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1章 召喚魔法使い、世界に降り立つ
第27話 値段交渉
しおりを挟む「因みに、一度設置した箱を別の街に移動させても大丈夫でしょうか?」
箱を置く候補地を考えていたライオネルが、顎に手を当てたままセンに尋ねる。
「私に話を通さずに移動させた場合は、移動先を教えて貰うまではその箱を呼び出すことは出来ませんが、元あった場所と移動先を教えて頂ければ大丈夫です。ですが箱自体を移動させるより、移動先で新しく作った方が恐らく早いと思います。」
「それもそうですな……各地に商品の集積地を作って、そこからセン殿に呼び出してもらい、改めて各地に送り出すか?……しかし、それではさすがに箱一つでは間に合いそうにないな……いや、それでもコスト的に考えれば……むむむ……」
小声でぶつぶつと言いながら、そして偶ににやにやしながら思索に耽るライオネルは中々近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
そんなライオネルの様子を見ながら、センはセンで理想的な形で契約が結べそうだと心の中でほくそ笑む。
必要な情報は話してあるし、隠すべきところは隠してある。
何よりライオネルの発想や着眼点は、センが思っていた以上に柔軟性に富んでいるように見えた。
(恐らく、ただ商品の移動を素早く安全に行えるといったもの以上の価値を感じてくれている。現時点では分からないが……遅くともこの仕組みが稼働すれば、すぐに情報伝達速度の加速にも気づくはず。そうなればライオネル殿は今提示してある大型の箱以外に手紙だけを送る様な小型の箱あたりを提案してくるはずだ。もしそうならなければ、こちらからその事を提案すればいい……そしてその情報網は俺も使わせてもらう)
センが今回ライオネルとの取引によって得たかったものは金銭ではない。
召喚魔法を使った流通システムの構築、運用実験。そしてその先にある情報網の構築だ。
センが現在知り得ている限り、この世界の通信方法は手紙、若しくは直接の会話しかない。
少なくとも最初に貰った冊子には、通信等諜報関係に使えそうな魔法は無かった。
戦乱の続く世で直接攻撃に使われるような魔法ばかりが発展しているらしく、諜報関係は魔法の系統としては未発達のようだ。
センからすれば情報を得ることは戦争をする上でかなり重要で、まずそこからと言った感じはするのだが。
(恐らく目先の破壊力に目を奪われがちなのだろうな。まぁ、国家機密として開発している可能性は十分あるだろうが……魔法に関しても早い所、学びたいところだ。とは言え、それよりも今は出来る事で最善を尽くすだけだ。ライオネル商会はかなり大きいようだが……このシステムをフル活用してもらって、世界中にその勢力を伸ばしてもらわなければな……)
ライオネルの商才や交渉力次第だが……そこに辿り着く為の協力は惜しまないつもりだ。
召喚魔法による流通システムは、現状センがいなければ成り立たない。しかし、正式なシステムとして運用するにはそれでは駄目だ。
(その解決策は考えてあるが……まずはライオネル商会を使って実践データの収集がしたい。それを基に流通システムに特化した召喚魔法を作り、後任を育てれば後は勝手に動いてくれる。後はシステム使用料や保守費用、アドバイザーやコンサルタントといった名目で契約すればいいだろう)
笑みを浮かべたまま無言で今後の展開を考えるセンと、小声でぶつぶつと呟きながらも時折楽し気にしているライオネル。
暫く会話の無いまま時間が流れていたが、部屋にいる誰もがその事を気にする素振りを見せない。
センやライオネルは言わずもがな、子供達は自分達が発言することが無いので二人の様子を不審に思っていてもアクションを起こす事は無い。と言うよりも、ラーニャは彫刻の様に微動だにせず、トリスは話を聞いているのかどうか分からず、ニコルはセンの事を真剣な表情で見つめているだけだ。
暫くしてようやく我を取り戻したライオネルが、今度はセンに向かって口を開いた。
