼びでしょうか?旦那様」
「あぁ、食事の用意はどうなっている?」
「少しお待ちいただければ用意できるように準備は進めております」
「では、準備が出来たら呼びに来てくれ。それとエミリをここに呼んでくれるか?」
「承知いたしました。失礼します」
入って来た時と同じようにハウエンが一礼をしてから部屋を出ていく。
「ライオネル殿、エミリさんと言うのは?」
「あぁ、先程話していた私の娘です。先日から遊びに来ていましてな」
センの疑問にライオネルは相貌を崩しながら答える。娘の話になると表情から変わるらしい。
「遊びに……?娘さんはこちらにお住まいではないのですか?」
「えぇ、実家は王都の方にあります。実は……この街にはハーケル殿を口説きに来ていましてな」
「ハーケル殿をですか?」
「えぇ。御存じありませんでしたか?ハーケル殿は非常に高名な薬師でしてな。我が商会の魔法薬部門に顧問として招きたいと考えておりまして……付き合いは自体は数年程あり、ここ半年程はこの街に私も居を構え、足繫く通っているのですが中々首を縦に振っては貰えず……」
ライオネルが眉をハの字にしながら言う。
(ハーケル殿以外の薬師を知らないから分からなかったが……有名な人だったのか。この先の事を考えるとハーケル殿とはもっと懇意にしておく必要があるな)
「まぁ、ハーケル殿がつれないお陰でこうしてセン殿と知り合うことが出来たわけですし、この半年間は無駄ではありませんでしたな!寧ろ商いとしてはハーケル殿以上に我が商会に利益をもたらしてくれるでしょうしな!」
「どうでしょう?ハーケル殿が持つ知識や技術は相当な物でしょうし、何より薬は絶対に売れる商品ですからね。難病の特効薬なんて開発したら……それだけで事業規模が何倍にも膨れ上がる可能性はあるかと」
センの言葉にライオネルが大仰に苦悩して見せる。
「セン殿!折角セン殿との契約で満足しようとしていたのに……そのようなことを言われてはハーケル殿を諦めきれなくなってしまうではないですか!」
「おや?貪欲に、諦めずに、食いついて離さないのが商人の本質だと思っていましたが、ライオネル殿は違うのですね」
「はっはっは!一つの物に固執し過ぎないのもまた商人の本質ですぞ!」
(半年は十分固執していると思うが……まぁ、それだけハーケル殿の能力が魅力的なのだろうな)
朗らかに笑うライオネルを見ながら、センはハーケルにも事業規模を拡大して貰いたいと考える。
(薬は当然大事だが……あのポーション。あれは凄い。魔物との戦いとなったら、絶対にあれが大量にいる。使用期限はあるだろうが……在庫過多になるくらい集めておきたい所だ)
そんな風にセンがハーケル、そしてポーションについて考えていると、小さく扉がノックされた。
「お父様。お呼びと聞きましたが。」
「あぁ、エミリ。入りなさい」
今までの豪快な様子が鳴りを潜め、非常に優しげな声を出したライオネルが入室を許可すると、扉を開けて小さな女の子が入室して来た。
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