「失礼しました。今までにない話だったもので色々と想像が膨らんでしまいました。まずは期待通りの動きが出来るかを確認しなければなりませんね。ひとまず実践をしてもらう準備をするとして……その時の箱は少し小さめでいいですか?」
「えぇ、構いません。設計図通りに作ってもらって、後はサイズを教えてくれれば問題なく呼び出すことが出来ます」
「楽しみですな!箱は……こことは別の街に用意するので少しお時間を貰いたいのですがよろしいですかな?」
「はい。大丈夫です、準備が出来次第こちらに伺わせていただきます。」
「ありがとうございます。セン殿、これから是非、よろしくお願いします!」
そう言ってライオネルがセンに向かって手を差し出す。
「その台詞は……実践が終わった後の方が良いんじゃないですかね?」
差し出された手を苦笑しながらセンは握る。
「はっはっは!気が逸っていけませんな!後は……輸送料の相談ですな。なにぶん前例のない物ですし……普通の輸送費から算出するのがいいですかね?」
「いえ、それでは輸送のコストを下げることになりませんし……そうですね、最初は五拠点ですし、基本料金として月ミスリル貨1枚。」
「……は?」
センの言葉にライオネル……だけではなく、隣に座っている三人も目を丸くしている。
いや、ラーニャだけは若干白目を剥きつつある。
「月に三……いえ、数が増えて来たら厳しいかもしれませんし、今は一拠点につき月二往復を最低保証とさせて下さい」
「いや、ちょ……え?に、二往復?」
「運用が上手くいって拠点を増やす場合は、一拠点につき金貨十枚を月額に加算していくといったところでどうでしょうか?増やすことの可能な拠点数は、実際の運用が始まらなければ判断出来ないので、その辺りは今後のご相談という所で」
「セン殿!しばし!しばし、お待ちください!」
慌てて立ち上がり、手で何かを押しとどめるようにしながらライオネルが叫ぶ。
「どうかしましたか?」
「セン殿……その金額は、安すぎます。五拠点二往復……距離で違いはありますが、普通に輸送すればかかる費用はその十倍でも足りません。」
単純に輸送費と言っても一度の輸送で馬車数台は走らせることになる。
それにかかるのは当然人件費だけではない。馬車のメンテナンス、馬の飼育料、護衛費用、食事代や宿泊費等の各種雑費。荷物を積んでいる馬車は当然動きが鈍く輸送には時間がかかる。それに伴い当然危険度は増すわけで積み荷を失う事は少なくない。
なにも魔物や野盗の類だけが危険の全てではない、寧ろ一番危険なのは自然災害だろう。
ただの雨であっても馬車の旅では相当な危険となる。
アスファルトで舗装された道を歩くわけでは無い。道の殆どは踏み固められているとは言え、地面はでこぼこしているし、ぬかるみに車輪が嵌れば抜け出すのは容易ではない。
そして当然、でこぼこの地面を移動して来た商品の全てが、一切壊れることなく目的地に辿り着くことなんてことはあり得ない。
それらの不良品の廃棄を含めたすべてが輸送費用として大纏めにされるのだから、ライオネルの言う十倍でも足りないと言うのは大げさでもなんでもなかった。
「確かにそのくらいかかってもおかしくは無さそうですね」
その全てを把握しているわけでは無いセンであったが、護衛を常につけなければならないと言う話を聞いていたこともあり格安であろうという自覚はあった。
十倍でも足りないと言われた時は若干驚いたのだが、そんな様子は一切見せずにしらっと答える。
「しかもですぞ?魔物や野盗に襲われて商品を奪われるたり破損したりすることもなく、輸送にかかる時間も一瞬……寧ろ普通に輸送するよりも高額を取ってもおかしくないのですよ?」
「そうですね。私もそのくらいの価値がこのサービスにはあると思っています」
そう言ってセンはいつもと変わらない笑みを向ける。
その笑みを見たライオネルは天井を仰ぎ見て大きなため息をついた。
「……ふぅ。まさか私が支払いの値上げ交渉をする日が来るとは思ってもいませんでしたよ」
「ふふ、頑張ってください」
楽しそうに笑うセンを、ライオネルは若干恨みがましい目で見た後苦笑した。
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